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      清島安次郎の受難 其の三

はたして家は大騒ぎであった。


母の清重は安次郎を見るなり、背中をぽかぽかと叩いた。

「この馬鹿息子!よりによってお松の娘とだなんて。あんな性悪のところに婿養子に出さなきゃいけないなんて、あんたなんか産まなきゃよかった」

そういって夫の胸に飛び込むと、おいおいと泣く。


清重は、もとは町娘なので気を抜くと遠慮のない蓮っ葉な口調になる。

父は母を抱きとめ、落ち着きなさいとたしなめた。


「私は、お園さんとは会ったこともありません」

母に向かって弁解するように言った。


「うそっ!だって栄屋の丁稚があんたが忍び込んでくるのを見たっていっているわ。屋根を伝ってぴょんぴょんっと」

清重は手振りを沿えて話す。


安次郎は見られていたことに内心苦い顔をした。


「忍び込んだのは確かなのだな」

それまで黙っていた父朔太郎が問う。


「はい。しかし、それは人の命を救うためで決して不埒なことを行うものではありません。栄屋には首を繋がれ、夜中まで労働させられている女がいたのです」

安次郎はその夜の事をかいつまんで父に説明した。


安次郎の父もまた奉行所勤めであり物の道理はわかっている。

少し考え込んでから安次郎に言った。


「栄屋は、跡継ぎが辻斬りにあってからというもの評判がよろしくない。特に後妻に入ったお松は奉公人を奴隷のように扱うらしいな。お前のいっていることもまんざら嘘ではないかもしれない」


しかし、とつけくわえる。

「お前はそういうところがだらしない面がある。宗兵衛殿と一緒に栄屋に行って事情を話しなさい。やましいことがないのなら本人たちの目の前でも訳を話せるよな」

安次郎は罰が悪そうにうなずいた。



その後すぐに安次郎は祖父の円満屋宗兵衛とともに栄屋を訪れた。


祖父の店である円満屋は6代続いている老舗の呉服問屋だ。

規模でこそ大丸や越後屋には劣るものの、その売り上げや顧客力は界隈では一、二を争う。

売り上げの面で他の店に遅れをとっている栄屋にとっては大きな商売敵と手を組むことは願ってもないことだろう。

「お前が婿にいくことになったら、少し客を回さないといけないだろうな」

少々太ったその体を揺らしながら苦笑交じりにそうつぶやいて、栄屋の暖簾をくぐった。


「まあ、安次郎様。お久しぶりです」

店先で安次郎達を出迎えたのは当のお園であった。

色は白いが、顔立ちはきつく勝気な様子が伺える。


「お前に会ったことはないと思うが」

安次郎が冷たく言い放った。

もっとも、この男は女に甘い。

本人が冷たいつもりでも聞いてるほうはそんなこと微塵も感じない。


「やだ、しらばっくれないで」

鼻にかかった甘い声でそういうと安次郎の手を取り奥の間へいざなった。


「おっ父さん。清島様と、円満屋様がいらっしゃいましたよ」

弾んだ声でお園は父に呼びかけた。


部屋には栄屋の主人、栄屋太郎衛門が座っていた。

にこにこと商売人らしい笑みを向けているが、どこか覇気がないのは娘の妊娠騒動に振り回されているからだろうか。


安次郎は一度咳払いをして気合を入れると、栄屋に忍び込んだあらましを説明した。

とくに垂髪の女については栄屋の奉公人の扱いも疑うようなひどい扱いだと付け加える。


しかし、栄屋は首をかしげた。

「不思議なことをいいなさる。今我が家にいるのは五人の奉公人です。その五人とも垂髪でもないし、ましてや監禁しているだなんて」


「安次郎様は勘違いなさってるわ。私が風邪で寝込んでた頃の話ですもの。その時に私が髪を降ろしていたからでしょう。」

お園はそういって笑った。


安次郎は祖父をちらっと見た。

宗兵衛も曇った顔で安次郎を見ている。

どうやら安次郎の勘違いを疑っているようだ。


このままでは夜這いをしたことになってしまう。

安次郎に嫌な汗が流れた。


そのときタン、と襖を開けてお松が入ってきた。


「途中から口を挟んでしまって申し訳ないですけれど、なんならお調べいたしませんか。うちに隠しごとなど全くありませんし、何せ清島様はうちの婿になるお方ですもの。気の済むままにお家を案内いたしましょう」

お松はお園よりも勝気な顔をして微笑んだ。


その微笑の下に射抜くような鋭い光を見た気がした。


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