第一幕 清島安次郎の受難 其の一
清島安次郎は、友人の佐倉一真の家で傘張りをしていた。
既に傘は部屋一面を覆うほどできあがっている。
「何で、俺の家で」
一真はボソリとつぶやいた。
「だって、兵庫さんのお家は少し小さめだからたくさん作れないじゃない。一真さんのうちだとお部屋もあまってるんだし、どうせ非番で暇なんでしょ」
休憩用の冷茶をもってきた沙代が一真に答えた。
端正な顔立ちの一真と、愛くるしい沙代は一つ違いの従兄妹同士で兄妹のような付き合いがある。
「助かったよ、沙代ちゃん。一真ったら俺の頼みは聞いてくれないくせに沙代ちゃんの頼みはきくんだもんなあ」
傍で糊を混ぜていた狸顔の男が言った。大堀兵庫である。
この内職は、この兵庫の持ってきたものだ。
兵庫は、八丁堀の家を売り町人たちの住む長屋で暮らしている。
簡単な話が貧乏なのだ。生計を立てるため俸禄で足りない分を内職で補っている。
3人は町奉行所勤めの悪友だった。
「兵庫さんは偉いわ。一人でお家を切り盛りしていらっしゃるんでしょ。少しくらい私もお手伝いさせてくださいよ」
もじもじとそういいながら沙代は頬を赤らめた。
可愛いのに、兵庫なぞが好きだなんてもったいないな、と安次郎は思うのであった。
冷茶を飲みながら小休止をしていると、来客の声がした。
沙代が玄関先を見に行くと、そこには可愛らしい少女のような顔をした袴姿の子供が立っていた。
「ここに清島安次郎と申す男がきてはおりませぬか」
礼儀正しく挨拶したその子は男の子であった。
「かわいい」
思わず沙代が頭を撫でる。
すると、子供は顔を真っ赤にしてぶうっと膨れた。
「武士に向かって可愛いは失礼であろう」
「おちさじゃないか」
様子を伺いにでた安次郎が言った。
子供は知三郎といい10歳になる安次郎の弟であった。
「おちさ言うな、知三郎じゃ。お前に忠告にきた。今日は家に帰らないほうがいい。家の中は大嵐だぞ」
女の子扱いされることが嫌らしく可愛い顔で兄を睨んだ。
「何がお前だ、偉そうに。俺が何かしたか」
安次郎は小生意気な知三郎の頭を小突いた。
「不埒者の兄だとは思ってはいたが、これほどまでとは思わなかった。父上も母上もご立腹だ。じいさまもため息をついていたぞ」
思いっきり兄を睨む。
「だから、なんだっていうんだよ」
へらへらと笑いながら安次郎は茶を飲む。
「その、なんだ。そんなふしだらな・・・」
知三郎は真っ赤になりながら口ごもった。
やがてきっぱりと顔を上げて兄の悪行を言い切った。
「お前、孕ませただろっ!」
安次郎は飲んでいた茶をぶっと吐き出し、それは向いに座っていた一真にもろにかかった。
驚きのあまり二の句が告げない。
「栄屋の旦那と娘のお園さんが昨日円満屋のじいさまのところに来たんだ。それで、お園さんが妊娠している、相手はそちらの血縁の安次郎様だといったそうだ。見損なったぞ、商売敵の娘を手篭めにするなんて」
知三郎はそういって兄をまた睨む。
「どこまで見境ないんだ、お前は」
一真が顔を拭きながら言った。
「すげーな、妊娠かあ。色男は違うなあ」
兵庫も感心している。
沙代は軽蔑するような顔で安次郎を見た。
安次郎は真っ青になり慌てて弁解する。
「違う。違うって。俺はそんな失敗しないし、第一栄屋の女なんて手を出すはずがないだろ・・・、あっ」
突然、安次郎は思い出したように声を上げた。
「手、出したというか」