終幕
「よお、色男」
おりんと入れ替わりに2人の悪友が縁側に腰掛けてきた。
「うちは野原の一軒家じゃないんだ。あまり女を泣かせるな。俺が近所から勘違いされるじゃないか」
一真はそういいながら安次郎に勺をした。
「折角、余韻に浸っていたのに。邪魔するなよ」
安次郎は少し顔を赤らめながらじろりと睨んだ。
「おりんは明日鎌倉に出立するそうだ。尼寺にはいるらしい」
安次郎がそう教えると、兵庫がもったいなさそうな顔をした。
「まだ若いのに。おい安。何で引き止めないんだよ」
安次郎は返事をせずに酒をあおった。
「好きではなかったのか」
一真が問うと、安次郎が露骨に嫌な顔をした。
「野暮だな。そういうことはきくものじゃない」
それでもなお不満げな顔の兵庫をみてふうっとため息をついていった。
「あの娘は、嫌な思い出の江戸を離れて両親と兄を弔いたいんだろう。それを止められるはずもないじゃないか。それに、おりんは俺のこと、そんなに想ってはないだろうし」
へえ、これまた意外といった顔で二人が安次郎を見た。
「最初の接吻のとき、怒りも喜びもしなかったんだ。ただ困った顔をしていた。今だってそうだ、恋する女というよりあれは妹だ。もしかしたら、俺を兄と重ねていたのかもしれないな。相手にその気がないんじゃ好きにはなれないよ。俺は、片思いは嫌なんだ」
安次郎は格好をつけてそう言った。
「若造共、お手柄だったな」
吟味方の板倉が三人のところにやってきた。
慌てて向き直ろうとする三人を制して自分も座り込んだ。
「栄屋は存続だが、お松はまだどうなるか決まっていない。何しろ古い事件だから時効も考慮されて時間がかかりそうだ。それよりお前たちの褒美の件だが」
褒美と聞いて三人は色めきたった。
「過去の事件を二つも解決してその犯人を無傷で捕らえたことは褒章ものだ。しかし、だ。今回の無謀ともいえる押し込み捕り物をたった三人で行ったことはいかがなものか、と中尾様がおっしゃっていたぞ。よって賞罰相殺で何もなし。まあ、そういうことだ」
直にそういうお達しがあるだろうと、無謀な若者たちを楽しそうに眺めて戻っていった。
「俺、けっこう期待していたのにな」
兵庫がしょんぼり言った。
「俺も存外に物入りだった。調べてもらった目明し達にも結構な金を払ったし」
嫌味たらしく財布を見ながら一真も言う。
「結局、得をしたのは安次郎だけか。縁談もなくなって、可愛い女の子も救って。今回は安次郎のために働いたようなものだよな」
兵庫は横目で安次郎を見た。
「しょうがねえな。酒でも寿司でも奢ってやるよ。でもな、おれも今回のことでじいさまにしばらく小遣いもねだれないんだ。手加減しろよ」
安次郎は苦笑した。
なおも縁側に据わっている安次郎に明るい女たちの笑い声が聞こえてきた。
飾り付けられた笹の下でおりんは素麺を食べ、大きな西瓜に歓声を上げる。
数ヶ月前には考えられなかった光景だった。
さらりとゆれる黒髪のおりんは見違えるように明るく、星のように輝いていた。
安次郎は西瓜を食んだ。
指をつたって落ちていく青臭い果汁はやがて庭の暗がりにポツリと落ちて消えた
お付き合いいただきましてありがとうございました(^-^)