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辺境ギルド長シリーズ

器用に生きられたら楽なのにーヴァレリア編ー

掲載日:2026/02/11

※本作は、近日公開予定の連載

『左遷された辺境ギルド長は、戦わないのに最強でした』

の前日譚となる短編です。

本編未読でもお読みいただけます。

(また同じだ)


 ヴァレリアは、安宿のベッドの上に仰向けになり、天井を見つめたまま思った。

 板張りの天井には、いくつもの染みが浮いている。

 雨漏りだろうか。

 どうでもよかった。


 身体は疲れているはずなのに、眠れない。

 剣を振るっている間は、余計なことを考えずに済む。だが、こうして何もせず横になっていると、嫌でも思い出してしまう。


 今日の依頼。

 今日の戦い。

 そして――今日の空気。


 洞窟の奥で、魔物が後衛に回り込もうとした瞬間。

 考えるより先に、身体が動いた。


 盾役が一歩遅れた。

 斥候の位置が甘かった。

 あのままなら、誰かが怪我をしていた。


 だから前に出て戦った。

 ただ、それだけだった。


 斬り込んで、注意を引いて、距離を取らせる。

 いつも通りの動き。

 結果として、戦闘は短時間で終わった。


 怪我人もいない。

 依頼は成功。


 ――なのに。


「勝手に動くなよ!」


 誰かの声が、脳裏に蘇る。


「連携が乱れるだろ」

「なんで一声かけてくれなかったんだ!」


 正論だ。

 分かっている。


 言おうとはした。

 魔物がどこを狙っていたか。

 なぜ前に出たのか。


 でも、言葉が出なかった。


 説明しようとすると、どこから話せばいいのか分からなくなる。

 考えているうちに、タイミングを逃す。


 結局、黙ったままになる。


 黙っていると、誤解される。

 分かっているのに、どうにもならない。


 ヴァレリアは、腕を目の上に乗せた。


「……器用に生きられたら、楽なのに」


 小さく呟く。

 誰に聞かせるでもない、本音だった。


 今日に限った話ではない。

 いつも、同じ終わり方をする。



 洞窟の外に出たとき、日が傾きかけていた。


 ヴァレリアは剣についた血を布で拭い、鞘に納める。


「……助かったよ」


 後衛の魔法使いが、少し引きつった笑顔で言った。


「正直、あれは危なかった」

「……そう」


 本当は、あの瞬間に誰が狙われていたか、分かっていた。

 だから前に出た。

 それだけの話だ。


「それより……」


 治療役の女性が、ヴァレリアをちらりと見て視線を逸らす。


「その格好、恥ずかしくないの?」


 ヴァレリアは自分の身体を見下ろした。

 胸と腰を最低限覆うだけの、軽装の鎧。


「動きやすい」

「いや、そうじゃなくて……」


 言葉を濁される。


 盾役が咳払いをした。


「いやその、もう少し……その、布をだな」

「?」


「露出が多いってことだよ」


 魔法使いが、はっきり言った。


「……問題ない。これが一番あってる」


 本気でそう思った。

 重くない。

 邪魔にならない。

 剣を振るうのに最適だ。


 それ以上の理由が、分からなかった。


 三人の視線が、気まずそうに泳ぐ。

 ヴァレリアは、それ以上聞かなかった。


 どうせ、理解できない。



 宿に戻った後、簡単な食事を済ませると、リーダーに呼び止められた。


「少し、話がある」


 廊下の隅。

 他のメンバーは、気を遣って先に部屋へ戻っている。


「今日は助かった。正直に言う」


 リーダーは腕を組んだまま言った。


「お前が前に出なければ、誰かが怪我をしていたかもしれない」


「……」


 ヴァレリアは黙って聞いていた。


「だがな」


 一拍、間が空く。


「次は来なくていい」


 静かな声だった。


「……どういう意味?」


「意味はそのままだ。今回で終わりだ」


 視線を逸らしながら、続けられる。


「お前は強い。でも、扱いづらい」


(……分かっている)


 判断が早すぎる。

 相談しない。

 説明しない。


 全部、自覚している。


「パーティはチームだ。一人で正解を出す場所じゃない」


「……」


「事故が起きる前に、別れた方がいい」


 それは優しさでもあり、拒絶でもあった。


「……分かった」


 それだけ答えた。


 本当は言いたいことがあった。

 守りたかったことも、考えていたことも。


 でも、言葉にならない。


 リーダーは「じゃあな」とだけ言って、去っていった。



 部屋に戻り、装備を外す。


 軽装鎧を脱ぎ、ベッドに腰を下ろし、そのまま仰向けになる。


「……器用に生きられたら、楽なのに」


 もう一度、呟いた。


 露出が多いとか、協調性がないとか。

 そんなことを気にせずに済めば、どれほど楽だろう。


 それでも。


 今日、誰も怪我をしなかった。

 それだけは事実だ。


「……無駄じゃなかった」


 自分に言い聞かせる。


 翌朝、この街を出る。

 ここに居場所はない。


 荷物をまとめながら、昨夜酒場で聞いた噂を思い出す。


 辺境のギルド。

 問題児ばかりが集まる場所。


 だが、不思議と――

 生きて帰る冒険者が多いらしい。


「ちゃんと見てくれる人がいるって……」


 語らずとも見てくれる場所。

 想像するだけで、ほんの少し胸が軽くなった気がした。


 本当にそんな都合のいい場所があるのかは、分からない。

 また裏切られるかもしれない。


「でも、もう一度くらい、信じてみたい」


 ヴァレリアはそう独り言ちてから、剣を背負って部屋を出たのだった。


 案外華奢なその背中は、まだ不安そうだった。

 しかしその足取りは、確かな一歩を刻んでいた。

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