器用に生きられたら楽なのにーヴァレリア編ー
※本作は、近日公開予定の連載
『左遷された辺境ギルド長は、戦わないのに最強でした』
の前日譚となる短編です。
本編未読でもお読みいただけます。
(また同じだ)
ヴァレリアは、安宿のベッドの上に仰向けになり、天井を見つめたまま思った。
板張りの天井には、いくつもの染みが浮いている。
雨漏りだろうか。
どうでもよかった。
身体は疲れているはずなのに、眠れない。
剣を振るっている間は、余計なことを考えずに済む。だが、こうして何もせず横になっていると、嫌でも思い出してしまう。
今日の依頼。
今日の戦い。
そして――今日の空気。
洞窟の奥で、魔物が後衛に回り込もうとした瞬間。
考えるより先に、身体が動いた。
盾役が一歩遅れた。
斥候の位置が甘かった。
あのままなら、誰かが怪我をしていた。
だから前に出て戦った。
ただ、それだけだった。
斬り込んで、注意を引いて、距離を取らせる。
いつも通りの動き。
結果として、戦闘は短時間で終わった。
怪我人もいない。
依頼は成功。
――なのに。
「勝手に動くなよ!」
誰かの声が、脳裏に蘇る。
「連携が乱れるだろ」
「なんで一声かけてくれなかったんだ!」
正論だ。
分かっている。
言おうとはした。
魔物がどこを狙っていたか。
なぜ前に出たのか。
でも、言葉が出なかった。
説明しようとすると、どこから話せばいいのか分からなくなる。
考えているうちに、タイミングを逃す。
結局、黙ったままになる。
黙っていると、誤解される。
分かっているのに、どうにもならない。
ヴァレリアは、腕を目の上に乗せた。
「……器用に生きられたら、楽なのに」
小さく呟く。
誰に聞かせるでもない、本音だった。
今日に限った話ではない。
いつも、同じ終わり方をする。
*
洞窟の外に出たとき、日が傾きかけていた。
ヴァレリアは剣についた血を布で拭い、鞘に納める。
「……助かったよ」
後衛の魔法使いが、少し引きつった笑顔で言った。
「正直、あれは危なかった」
「……そう」
本当は、あの瞬間に誰が狙われていたか、分かっていた。
だから前に出た。
それだけの話だ。
「それより……」
治療役の女性が、ヴァレリアをちらりと見て視線を逸らす。
「その格好、恥ずかしくないの?」
ヴァレリアは自分の身体を見下ろした。
胸と腰を最低限覆うだけの、軽装の鎧。
「動きやすい」
「いや、そうじゃなくて……」
言葉を濁される。
盾役が咳払いをした。
「いやその、もう少し……その、布をだな」
「?」
「露出が多いってことだよ」
魔法使いが、はっきり言った。
「……問題ない。これが一番あってる」
本気でそう思った。
重くない。
邪魔にならない。
剣を振るうのに最適だ。
それ以上の理由が、分からなかった。
三人の視線が、気まずそうに泳ぐ。
ヴァレリアは、それ以上聞かなかった。
どうせ、理解できない。
*
宿に戻った後、簡単な食事を済ませると、リーダーに呼び止められた。
「少し、話がある」
廊下の隅。
他のメンバーは、気を遣って先に部屋へ戻っている。
「今日は助かった。正直に言う」
リーダーは腕を組んだまま言った。
「お前が前に出なければ、誰かが怪我をしていたかもしれない」
「……」
ヴァレリアは黙って聞いていた。
「だがな」
一拍、間が空く。
「次は来なくていい」
静かな声だった。
「……どういう意味?」
「意味はそのままだ。今回で終わりだ」
視線を逸らしながら、続けられる。
「お前は強い。でも、扱いづらい」
(……分かっている)
判断が早すぎる。
相談しない。
説明しない。
全部、自覚している。
「パーティはチームだ。一人で正解を出す場所じゃない」
「……」
「事故が起きる前に、別れた方がいい」
それは優しさでもあり、拒絶でもあった。
「……分かった」
それだけ答えた。
本当は言いたいことがあった。
守りたかったことも、考えていたことも。
でも、言葉にならない。
リーダーは「じゃあな」とだけ言って、去っていった。
*
部屋に戻り、装備を外す。
軽装鎧を脱ぎ、ベッドに腰を下ろし、そのまま仰向けになる。
「……器用に生きられたら、楽なのに」
もう一度、呟いた。
露出が多いとか、協調性がないとか。
そんなことを気にせずに済めば、どれほど楽だろう。
それでも。
今日、誰も怪我をしなかった。
それだけは事実だ。
「……無駄じゃなかった」
自分に言い聞かせる。
翌朝、この街を出る。
ここに居場所はない。
荷物をまとめながら、昨夜酒場で聞いた噂を思い出す。
辺境のギルド。
問題児ばかりが集まる場所。
だが、不思議と――
生きて帰る冒険者が多いらしい。
「ちゃんと見てくれる人がいるって……」
語らずとも見てくれる場所。
想像するだけで、ほんの少し胸が軽くなった気がした。
本当にそんな都合のいい場所があるのかは、分からない。
また裏切られるかもしれない。
「でも、もう一度くらい、信じてみたい」
ヴァレリアはそう独り言ちてから、剣を背負って部屋を出たのだった。
案外華奢なその背中は、まだ不安そうだった。
しかしその足取りは、確かな一歩を刻んでいた。




