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畦道、野良猫、海を夢見る。

風邪を引いて数日が経った。

咳は止まった。体調がずいぶん良くなったから、外に出ようと思った。立ち上がる。カーテンを開ける。窓の外を見る。

雨はまだ降り続いていた。


傘を探すが見つからない。

この村は山に囲まれているから雨が少ない。

こんなに雨が振り続くことも珍しかった。

外に出られないから窓を空けた。

雨の匂いを含んだ空気が頬に触れた。

部屋の壁にかかったカレンダーを見る。

8月はまだ始まったばかりだった。


翌朝、雨がやんだ。

外に出てみると昨日のジメッとした空気が嘘のように晴れ渡る空が続いていた。

少し花が散った梔子の花の木を通り過ぎて、坂道を下った。バス停を曲がって、電柱を目印に畦道を進んだ。

いつもの店が見えた。

ベンチの前には彼女がいた。


「久しぶり」

聞き慣れた声が聞こえる。

「風邪をひいてしまって」

僕は答える。彼女は炭酸水を2つ持っていた。

そのうちの一つを僕に差し出す。

日差しのような笑顔で。

「ありがとうございます」

蓋をあけて、それを口に含んだ。

先日の海の話をした。

いつ行くかとか、どうやって行くかとか。

海岸までは歩いたら数時間はかかる距離だ。

1日に数本の電車でいくのが現実的だと結論づいた。

ラジオの音が店から聞こえる。数日後近くの街で花火大会があるらしい。近くと言っても、山を越えた先で、とてもじゃないけど僕たちが行ける距離じゃない。


風で彼女の髪が靡く。

それが私の頬に触れる。


彼女はいつまでここにいるのだろうか。

気がついたらいなくなってしまうのではないだろうか。

名前も家も年齢も知らない彼女のことを僕はずっと考えていた。友達とも言い難い、他人とも言い難いこの関係がなんとも心地よかった。


猫の鳴き声が聞こえた。


細い畦道に黒い猫の影が見えてすぐに消えた。

彼女は立ち上がった。

ベンチが軋む音がする。

そして、彼女は猫の後を追った。

僕はその後を追う。

猫はどんどんと進んでいく。

気がつくと、森の入口まで来ていた。

錆びついた有刺鉄線が僕たちの障壁となる。その隙間を縫って猫は森の奥へと姿を消した。

僕達は立ち尽くしてその足跡を見た。

まだ昼前だった。

彼女は口を開いて言った。

「遠くまで来ちゃったね」

今思えば彼女との初めての散歩だった。

「そうですね。戻りましょうか。」

そういって来た道をまた戻った。

帰り道に不自然なほどキラキラと輝いている石を見つけた。僕にはこの石の名前を知る術がない。

それをポケットに入れて少し駆け足で彼女に追いついた。

彼女が被っている麦藁帽子の長いリボンが揺れる。

空の色とは見紛うほど青かった。


海へ行く日を決めた。

僕は貯金をしていたからお金はあった。

両親にその事を伝えると、きっと、知らない人と外出するなと言われるだろう。

だから、友達と遊びに行くと言って外出することにした。


奇しくも、その日は花火大会の日だった。

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