夜の海の中から
夜の海ほど怖い場所はありません。 ご存知の通り海には様々の怖い話があります。
夜の海に出かける事が多い釣り人だけに、怖い体験も多く聞きます。
ここでは、釣り人に聞いた怖い話をお話しましょう。
釣りのシーズンは梅雨を明けようかと言う頃ですが、長梅雨で小雨が続く蒸し暑い夜でした。
その釣り人は単独で普段は渡らない島に渡りました。
灯りはあるのですが近くに民家など無い、小さな漁港です。
ジトジトとまとわり付くような暑さにまして、霧のように小粒ながらジットリト身体を湿ら
せる雨に釣りに集中できないのでした。
のべ竿でのサグリ釣りですので歩かない事には釣りにもなりません。
半分、帰りたくなった気分のまま釣りを始める事に。
ギ~~ギ~~… 魚も釣れないと他の音に気も取られるようで、船の揺れる音が気になって
しょうがありません。
ず~と漁船が並んでいるエリアではロープが張り巡らされ、仕掛けを引っ掛けないように気
を使います。
ギ~ ギイィイ~~
そこで気がついたのですが、シトシトと雨は降るのですが、風は全くありません。 しかも
自分の目の前の船は全く揺れてなど居ないのです。
ギ~、ギィイ~
それでも聞こえる船の軋む音が気になり、前方の船を見渡すと、少し前方の船だけが異様に
揺れているのです。 波と海流の関係などではなく、その船だけが明らかな異様な揺れをして
いるのです。
不思議な物で、怖いのですが確認しないと気がすまない。 霊などの存在を信じていないと
言う事もあり歩きながら近づいていきました。
ギィイイ~
釣り場の怖い話、夜の釣り場には何かが居ます。
うわっ 思わず大きな声で叫んでしまいました。
心臓が止まるような驚きと、背筋の凍るような衝撃は一生忘れられないそうです。
目にしたものは、船を取り巻くような数の手が船の底を揺さぶっていたのです。
その船は人目で少し古い船だと判るほど朽ちてるそうで、周りの船から見ても明らかに
ボロく老朽化した船でした。
船体の底や、取り付いた海草などを取り巻くように、ビッシリと並んでいてたのは、良く
見ても人間の手に見えます。
ボテッ…、恐怖で腰を抜かし気を失ったそうです。それほどハッキリと見てしまったのです。
気がつくと日の出が近づき、早朝の船出の漁師さんが覗き込んでました。
「こんな所で寝てるから、死んでるのか思ったぞ」
ハッと起き上がり、船を見ても何ら変化の無い船でした。真っ青な顔で、その漁師さんに
夕べ見たことを話しました。
「あはは、まあ夜の海には色々な物がでるからなぁ~」
「はは…」
漁師さんの豪快な笑いに、自分も眠りこけて夢でも見たのかと安心したそうです。
「でも、その船ならありえるかもなぁ~」
続けて漁師さんが話しました。 少し前に嵐で係留縄が切れ漂流した船らしく二日後に発見
されたそうです。 不思議なのは船内にまで入り込んだ海草・ドロ、船の損傷具合は一度海底
に沈んで転がったそうです。
それが何かの弾みに浮き上がり漂流してたところで発見された船らしく、動くので持ち主に
返されたそうですが処分が決まった船です。
「こんな漁港内でこの船だけ流されるなんて不思議だよなぁ~」
漁師さんは笑いながら話してたそうですが、船の損傷具合を見ていると、指で引掻いたよう
な塗装の剥がれが無数にあるのを見て夢じゃ無かったと実感したそうです。