第7話「もう一人のVeil」
K-WAVE裏倉庫に戻った俺は、
照明もつけず、ノートPCにUSBを差し込んだ。
新堂剛から渡された“記録ファイル”――
その中には、意外なほど丁寧にフォルダ分けされた動画・音声・文書が並んでいた。
そして、その最上位のファイル名が俺の動悸を跳ね上げる。
【Veil_001_LOG(2007-2012)】
2007年?
俺がまだ中学生の頃じゃないか。
Veilという名が、俺よりも前に存在していた?
最初のフォルダを開くと、ひとつの動画ファイルがあった。
【log_01_interview.mp4】
再生すると、画面に映ったのは、
灰色のフードを被った若い男。
場所は地下のようなコンクリート打ちっぱなしの空間。
だが、その表情は妙に静かだった。
「コードネーム:Veil。
任務内容:社会的悪意への制裁、復讐の代理行為。
対象:個人・組織・制度。手段は不問。」
カメラの外から、別の声が問う。
「君は何者だ?」
「……僕は“存在を消された人間”だ。
だからこそ、他人の歪みがよく見える。」
「目的は?」
「終わりのない復讐連鎖の中に、秩序を持ち込むことだよ。
たとえ、それが歪んだ正義でも。」
映像が終わる。
画面に映った男の名前は出ていなかったが、
その口調、思考、そして目の奥の“冷えた炎”――
どこかで見覚えがある気がした。
さらに下のログを見ると、
複数の“Veil候補者”の名前が並んでいた。
コードネームで管理されているが、
その中の一人――【VEIL_014】に、俺の本名があった。
【候補者014:佐久間蓮】
・観察対象として2017年に選出
・大学時代に「倫理なき正義」への強い執着あり
・情報収集力と記憶保持力に優れる
・被験者13号との接点確認済み
……被験者13号?
それは誰だ。いや、俺は“選ばれていた”?
どういう意味だ――?
混乱する頭の中で、次のフォルダを開く。
【PRIVATE_CHAT_LOG_13-14.txt】
それは俺と“誰か”のチャット記録だった。
しかも、4年前。
まだVeilという存在を名乗る前のログだ。
【13号】
「怒ってるのか?」
【14号(俺)】
「あいつが何をしたか知ってるくせに、なんで止めなかった」
【13号】
「止めたよ。でも、それで君が壊れるなら……
君自身が“裁く”しかないだろ?」
【14号】
「俺はそんなことしない」
【13号】
「違う。“まだ”しないだけだ。
君の心には、いつだって炎がある。
そして炎は、風が吹けば燃え上がる」
【14号】
「……お前が火をつける気か?」
【13号】
「いいや。
君は、自分で“燃える”人間だ。俺はただ、風を吹かせるだけさ」
まるで……
最初から俺が“Veil”になるように、誘導されていたみたいだ。
いや、もっと言えば――
俺は“自分の意志で”この道を選んだつもりだったが、
実際は“誰かの計画通りに動かされていた”可能性がある。
Veilは俺だけじゃない。
Veilは“継承される存在”だった。
コードネーム、思想、方法――
それを“渡された”俺は、まるで芝居の役者みたいに、舞台に立っていた。
そして――
“13号”の名前を確認するため、
俺はログの最後のメタデータを解析した。
出てきた名は――
堺 流真
一瞬、呼吸が止まった。
堺流真。
かつて俺が大学時代に最も尊敬していた先輩。
論理と感情を完璧に切り分ける異質な天才。
俺に情報処理・裏掲示板の構築方法、暗号通信の基礎を教えてくれた存在。
だが、彼は5年前、
事故死したはずだった。
……違う。
やはり、“死んでいなかった”。
Veilの初代継承者は、堺流真だった。
俺はここで初めて悟った。
俺が“自分の物語”を生きていると思っていた世界は、
誰かの“続編”だったのかもしれない。
いや、まだ断定はできない。
だが――
この復讐劇には、“最初の作者”が存在している。
その時、ノートPCの画面が唐突に暗転した。
そして、ウィンドウの中央に文字が浮かび上がる。
「よくここまで辿り着いた。
でも、本当の物語はここからだ。
――次回、第8話「死者たちの章」
Veilの始まりと、堺流真の死の真相。
そして、新たな犠牲が生まれる。