第5話「嘘の積み重ね」
人間は、他人に裏切られた時より、
自分が“誰かを裏切った”と気づいた時の方が壊れる。
宮川大翔が落ちた今、
次はあいつ――**由梨**だ。
俺の元婚約者。
あの時、俺の部屋の合鍵を持ち、
会社から呼ばれると「心配だよ」と言いながら俺のパソコンを抜き取った。
まるで、あらかじめ“それをする役目”だったみたいに。
いや、違う。
あいつは“自分の意志で俺を裏切った”わけじゃない。
あいつの罪は“気づかないフリをして加担した”ことだ。
もっと卑怯で、もっと都合のいい形の裏切りだった。
だからこそ――
俺は、“由梨に気づかせてやる”必要がある。
「自分は加害者だった」と。
そしてその罪を、一生後悔させるような形で。
作戦は、こうだ。
まず、“第三者”になりすまして由梨に接触する。
使うのは、俺が裏垢で運用していたアカウント「Mie_13」。
大学の先輩女子として構築していた仮人格だ。
この“Mie”は、かつて由梨に恋愛相談をされた架空の存在。
それだけに由梨は安心して心を開く。
【Mie_13】
「ひさしぶり〜! そういえば、蓮くんのことで大丈夫だった?
ニュース見てびっくりしちゃって……!」
そのたった一文で、由梨は食いついた。
【由梨】
「やばい、ほんとに久しぶり! え、蓮のこと……まじで知らなくて。
いきなり連絡とれなくなって……怖いよね。あたし、関係ないのに巻き込まれたの最悪すぎ(^_^;)」
よく言う。
“巻き込まれた”? 違う。
お前は“片足、最初から突っ込んでた”んだよ。
このやりとりを数日続け、徐々に由梨の警戒心を溶かす。
そしてある日、ふと送る。
【Mie_13】
「ねえ、あたしちょっと気になってるんだけど、
由梨ちゃんさ、あのとき蓮くんの部屋から何か持ち出したって言ってなかった?」
【由梨】
「え、あれは……え、なにそれ……なんで知ってんの?」
ふふ。
もう引き返せないぞ。
【Mie_13】
「ごめんね。実はあたし、蓮くんのお姉さんとちょっと知り合いで……
なんか変だって言ってたの。
彼、あの日の夜から突然全部消されたんだって」
もちろん、俺に姉なんていない。
でも、ここに来て由梨の表情は曇るはずだ。
【由梨】
「ちょ、待って。
それって、あたしがなんか悪いみたいじゃん……
あたしは何も知らなかったんだよ? 指示されたからやっただけで……!」
その一言が、聞きたかった。
“指示された”?
誰に。
どういう風に。
どこまで“知っていた”?
俺はすかさず返す。
【Mie_13】
「……指示されたって、誰に?」
このメッセージを最後に、由梨は既読無視を始めた。
いいよ、もう。
お前の心には、もうひとつの名前が浮かんでいるはずだから。
「新堂 剛」
元上司。
俺を不自然なプロジェクトに回し、
横領の舞台を用意した張本人。
そして――
由梨の“新しい恋人”だ。
俺と別れて3週間後に付き合い始めていたことは、もう調べがついている。
……気づいたか、由梨。
お前は“利用されていただけ”だった。
俺の部屋からPCを持ち出すことも、
あらかじめ想定されてた。
お前は“加担者”じゃない。
“道具”だったんだ。
だけど――
それを“気づかされること”こそ、最大の復讐になる。
俺は最後のダメ押しを送る。
【Mie_13】
「由梨ちゃん……もし“あのパソコン”が仕組まれてたとしたら……
つまり、あれを持ち出したことで蓮くんが嵌められたとしたら……
それって、あなたは――共犯になるのかな」
既読。沈黙。
――良心の呵責。
それは、罪悪感という名の毒だ。
由梨、お前はまだ“人間”だ。
だからこそ、これから何年も、何十年も、
俺を思い出すたびに、喉の奥に鉛を詰めたような苦しみを感じろ。
まだ、終わりじゃない。
次は――その“恋人”に会いに行こう。
新堂剛。
あんたが“首謀者”なのか?
それとも、もっと上がいるのか?
真実の輪郭が、少しずつ見え始めていた。
――次回、第6話「見抜かれた罠」
会社の元上司・新堂剛が動き出す。
そして、思わぬ“逆罠”が待っている――。