第3話「最初の一手」
月曜朝7時、都内某所。
“清潔感あふれる”男、宮川大翔は高層マンションの一室で目覚めた。
カーテン越しの朝日を浴び、
洗練されたモダンなキッチンでスムージーを作りながら、
彼はにっこりと微笑んだ。
「完璧だな。俺の朝も、人生も。」
だが、スマートフォンに届いていた一通の通知が、
その“完璧”に、小さなひびを入れる。
【件名:あなたの過去が漏れています】
【添付:2019年12月_秘密.pdf】
顔が強張る。
まさか……。
添付ファイルには、
“当時交際していた複数の未成年”のSNSログ、
彼自身の送信メッセージ、場所の一致情報が並んでいた。
しかも、匿名サーバーを経由し、
このメールは彼が絶対に公表されては困るアドレスに届いていた。
「どういうルートで、ここまで…?」
彼は震える指で、アドレスの送信元を追跡しようとした。
が、すぐに諦めた。
この手のプロは、絶対に尻尾を出さない。
その頃、俺――佐久間蓮は
K-WAVE裏倉庫で、次のステップの準備を進めていた。
「宮川が動揺すれば、必ず“確認の連絡”を取る相手がいるはずだ」
その相手の名は、原口 椿。
会社時代の同僚で、情報共有グループの中心人物。
どのスキャンダルが表沙汰になるか、相談する“ブレーン”的存在だった。
俺は、すでに彼女のLINEに潜り込んである。
※かつて飲み会で借りたスマホから、こっそり転送設定を仕込んだ。
宮川がメッセージを送るのを待っていた。
そして――10分後、通知が震える。
宮川:
「おい、やばい。やつのデータがリークされた。
蓮、まさか生きてんのか?」
原口:
「落ち着いて。私のとこにはまだ何も来てない。
でも、由梨がやつの部屋でPC回収したはずよね?」
宮川:
「それが“無かった”らしい。空だったって。」
やはりそうか。
俺のパソコンは、由梨に盗られた。
だが、空っぽにしておいたのは俺だ。
データは全部、あの倉庫のロッカーの中に保管してある。
宮川と原口の動きは、想定内。
次の一手は、“世間”という名の審判だ。
俺は《灰の海》掲示板にログインし、
宮川の“クリーンなインフルエンサー画像”と、
裏のSNS活動、そして“彼の被害者たちの声”を、
「匿名まとめ記事」として構成した。
最後に、決め台詞を添える。
「表の顔は、白い仮面。
裏の顔は、灰色の悪魔。
お前が嗤った誰かの声で、今度はお前が裁かれる番だ。」
その投稿は瞬く間に拡散され、
Twitterトレンドに【#宮川大翔_暴露】の文字が踊った。
それでも、俺は「直接手は下していない」
ただ、真実を開示しただけ。
宮川はそれにどう応えるか。
どんな“嘘”を重ねるか――それすら、観察対象だ。
午後3時、速報が流れる。
「インフルエンサー宮川氏、未成年女性との関係疑惑で活動停止」
SNSアカウントは削除、契約中のPR企業も全て解除。
「完璧」だった彼の世界は、音を立てて崩れた。
夜。
原口椿から宮川への通話記録を、転送で受け取る。
原口:
「あんたのせいで全部巻き込まれるじゃない!」
宮川:
「違う!違うんだ、これは誰かが……いや、あいつしか……」
“あいつ”。
俺の名前を出すな。俺はもう“佐久間蓮”じゃない。
俺は《ヴェイル》だ。
ベールのように静かに、
そして、確実に、お前らを壊す。
――次回、第4話「ひとつめの陥落」
“完璧だった友”が地に落ち、復讐の炎が本格的に燃え広がる。