第2話「誰も信じるな」
――次回、第3話「最初の一手」
宮川の“完璧な日常”に、小さなほころびが生まれる。
逃げるように隠れ家へとたどり着いたのは、
かつて通っていたネットカフェ『K-WAVE』の裏倉庫だった。
倉庫番の爺さん――通称「ハルじい」は、俺の事情を何も聞かず、
一言だけ言った。
「また地獄のゲーム、始めるんか?」
何を知っているのか。
それとも単なる勘なのか。わからない。
だが、今はその“深く問わない他人”がありがたかった。
ロッカーにしまってあったノートパソコンを開く。
表のネットにはもうアクセスできない。俺は“指名手配犯”だからだ。
だが――裏の世界なら話は別だ。
大学時代に嗜んでいた「匿名クラッキング掲示板」
通称《灰の海》にアクセスする。
そこは、裏切られた人間たちの復讐計画が日々投下される場所だった。
思い出すのは学生時代のハンドルネーム――《Veil》
復讐者としての名前だ。
「また、戻ってきたか」
そう書き込むと、すぐに返信がついた。
「歓迎する、ヴェイル。
今日も“世界の歪み”を、正してくれ。」
ノートにペンを走らせる。
「復讐対象リスト」――全15名
裏切った者、俺を貶めた者、その周囲で笑っていた者。
新堂 剛(上司)
由梨(元婚約者)
宮川 大翔(元親友)
原口 椿(同僚)
田尻会計士(裏帳簿操作)
木島 弁護士(偽証協力)
………
………
名前をひとつひとつ書くたびに、心が静かになっていく。
だが、ここで一つ、妙な違和感が浮かんだ。
「……親父と母親の名前が、ない」
あの二人、何の連絡もない。
“親”として、何かアクションがあってもおかしくない。
そしてもう一つ、思い出した。
――両親の連絡先が“使われていない番号”になっていたこと。
まさか、最初から……?
その時、ネットカフェのロッカー室の照明が一瞬だけチカッと明滅した。
この店は“盗聴防止のための電磁干渉装置”を設置しているはずだ。
それが一瞬、遮断された。
つまり――誰かが、この空間に干渉しようとした。
すぐにノートパソコンを閉じ、携帯用の簡易ジャマーを起動。
半径2メートル以内、あらゆる通信が遮断される。
「始まってるな、これは……俺以外にも“気づいている”奴がいる」
復讐対象の中で、もっとも情報操作が巧妙だった男。
元親友、**宮川 大翔**に照準を合わせる。
表向きは優しい営業マン、だがその正体は――
人の秘密を収集し、嗤いながら売る“情報屋”。
大学時代、俺が一度だけ見てしまったことがある。
講義中、他人のSNSを裏ルートから覗いていた姿を。
そして今、宮川は『社会人インフルエンサー』として成功している。
「“清廉潔白”な顔をして生きてるお前に、最初の報いをくれてやるよ」
俺はPCを再起動し、データを一つ引き出した。
それは宮川が3年前に流出させた“他人の医療記録”の証拠ファイルだった。
もちろん、表には出回っていない。
だが、この手のものは“本物”だからこそ使える。
それを仮想アカウントからマスコミ各社へ匿名リーク。
さらにもう一手。
**「彼自身の秘密」**を、次回の標的として掘り起こす。
彼は表向きは恋人を隠しているが、
実は裏で、数人の未成年と“不適切な関係”を結んでいた。
証拠は、俺の“昔の趣味”で残していたサーバログの奥に眠っている。
「宮川大翔、君は“自分の武器”で地獄を味わえ」
このゲーム、誰も信じるな。
そして、信じられなかった自分自身も、疑え。
復讐はまだ始まったばかりだ。