第17話「劇場型」
午前6時。
ニュースサイトのトップに、俺の名が踊った。
【緊急速報】
国家倫理監察局・副長官の辞任の裏に、“復讐請負人 Veil”の存在か?
SNSで急拡散する「仮面の告発者」、正義かテロリストか。
静かな部屋の中、モニターが光り続けていた。
流れるのは、あの夜、相原律人の罪を暴露した“音声”と“映像”。
俺が仕掛けたのは内部への復讐だった。
だが今、その正義が“エンタメ化”されようとしている。
ネットではすでに、“Veil”のロゴを模したマスクやTシャツが販売され、
まとめサイトやYouTubeも「Veil解説動画」で溢れていた。
──“Veilごっこ”が始まった。
しかも、最悪なことに。
「Veilってマジでヤバくね?でもスカッとしたw」
「腐った政治家ぶっ潰すとか最高。応援してますVeil様」
「Veilになりたい奴、今日から仲間だろ」
模倣犯が出始めた。
名も知らぬ“自称・Veil”たちが、
無関係な人物をネットで吊し上げ、住所を特定し、攻撃し始めた。
「これは正義の鉄槌だ」
「お前は社会の癌だ」
「Veilが裁きを下す」
違う。
俺たちがやっていたのは“感情の代償”を突きつけることだった。
不特定多数を扇動することじゃない。
その日、原口から連絡が入った。
「最悪だ。俺たち、もう“神輿”にされかけてる」
「分かってる」
「最初の理想を、民衆が都合よく拡大解釈し始めた。
このままだと“Veil”という名前自体が、ただの“劇場装置”になる」
皮肉だった。
正義を殺すための復讐が、
今度は“正義そのもの”に神格化され、歪められている。
その渦中、もう一つの“敵”が現れた。
──司灯礼央
SNSフォロワー230万。
毒舌系インフルエンサー。
政界の不正や社会問題をエンタメに落とし込む天才。
彼が突然、YouTubeでこう語り始めた。
「Veilとか言ってる奴さ、結局気持ちいいだけなんだよ。
たまたま狙った相手が悪だった? それはラッキーだよ。
正義のフリした人間が一番タチ悪いの。
一発逆転したい人間が、他人の“怒り”を燃料にしてるだけ。
そんなもん、俺が全部潰すから」
蓮は冷静に画面を見つめていた。
「ああ、出てきたな……“声だけ大きい正論屋”」
原口が隣で苦笑いする。
「こいつ、本物の人気者だぞ。
お前がどれだけ論理を積み重ねようと、
こいつが“声のボリューム”でぶん殴ってきたら、民衆はそっちを見る」
それがこの時代の“真実”だった。
正しさより、わかりやすさ。
誠意より、演出。
Veilがどれだけ真面目に“責任ある復讐”を遂行してきたとしても、
司灯礼央の一言で“ただの厨二ごっこ”にされかねない。
「ねえ、蓮」
彩音が言った。
例の病院からはすでに“転院”という形で外に出ていた。
今は、Veilの“非公式メンバー”として行動している。
「このままだと、
あなたが命懸けでやってきたことが、
“痛快なヒーローショー”にされちゃうよ」
蓮は黙って立ち上がった。
「だったら――俺たちが、舞台に上がる番だ」
原口が目を丸くする。
「おい、まさかお前……」
「そうだ。“Veil”を“見える場所”に出す。
匿名のままじゃ、誰かに乗っ取られる。
なら逆に、“顔を見せない本物”として、
舞台の中央に立ってやる」
「それ、下手したら逮捕じゃ済まねえぞ」
「もう覚悟はしてる。
どうせ最後は潰しにくる。
だったらその前に、全部の嘘を引きずり出す。
俺たちが“正義”の皮を剥ぐ。
今度は、全員分だ」
――Veil、出陣。
この時から、
Veilは“地下の復讐者”ではなく、
“舞台の指揮者”として動き始めた。
舞台は整った。
観客は揃っている。
あとは、
誰が“最後の嘘”を暴くのか――
――次回、第18話「告発前夜」
Veil、自らの正体を明かす準備へ。
だがその裏で、誰かが“蓮の過去”を掘り起こし始めていた──。