第11話「帰還」
「……久しぶりだな、佐久間」
静かに扉を開けて現れたその男――
堺 流真。
あの日、“事故死”したはずの先輩だった。
だが、その姿は確かにそこにあった。
昔と変わらぬ落ち着いた目つき、だがどこか――抜け殻のような冷たさがあった。
「……生きてたのか」
それ以外、何も言えなかった。
声は震え、手のひらには汗がにじむ。
堺は無言のまま俺の隣に腰掛け、
ゆっくりとUSBメモリを机の上に置いた。
「お前がこれまで辿ってきたものは、正しいが、不完全だ」
どういう意味だ?
「“Veil”という存在はな、もともと**『制御不能な正義』を飼い慣らすための檻**だった。
人間は怒りを持つ。憎しみを持つ。
だが、それを個人で発散させれば、社会は崩壊する。
だから一部の人間が“復讐を代行する装置”として選ばれ、裏社会で活動してきた」
Veilは“代行者”――
復讐を行うことで、社会全体のバランスを取る存在。
でも、それって正義じゃない。
まるで、“怒りの火薬庫をコントロールする仕組み”じゃないか。
「ああ、だから俺はそこから抜けた。
“Veil”として与えられる正義に意味はない。
自分の意思で動くことにしか、価値はない」
「じゃあ、お前は今――何者なんだ?」
堺は静かに目を伏せた。
「“元・Veil”であり、“管理側の人間”でもある」
「……お前が、俺を選んだのか?」
「そうだ。
だが、それは命令じゃない。
お前が動くだろうと確信したからだ。
お前の“怒り”と“観察力”は、誰よりも向いていたから」
俺は殴りたかった。
だが、堺が差し出したUSBメモリには、もう一つの衝撃的な記録が残されていた。
「見ろ。“真実の主”の一人は、今も“行政機関の中枢”にいる。
お前を葬った事件も、その者の意志によってねじ曲げられた」
映像が始まる。
それは会議室の隠しカメラ映像。
数名のスーツ姿の男女が、横領事件について話している。
その中で、一人の人物の声が俺の脳を刺した。
「佐久間蓮は――切り捨てる。
弁解させるな。
“同情される人間”は、我々の敵だ。」
その声は……
今の“国家倫理監察局”副長官――相原律人。
俺の大学時代の講義で、
正義を語っていた“憧れの人物”だった。
「お前の敵は、もう個人じゃない。
組織だ。そして“思想”そのものだ」
堺は最後に言った。
「俺はまた消える。
だが、今度はお前が“選ぶ番”だ。
誰を、どう裁くか。
そして――本当に“復讐”で終わらせるのかどうか」
扉が閉まる音とともに、堺流真は再びこの世界から消えた。
俺は椅子に座ったまま、天井を見上げる。
俺がやってきた復讐は、
ほんの小さな“歯車”に過ぎなかった。
これから戦うのは、もっと大きな“構造”だ。
「……やってやるよ、全部。
俺が壊してやる。“仕組み”そのものを。」
――次回、第12話「正義の死体」
かつて正義を語った者が、腐った体で君臨している。
Veilの怒りが、本当の炎になる。