第1話「開幕、全てを失った日」
その朝、目が覚めると、俺は“犯罪者”になっていた。
テレビから流れるのは見慣れた自分の顔写真。
テロップには、こう書かれていた。
【速報】東都商事・営業部係長 佐久間蓮、横領の容疑で指名手配
……は?
一瞬、夢かと思った。けど、スマホの通知は現実を突きつけてくる。
「最低」
「金返せ泥棒」
「お前と一緒にいた時間、人生の汚点だった」
友人から、元同級生から、果ては通っていた歯医者からまで。
俺の通知欄は呪詛で埋め尽くされていた。
何が起きたかなんて、わかるはずもなかった。
ただひとつ、はっきりしていたのは――
俺は、嵌められた。
会社に問い合わせようにも電話は繋がらず、実家に連絡しても父は出ない。
いや、**「番号が現在使われておりません」**という音声が返ってきた。
そんなはずはない。
昨日まで、普通だったんだ。昨日までは……。
部屋の扉を叩く音が響く。
「警察です。佐久間蓮さん、開けてください」
終わった。
人生って、こうやって終わるんだなと、変に冷静な自分がいた。
でも、そこでふと気づく。
――“終わるには、まだ早すぎる”
机の引き出しを開ける。
一枚のメモ帳。学生時代からの癖で、何かあると書き留めていたノートだ。
表紙には油性ペンで「どこかの世界で役立つかもしれないアイデア帳」
そう書いてある。
中をめくると、そこにあったのは、
過去に俺が想像で練った「完全犯罪」や「復讐シナリオ」の断片だった。
人を破滅させる方法(社会的に)
嘘を嘘と悟らせないメールの書き方
相手に気づかれずに仕込めるトラップ一覧
「味方に見せかけて裏切るキャラの作り方」
「一発逆転の演出方法」
ページをめくるたび、心の中に灯がともる。
誰かに仕組まれたなら――俺も仕組み返してやる。
逃げない。ここからすべてを逆転させる。
ベランダへ出ると、非常階段から隣の棟へとつながるパイプが目に入る。
大学時代、酔っ払ってあそこを渡って帰ってきた記憶がある。
「人生最大の黒歴史、役立つ日が来るとはな……」
笑った自分の声が、意外と冷静だった。
隣の棟の非常階段に降り、裏通りへ。
顔を隠すため、コンビニで買ったマスクとサングラスを装着。
そして、向かう先は――婚約者・由梨の家。
あいつだけは、俺の味方でいてくれると信じていた。
けれど、玄関先で俺を迎えたのは――知らない男の声だった。
「ん? あんた誰?」
シャワー音。女の笑い声。
聞き慣れた由梨の声が、こう言った。
「早く来て〜♡ 蓮なんてもう終わった男なんだから〜!」
そこで、俺の中で何かが音を立てて壊れた。
身体が震える。けれど、涙は出なかった。
代わりに脳内で、**「To Doリスト」**が起動する。
横領事件の黒幕を突き止める
裏切った全員を社会的に殺す
偽りの友情、愛情、信頼――全部、反転させる
ただし、感情的になるな。徹底的に、論理で仕留めろ
やってやる。
誰がこんなシナリオを描いたのか知らないが、
その結末を決めるのは、俺だ。
そしてこの日、俺は「佐久間蓮」としての人生を終え、
復讐者〈ヴェイル〉として生まれ変わった。
――次回、第2話「誰も信じるな」
“敵”のリストアップと、最初の標的選びが始まる。