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04 昔の札幌駅北口は暗くて小さかった


 午後になって日向子が到着した。


 家に上がるなり父にすがりついて大号泣した日向子は、叔父や叔母のもらい泣きを誘った。

 ふさわしくない言い方かもしれないが、日向子の登場で、俄然、場が盛り上がったという感じだ。


 日向子はいつも場の中心にいる。

 本人が意識しているかいないかにかかわらず、世の中にはそういう存在もあるのだ。


 月枝は親戚の相手を日向子に、弔問客の相手を母に任せ、こまごまとした雑用に奔走した。

 明日は友引なので、通夜は明後日になる。

 思わず、長期戦になりそうだと思って、そんなふうに身構えてしまう自分は親不孝者かもしれないと自己嫌悪に陥った。


 数年前に死んだ祖母の葬儀のときにも感じたことだが、家族だけでひっそりと故人を送ることはできないものだろうか。

 北海道の葬儀は、とにかく通夜の参列者が多い。

 ウサギ小屋のマイホームでの葬儀などできるわけもなく、会場は葬祭場や寺を借りることになる。

 これも地域性というものだろうか、残された家族は哀しむ暇もなく客の相手をし、不慣れなイベントをきりもりしなければならない。


 葬儀というのは莫大な金が動くイベントであるにもかかわらず、なにかにつけ、丼勘定であることが多い。

 一生のうちに何度も主催できるイベントではないうえ、身内を失って動揺している家族たちは冷静な判断を下せないことも多いのだろう。


「これくらいはしてさしあげないと釣り合いがとれませんから」


 などと、さかんに故人の生前の地位などを引き合いに出して葬儀の格を上げさせようとする葬儀社の人の常套句にはまってしまうこともある。

 なにしろ専門家は葬儀社の人間だけだから、勧めのままに、祭壇を選び引き出物を選びお膳の見栄えを考える。

 あとで請求書を見たら目の玉が飛び出るほどの金額にふくれあがっていたということは決して珍しくない。


 これはもっとも古典的な霊感商法なのではないか、などと言ったら言い過ぎだろうか。


 所詮、死んでしまった人間に、死んでしまってからいくら金をかけたところで、残された者の自己満足にすぎず、潤うのは葬儀社だけだということがわかっているから


「いいお式だったわね。おじいちゃんも喜んでいるわよ」


 などという言葉で納得しようとするのではないのか。

 葬儀というものはいったい、誰のためのイベントなのだろう。


 そんな経験をふまえ、思い切って質素な式を選択すると、やがて


「あんなお式しかできなくて亡くなった方も可哀想よねぇ」


 などというお門違いな噂が聞こえてきたりする。

 残された家族は肉親の死で傷つき、世間の心ない噂で二重に傷ついていく。

 そんな体験をしている人は少なくないだろう。


 生きることも大変だが、死ぬこともまた大変だ。


 月枝は、お供え用のお菓子を買うため、真由と連れだって千秋庵まで出向いた。

 本州の友達などは北海道なら六花亭の菓子がいちばん有名だと思っているようだが、札幌で生まれ育った月枝にとっては、帯広六花亭よりも札幌千秋庵のほうがなじみ深い。

 父の好きだったバター風味の洋風煎餅『山親爺』と『ノースマン』を買い求めた。


 名前だけ聞いてもどんな味だか想像もつかないネーミングがここの菓子には多い。

 ちなみにノースマンは小豆餡をしっとり目のパイ生地で包んだ和洋折衷なお菓子で、妙に癖になる味だ。

 それらを中心に、弔問客に出すための饅頭などを適当にそろえた。


 夫の鉄郎に電話をすると、札幌駅の北口まで迎えに来てくれると言う。

 夫を待つ間、月枝は、駅の再開発事業ですっかり変わってしまった北口を見上げた。

 今では立派な駅舎がそびえ立ち、その東西には本州資本の巨大デパートが建ち並んでいる。

 結婚して少し札幌を離れている間に、ずいぶん変わってしまったんだなぁ、と感慨にふけった。


 月枝の記憶の中にある札幌駅といえば、駅前通りに面して施設も大がかりだった南口ではなくて、十本もの線路を挟んでいるにもかかわらず、こじんまりと設置されていた北口だった。

 まるで裏口のような小さな駅舎の中には冷たい灰色のコンクリートのタイルが敷き詰められ、左手に薄暗く寒々しいトイレ、右手に切符を買う窓口があった。

 駅舎に入って何歩も歩かぬ正面が改札口で、駅員の数も極端に少なく、南口の賑やかさなど想像できないくらいひっそりとした施設だった。


 まだずっと幼いころ、切符にはさみを入れてもらって改札を抜けたあの小さな駅舎は、忘れがたい存在として月枝の記憶の底にあった。


「寒いね」


 月枝は傍らの真由に笑いかけた。


 真由は「寒い寒い~」と唄うように言って手袋をした両手に息を吹きかけた。

 ちらりほらりと、牡丹雪が舞い始めていた。



祖母が亡くなったとき、私は妊娠中で、お腹が張るため安静にしていなければならない身でした。

なので、旦那に出席して貰ったのですが、金ぴかの仏壇を新調し、通夜振る舞いでは親戚ののんべぇたちが次々と酒を注文し、葬儀にかかった総額は三百万を超えていたそうです。

この強欲な親戚たちに関する嘘みたいなほんとの話はたくさんあるのですが、それはまた別の話……。

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