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14 世界の片隅で愛をつぶやく少女


 少女たちは、とぼとぼと線路を歩いていた。


 さっき、泣きながらめちゃくちゃに走ったので、雪の中、気づいたときは知らない場所にいた。

 もともとこのあたりは農業試験場ができるような広大な農地で、民家もほとんどない。

 視界ゼロの吹雪の雪の中となれば、大の大人でも方向を見失うこともあるだろう。


 それでも、ふたりはやっとのことで線路をみつけ、それに沿って歩き出した。

 線路づたいに歩けば、方向はどうあれ、とりあえずは人のいる駅にたどり着けるはずだ。


 雪はますます激しさを増し、体の芯まで凍らせてしまうほどに風が冷たかった。

 手足はとうに感覚がなく、赤いコートが真っ白になるくらい雪が体に降り積もっていた。


 ふたりは何も話さず、ただしっかりと互いの手を握り合っていた。


 ポケットではオルゴールがかすかに鳴っている。

 このオルゴールは明奈の父が贈ったものではなかったけれど、それでもふたりの宝物であることにはかわりがなかった。


 前のほうから汽車のヘッドランプが近づいてきて、ふたりは慌てて線路から離れた。

 少し高くなっている線路から脇に降りると、吹き溜まった雪で体が半分近くも埋まった。

 それでも、脇にどけないと、視界の悪い雪の日のことだ。

 汽車に轢かれて死んでしまう。


 線路の脇で雪に埋まりながらガタゴト進む汽車を見上げると、クリーム色と赤のツートンの車体が流れていった。


 あれに乗ってここに来るまでは、あんなに楽しくはしゃいでいたのに。

 初めての大冒険に小さな胸をふくらませていたのに。


 月枝は、明奈の手を握り直すと、再び線路に上がろうと足を踏ん張った。


「ちょっとまって」


 久しぶりに、明奈が口をきいた。

 ハッとして振り返ると、明奈はポケットからオルゴールを出して、ネジを巻こうとしている。


「かして。あたしがまくよ」


 口にくわえて手袋を脱ぎ、月枝は冷え切ったオルゴールを受け取った。

 もう、指先に感覚がなくてうまくネジが巻けなかった。

 でも、月枝は真っ赤になった指で平気そうな顔をしてネジを回した。


 その瞬間。


 バチン!


 とびっくりするくらい大きな音がして、急にネジが逆回りした。


 あれっ? と思って、月枝はさらにネジを巻いたが、一巻きごとに引っかかって止まるはずの引っかかりがない。

 一巻きすると、バネの力でぐるんとつまみが元に戻ってしまう。

 何度も何度も巻いてみたけれど、結果は同じだった。


 明奈は、必死にネジを巻こうとする月枝の手を、そっと自分の両手で包み込んだ。


「こわれちゃったね」


 怒るでもなく、責めるでもなく、ぽつんと明奈は言った。


「あたし、直すから! ぜったい、直して、明奈ちゃんに返すからっ!」


 悲鳴のように月枝は叫んだ。

 せっかく出会えた明奈の父は冷たくて、オルゴールも彼が贈ったものではなくて、それでも、ふたりの宝物として大切にしようと思っていたのに壊れてしまうなんて……。


「うん。でも、いいの。これ、月枝ちゃんが持ってて」

「明奈ちゃん……」

「じゃあ、行こうか。駅はもうすぐだよ」


 すっかり冷たくなった手袋をはめ直して、明奈は線路によじ登った。

 月枝は、耳元で聞いた、あの弾けるような音が忘れられなくて、半べそをかいていた。


 もう少し、そうっとネジを巻いていたら壊れなかったかもしれない。

 寒いのに無理して何度も鳴らさなければ壊れなかったかもしれない。

 でしゃばって自分が巻くと言わなければ壊れなかったかもしれない。

 心の中にたくさんの「かもしれない」が渦を巻いて、自分を激しく責め立てた。


「月枝ちゃん」


 半べその月枝に、明奈は小さな声で呼びかけた。


「ごめんね、月枝ちゃん。あたしのせいで、いっぱい泣いちゃったね。だからもう、泣かなくていいから……。あたし、月枝ちゃんといっしょに笑ってるのがいちばん好きだから……。月枝ちゃんがいちばん好きだから……笑っててほしいよ……」


「明奈ちゃん……」


 月枝は、こみ上げてくるものを抑えきれずに、がばっと明奈に抱きついた。

 明奈は、少し照れたように笑って、月枝のおでこにチュッとキスをした。

 唇もおでこも氷のように冷たくて感覚はほとんどなかったけれど、月枝は頬が熱くなるのを感じた。


「月枝ちゃん……だいすき……」


 そう言って、明奈は血の気の引いた真っ白な顔で、ふわりと微笑んだ。

 まるで、雪の中に消えてしまいそうなくらい儚い笑顔だった。


 不意に、明奈の体重が月枝の腕にかかった。

 急に腕が重くなって支えきれず、明奈の体が雪の上にくずおれていく。


「明奈ちゃん! 明奈ちゃんっ!」


 どんなに呼んでも、どんなに体を揺すっても、明奈は目を開けなかった。

 月枝は完全に自分を見失って、明奈の名を叫び続けた。



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