11 あした、行こう
それから幾日もたたないある日、月枝が病院に行くと、明奈が布団にくるまって鬱々としていた。
どうしたのかと思って、側で複雑な表情をしている明奈の母を見ると、母の明美は力のない声でこう言った。
「退院、できなくなっちゃったのよ。検査の結果が思わしくなくて、来週から精密検査をしましょうってことになって……。多分、小学校にも四月から通うのは無理だろうって先生が……」
いっしゅん、月枝は我が耳を疑った。
それは、良くなっているとばかり思っていた明奈の病気が、実はぜんぜん良くなっていなくて、退院もできず、小学校にも通えないくらい悪くなっているということだ。
「あ、でも、検査の結果が良ければ、様子を見て退院できるし、学校にも……」
月枝の顔色を見て、あわてて明美は付け足したが、その言葉が涙で詰まった。
「ごめんね。ジュース買ってくるから明奈の側にいてあげてね」
明美は、そう言い残すと逃げるように病室を出て行った。
多分、彼女は泣きに行ったのだ。
子供たちに泣き顔を見せないために、トイレにでもこもって泣いてくるのだろう。
なんとなく、もうこのまま、明奈は病院から出られないんじゃないだろうかと、月枝は思った。
そんなことは考えたくないのに、妙にリアルな黒い不安が胸の奥にべったりと張り付いてしまって、ぬぐい去ることができなかった。
「明奈ちゃん……」
月枝は、名前を呼んで布団の上からそっと明奈の小さな体を撫でた。
気の利いた慰めの言葉なんか、出てこなかった。
「あたし……死ぬのかなぁ……」
布団の中から、くぐもった声が聞こえた。
今にも消えてしまいそうな弱々しい声だった。
「そんなことないよ……。ぜったい、そんなこと、ないよ……」
月枝は、呪文のように何度も何度も「そんなことない」と繰り返して、明奈の体をさすり続けた。
明奈の母は、なかなか戻ってこなかった。
きっと、目が腫れて戻ってこられないくらい泣いたんだろう。
それだけ、明奈の病状は深刻なのかもしれない。
来週から精密検査を始めると言っていた。
この検査というのも曲者で、検査のせいで具合が悪くなると言う人も多い。
検査が始まると外出もできなくなるし、検査の結果に異常があると、今度は検査よりももっと辛い治療が始まる。
なんとなく、今しかない、と月枝は思った。
「明奈ちゃん、あした、いこう」
「えっ?」
妙に強い調子の月枝の言葉に心を動かされたのか、ずっと布団を被っていた明奈がそうっと首を出した。
「あした、明奈ちゃんのパパに会いにいこう」
「あした?」
「うん。あした。あさの回診がおわったら、こっそりぬけだそう」
「おこられちゃうよ。月枝ちゃんもおこられちゃう。もう、びょういんに来ちゃだめって言われるかもしれない。あたし、月枝ちゃんに会えなくなるのいやだよ」
「でも、パパに会えるよ。もしかして、あたしに会えなくなっても、パパに会える。あたしがぜったい、明奈ちゃんをパパに会わせてあげるよ」
それは根拠のない約束だった。
わずか六歳の少女の「ぜったい」がどれほどのものなのか、大人は多分一笑に付して取り合わないだろう。
けれども、月枝はそう言わずにはいられなかった。
今、明奈を父親に会わせてあげなければ、きっともう会えない。
明奈の母親は、たとえ明奈の病状が悪くなっても父親に連絡するのをためらうだろう。
ためらっているうちに、会う機会を逸してしまうのだろう。
だから自分が連れて行くしかないのだと、そう思いこんでいた。
少女の切ないまでの白さは、時として残酷な結果を生むかもしれないのに。