01 夕鉄の夢
それは、ずっとずっと小さな、少女だったころの記憶――。
頬を切り裂く北風が粉雪を巻き上げ、激しい地吹雪が視界を覆い尽くす日だった。
記憶の中の少女たちは真っ赤なコートに赤い長靴を履いて、おそろいのアップリケがついた手袋の手と手をしっかり握り合っていた。
ホームの上に降り積もっていく薄い雪を小刻みに足踏みをして踏みしめながら、白い息を吐く。
野幌駅の三番ホーム。
睫毛に白い飾りがきらきらと輝き出したころ、ホームに一両だけのディーゼル気動車が入ってきた。
クリーム色のボディに赤いライン。
側面にはバスのような窓がずらりと並んでいる。
今までに乗ったことのある客車とはぜんぜんちがっていて、月枝は目を輝かせた。
「すごーい。かわいい汽車だね、明奈ちゃん」
眉毛まで白くなった明奈が、赤い頬でうれしそうにうなずく。
「走り出したら、もっと面白いよ」
二人はパタパタと互いの体に積もった雪をはたき落とすと、舞うように車両に乗り込んだ。
車両の右側と左側に向かい合うように長く伸びた座席の中程に、ふたりはちょこんと腰をかけた。
乗客は、まばら。
背中に大きな荷物を背負っていた行商のおばあさんが、荷物を下ろして入り口の側の席で小さくなった。
渦の巻いためがねをかけたおじさんも、後ろのほうで腕組みをして固まる。
ちり紙を出して洟をかんでいるおばさんも、マフラーを顔までぐるぐる巻きにしているお姉さんも、少女たちには無関心だ。
駅を出発し、一つ目のカーブを曲がったあたりから汽車はスピードが乗ってくる。
車体が左右に揺れ始める。
しっかりつかまっていないと、シートから転がり落ちてしまいそうなくらい、振り子のように汽車は揺れる。
やがて、車体の揺れに合わせるようにつり革が一斉に右へ左へと踊り出した。
一糸乱れぬラインダンス。
つり革たちは一振りごとに大きく振り幅を広げ、天井付近にせり出した網棚のパイプにキスをする。
それは、こんな音。
「チャッ」
コンマゼロゼロ何秒かの差で前から順番につり革が網棚にキスしていく。
チャッチャッチャッチャ……。
揺れて戻って戻って揺れて、つり革と網棚が刻むリズムは小気味よく続く。
少女たちは音に合わせて体を左右に揺らし、リズムに酔う。
レールを走る音とつり革の絶妙のハーモニィ。
汽車はときどきカーブで減速する。
車体が傾いた拍子につり革が不規則にふにゃんと撓み、つり革は中空でとまどったように泳ぐ。
不意に乱れる不協和音。
その音の乱れとつり革の動きがおかしくて、少女たちは顔を見合わせて笑い合った。
線路を走る列車のリズム。
踊るつり革のリズム。
真冬の荒野を進む夕張鉄道は、まるで秘密の音楽会のようだった。
かつて隆盛を極めた夕張炭田。
採掘された石炭の輸送を一手に担っていたのが炭坑のために敷設整備された夕張鉄道だった。
相次ぐ閉山に伴い、廃止路線となってしまったが、それは確かに、数多の人々の夢と未来を運んだ鉄道であった――。