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追放の理由

 ローグの放った言葉は最後通告といってもいいものだった。


(さっき首を切ったやつとあいつは……旅籠屋で会った連中だな)


 旅籠屋に野盗の者が入り込み情報収集を行うということは特別珍しいことではない。


 客室はある程度閉鎖されているが食堂はオープンスペースとなっている。

 そのため気さくな旅人として振る舞っていれば誰かれ構わず話しかけていても情報交換や世間話をしたいヒトと見られて怪しまれることは少ないからだ。


(……久々に誰かと飲めた酒だったんだけどな)


 心の中で寂しそうに呟いたローグに対して野盗たちは尻込みしていた。


 先ほどの一撃を見て理解できた。

 目の前のノーマに自分たちは敵わない、すぐに逃げる策を練るべきだと。


 ローグの言葉を「このまま逃げるのならば追わない」と言っているように()()()()()野盗の2人だが、振り上げた拳をそう易々と下ろすわけにはいかない。


 小さいゆえにはっきりと自覚できるプライドに従い、野盗の1人が叫ぶ。


「は、ははっ! まだ俺たちの方が数は多いんだ。逃げるわけねぇだろ!」


「……お、おう! そうだな!」


 引くに引けずに剣を構え直すしかなかったことはローグも理解しつつも見逃す気はなかった。


 近くに軍やギルド施設があれば身柄を拘束して引き渡すという手段もあったが、この辺りにはない。

 もし逃してしまえばまた別の商隊や旅人が襲われる危険性がある。


 それらを防ぐにはここで殺すしかない。

 彼は誰も気がつかないほどに息を吐くと地面を蹴り飛ばし、短剣を突き出す。


「ッ!?」


 素早い一撃を野盗は剣で応えた。


 ガギンッと響く金属音、間髪入れずローグはさらに短剣を振るう。

 縦に振り下ろし、袈裟斬りから横一閃、そして3連突き。


 野盗はそれらをどうにか防ぐがその顔は必死そのものであった。


(こいつ……なんなんだ!?)


 切り返しも体の動かし方もあまりにも上手過ぎる。

 たしかに探索者(パイアニア)はその性質上、戦闘能力は高い。

 しかし、ローグのそれはあまりにも逸脱しすぎていた。


 今になってようやくプライドよりも死の恐怖が大きくなり、思考を撤退に切り替えるがローグは最初から逃すつもりはなく殺すために戦っていた。


 その野盗はすでに手遅れだったのだ。

 思考が戦闘から撤退に変わる瞬間の僅かな隙をローグが逃すことはない。

 巧みに短剣を扱い、野盗が持ってた剣を高く打ち上げる。


「しまっ──」


 野盗は空を舞う剣を目で追うことすらできず、構えられた短剣が自分の体を切り裂く光景を見るしかできなかった。


 切られた箇所から広がる熱と痛み、歯を食いしばり声を押し殺すうちに視界からローグの姿が消える。

 それに疑問符を浮かべるよりも早く後ろに気配を感じた。


 同時に顔を無理やり上げさせられた。

 空に舞う剣の刃が弾く光の美しさにほんのわずかな時間だが状況を忘れた瞬間、首に何かが突き刺さり喉に生暖かい液体が広がり息ができなくなった。


 さらに肩へも何か突き刺さったような気がしたが、それについて考えられる意識などその野盗にはない。


 打ち上げられた剣が地面に突き刺さるのと同時、生き絶えて倒れた野盗から手を離したローグは残った1人へと視線を向ける。


「ひッ!」


 反射的に漏れた情けない声に羞恥を感じる余裕はない。

 力が抜けそうな腰にどうにか力を込めることが精一杯だったからだ。


 最初は簡単な獲物だと思っていた。

 まともに戦えそうな護衛は1人。その護衛を3人で囲んで叩いてしまえばあとは自由にできる、と。


 だが、その結果がこの様だ。

 1人は瞬殺され、もう1人は片手間で片付けるように殺された。


(そう、だ……!)


 目の前に立つノーマは本気など出していない。

 まるで実力を測るかのように易々と殺したのだ。


 本気ではない。真剣さはあるがそこに強い殺意はない。

 しかし、そこには殺すということに対して躊躇どころかためらいすらもない。


(こ、こいつは……まさか、最初から俺たちを逃す気なんて)


 ようやく自分たちが感じた印象の過ちに気がついた。

 最初に感じた印象が彼がわざと発していたものだったということにも。

 戦闘中でも戦う意思や殺気をギリギリまで隠せるその能力に恐怖を覚えた野盗は震える声でこぼす。


「ば、化け物……」


 それがローグの耳に届いたのか、野盗には分からなかった。

 分かったのは次の瞬間には自分の左腕が切られていたということだ。


「ああああぁぁ!!」


 走る激痛に声を荒げて右手に持っていた剣を振り下ろす。


 その剣をさも当然のようにかわしたローグはそこから軽く飛び上がり強烈な後ろ回し蹴りを野盗の側頭部に入れた。


 踵から繰り出されたその一撃が入った同時に「バギッ」と何かが折れる音と共に脳は揺れ、景色が一瞬ブラックアウトする。

 次に目を覚ました時、体がピクリとも動かないことに気がついた。


「あんたの頸椎を折った。そのままだとあんたは死ぬだろうさ。

 まぁ、魔術が使えないやつなりの精一杯の技だ」


 言いながら地面に突き刺さっていた野盗の剣を引き抜くとそのまま歩み寄る。


「き、様……なぜ」


 なぜこんな生き残りを作る真似をするのかわからず、激痛に苦しみながらもそうして言葉を紡いだ。

 野盗の苦悶の表情をローグは涼しい顔で見下ろしながら答える。


「話をしたくてな。この辺りに他に野盗がいるかどうかをお前に聞きたい」


「い、いない……! 本当、だ!

 だからもう俺を助──!」


「ああ、情報ありがとう」


 端的に言ったローグは握っていた剣を左胸に突き刺した。

 もはやうめき声すらあげることもなく口から血を溢れさせ、痙攣するだけの野盗。

 そんな姿はローグの目にはもう映ってはいなかった。


(実力的には悪くはなかった。

 税が払えなくなって解散したか何かしらの規約違反をしたパーティだったのかな)


 あたりを見回して気配を探るが他にそういったものは感じられない。

 本当に彼ら3人だけで行動していたようだ。


「さてと、悪いけどお前らの道具、貰っていくぞ」


 しゃがみ込もうとしたところであることに気がついたローグは慌てて立ち上がるとユラシルとメリスがいる方を向くと手を上げながら声を飛ばす。


「もう大丈夫だ〜! ちょうどいいし、ここらで休憩しよ〜!」


 手を振りながら出されたメリスの返事を聞いたローグは改めて辺りを見回して戦闘が終わったことを確認。

 息を吐いて気持ちを落ち着かせると野盗の遺品を調べ始めた。


◇◇◇


 ローグへと返事をしたメリスはユラシルの方を見ることもなく質問する。


「見たな? あいつの力」


 ユラシルは返す言葉もなく戦闘が終わった平原を呆然と見つめるしかなかった。


 終始圧倒だった。

 野盗達に反撃の隙どころか逃げる隙すらも与えない、残影を残すかのような戦闘。


「な、なんであんなに強い人が、優しい人がパーティから追放されたんですか?」


「……あいつな。魔術が使えないんだよ」


「え? あの、それは苦手とかじゃなく?」


「ああ、使えない。

 基本的な魔術である身体強化はもちろん。探索者(パイオニア)なら最低限使えてなきゃいけない治癒の魔術まで一切な」


 ありえない。

 ユラシルの頭にそんな感想が浮かんだ。


 たしかにその精度に幅はあるが、魔術は呼吸や歩くといったことのように当然できるものだ。

 空気中に含まれる【マナ】を取り込み、体内で【魔力】に変換、その魔力で行使する力。それが魔術だ。


 エルフであれ、ドワーフであれ、フィシュットであれ、当然ノーマも日常的に使うことができるものである。


「どれほど知識があっても、強くても、特に探索者なら魔術が使えないっていうのは大きなハンデなんだよ」


 魔術はダンジョン内では必要不可欠と言って差し支えない。

 なにせ攻撃や防御はもちろん、身体能力の向上、傷の治癒に索敵。それらができる魔術を覚えており、触媒があればたった1人で全てこなせてしまうからだ。


「そんなあいつと魔術の才能がすごいあるやつが来たら……どっちを取るかなんてわかるだろ?」


「だ、だからって追放までしなくたって!」


「それほどまで新しく入ってきたやつがすごかったんだろ。

 私はローグから聞いた程度だからよくわからないけど」


 そこで区切るとユラシルを一瞥したメリスは表情に影を落としながらポツリとこぼす。


「私だってローグが追放されたことには納得できてないさ」


 その言葉がユラシルの耳に届くの同時に野盗の物色を終えたローグが向かってきていた。


 目が合うとさっきまで戦闘をしていた者とは思えないほどの優しげな笑みを見せるローグ。

 それに軽く手を振ったメリスはユラシルへと続ける。


「パーティメンバーについて聞きたいならローグから直接聞いた方がいい。

 たぶん聞いたことには全部答えてくれるぞ」


「はい……少し、聞いてみます」


 ユラシルはそう返して戻ってきた恩人を出迎えた。

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