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残影の追放者 〜追われし者よ、どうか良きヒトの世で〜  作者: 諸葛ナイト
青血のヒト

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消された種族


「ミィルフラー大陸には様々な種族が共生をしているのはこの街を見ればよくわかると思う」


 ライセアに言われて全員が昼間のバンリッドを思い浮かべる。

 大国の種族はもちろん、小国の種族たちもいたが憎み合うようなことはなく、「住んでいる国が違う」程度の距離感で接していた。


「しかし、たった1種族。

 彼らだけは他種族の存在を否定し、全種族に対して戦争を仕掛けた」


 ユラシルとシミッサは静かに聞いていたが、表情には驚愕と困惑が浮かんでいた。

 その理由をゾーシェが口にする。


「正気か? 全種族に対して戦争なんて……勝てるわけがない」


「だが、戦争は起こった」


 言葉を吞むゾーシェを一瞥して続きを語るライセアの声は冷静だった。


「他種族が圧倒していたにも関わらず、わずか1週間で終わるはずだった戦いは10年近く続いたという」


 ライセアはそこで話を止める。

 その後どうなったか、話すのを躊躇っているのだ。

 ここで話は終わってもいい。そう言っているように思えた。


 しかし、シミッサの好奇心は先の話を求めた。


「……どう、なったの?

 戦争仕掛けた種族って」


「──滅んだ」


 空気が、凍り付いた。


「滅んだって……」


 ライセアは息継ぎをするように、自分にこの話を続けるよう鼓舞するために一度深く息を吐き、続けた。


「生き残った全ての種族は『その種族は元々存在していなかった』として、全ての記録から抹消したそうだ」


 歴史が長ければ戦争があるのは当然であり、その過程で滅ぶ国や民族があっても不思議ではない。

 しかし、滅ぼすに飽き足らず歴史までも消し去るような戦争があったなど今を生きるユラシルたちにとっては信じられなかった。


「な、なんでそんなことを?」


 狼狽しながら問いかけるゾーシェにライセアは推測で答える。


「後々、反感の芽となることを恐れたのだろう。

 どうあれ1種族を根絶やしにしているなど歴史にあっていい物ではない。

 その力がもし自分たちに向けられるか、と警戒されることを防ぐ目的だったのだ」


「……なんだよそれ。そんなの、戦争に負けたからって全部奪うのか!?」


 ゾーシェの放たれた言葉にライセアは迷う事なく頷いた。

 それに目を見開く一同を無視して彼女は続ける。


「種族を滅ぼしたのだ。存在していたという記録もろともにな。

 後世、つまりは現在からみればその存在は元々なかったものと同義。だから問題ないという論法だろう」


 滅ぼしたという話から考えれば子孫が現在までいる可能性は限りなく薄い。


 もしいたとしても長い間に様々な種族の血と混ざり合い、もはやその種族とは別のものに変質しているだろう。

 そもそも、それがいたという証拠自体がない。あくまでもライセアが伝え聞いている話だ。


「作り話などと思っていたのだがな……。

 しかし、もし事実なら、彼らの憎悪は相当なもので……正当なものだ」


 表情を変えず、淡々と話していたライセアだったがそこではじめてその表情を苦々しいものに変える。

 拳を握り締めてルイベ帝国の軍者としてではなく、ライセアというヒトとして続ける。


「負けた相手から存在そのものを奪う。私はそれが当然だとは思えん。

 しかし、私の祖先がそれを行ったというのは事実だ」


 そこで言葉を区切ったライセアはゾーシェとシミッサに改めて向き直り、問いかける。


「ゾーシェ、シミッサは君たちはどう思う?

 ヒトという種族とともに生きていけると思うか?」


 それはライセアからゾーシェへの質問ではない。

 ヒト(滅ぼす側)から魔族(滅ぼされる側)への問いであった。


 魔族はヒトではない。

 自分でも言ったことだ。

 迫害されるだけならまだマシだ。しかし、存在していたという記録さえ消されるかもしれない。


 彼らには前科があるかもしれない。

 それでもゾーシェは口にした。


「思う。そう思いたい」


「兄様……」


 少し怯えた目で見つめるシミッサに微笑み、その手を強く握りしめてゾーシェは言う。


「ヒトは種族を滅ぼしたかもしれない。記録を消したかもしれない。

 でも、みんな俺たちのことをヒトと呼んでくれた。魔族の力を見ても変わらない顔を見せてくれている」


 もし事実なら許されないことをした。

 しかし、ゾーシェたちに「お前たちはヒトだ」と言ったことも事実だ。


「お前たちみたいなヒトがいるのなら、一緒に生きていくことができると思う」


 ゾーシェからの想いをぶつけられたライセアは「そうか」と嬉しそうでありながらも複雑な表情で頷いた。


 その横でシミッサがはたと気が付いたように目を丸くし、ポツリとこぼす。


「あ、そうか。なら私たちがそのヒト達を──」


「ん? どうしたシミッサ」


 覗き込むゾーシェにシミッサは慌てて首を横に振った。

 表情には一瞬、決意のようなものが浮かんでいた。


「あ、ううん。なんでもない。考えすぎだよ。それより巡回を始めない?」


「ああ、そうだな。少々会話に没頭しすぎた」


 ライセアが同調してそれぞれに歩き始めた。


 重い足取りと雰囲気の中でライセアは口を開く。


「歩きながらだが、話を再開しようゾーシェ」


「話?」


 ゾーシェは首を傾げる。


 消された種族の衝撃があまりにも大きすぎたせいで自分が話そうとしていた内容が全て吹き飛んでいたのだ。

 それを察したシミッサが記憶を呼び起こして伝える。


「ほら、犯人がヒトじゃないって思った理由」


「あ、あー! まぁ、一言で言うなら扱い方がなんとなく重なったんだよ」


「何にですか?」


 ユラシルの質問にゾーシェは自分の中に浮かんだものとそれを浮かべた自分へ嫌悪感を表しながら答える。


「家畜とだ」


「……なるほど」


 言葉を返せたのはライセアだけだった。

 シミッサとユラシルは絶句していたがそれは「ありえる話」だと思えた。


 殺して使える部分だけを取ってあとは捨てる。

 臓器や皮は加工して使用するどころか売りに出す。

 その所業はヒトにするものでは到底考えられないが、家畜相手ならば当然のように行われていることだ。


「最初は俺でも『ありえない』って思ったんだ。そんな思考を持ったヒトがいるとは考えられなかったからな」


「しかし、今は違う」


「ああ、ライセアが言っていた種族ならたぶんできるだろうし、理由もある」


「ヒトへの復讐、だね」


「はい。被害者に目立った共通点はありません。

 でも、たった1つだけ……あるといえばあります」


 ユラシルは自分が話している内容に気分を暗くさせながら声を落として続けた。


「──ヒトであるという、あまりにも大雑把すぎる共通点が」


 まだ巡回を初めて1時間も経っていないが、それでも全員が既に辟易とした表情を浮かべる。


 たった1日で得るにしてはあまりにも密度が濃すぎる情報をベッドに潜って一晩ほどかけて飲み込みたいが、それをするにはまだ彼女たちにはやらなければならない事がある。


「ローグへは私が伝える。みんな、ともかく今夜は巡回に集中しよう」


「そう、ですね……」


「うん。でも、色々ありすぎてもう頭の中ぐちゃぐちゃ」


「だな」


 短く同意してゾーシェは暗い通りを見渡す。

 物音は少なく、ヒトの悲鳴は聞こえない。


「こんな気分で戦闘なんて出来る気がしないぞ。今夜はなにもなきゃいいんだけど」


 ──そして、ゾーシェのその願いは叶った。

 その夜、バンリッドの街に新たな犠牲者は生まれなかった。

 

◇◇◇


 夜明け前の薄暗い通路。ローグは腕を組み、ライセアの話に耳を傾けていた。


「消された種族、か……」


 ローグの反応は想像していたよりも冷静だった。

 ゾーシェたちのような驚きを見せなかった彼にライセアは眉を上げる。


「知っている、のか?」


「ライセアと同じ程度の話ならな。ただ少し違うのは種族の名前と特徴があることだな」


「む?」


 言われて考えてみたがライセアは確かに種族の名前は知らない。

 本当の名前は消されたとしても噂話として広がっていることを考えれば何がしかの名前はあって然るべきだろう。


 視線で続きを促すライセアに頷いてローグは告げた。


「俺が聞いた話だと消された種族は“ブルーブラッド”って呼ばれてた。その名前のとおり血が青いらしい」


 青い血。

 ヒトはもちろん魔獣ですら赤い血を流していることを考えれば、その存在はあまりにも異質で想像の範疇を越えたものだ。


 違う色の血というだけで、1つの種族を歴史から消し去るほどの恐怖と嫌悪を生み出していたのか。

 そう考えれば、なぜブルーブラッドが消されたのかをライセアは理解できてしまえた。


(たしかに異質ではある。しかし、たったそれだけの違いでヒトではないとして歴史から消し去るなど……)


 湧き上がる苛立ちを紛らわせるようにライセアは眉間を抑えて息をついた。


「……それはなんとも信じ難い話だな」


「だから俺も噂話って一蹴してたんだよ」


 肩をすくめて苦笑いを浮かべたローグだったがその顔を険しくさせるとまるで自分に言い聞かせるようにそれを口にした。


「でもこのバンリッドに来てありえない、考えられないって話が実際に起きてる……かもしれない」


「私たちが誤っている可能性はまだある、か」


「そりゃな。ゾーシェの推測と俺の触覚、感覚だけで明確な証拠はない」

 

「……私たちが誤っていることを今は願っているよ」

 

 彼女の表情は今までにないほどに憔悴していた。その目には迷いと覚悟が混在している。


 彼女からしてみれば、身命を賭して守ると決めた国が行ったあまりにも酷い所業の結果を目にするかもしれないのだ。

 帝国軍人としての誇りと、1人のヒトとしての良心が激しく衝突していることは察して余りある。


 事件を解決しなければいけないという使命感と、祖先の罪から目を背けたいというヒトらしい弱さとで葛藤しているのは想像に難くない。


 ライセアほどルイベ帝国に心酔していないローグにはかける言葉が浮かばなかった。

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