兄妹の同行者
ゾーシェが作り出していた赤黒い柱が溶けるように形を失う。
それに貫かれ、宙に浮いていた息絶えた大狼が地面に落ち、湖に赤黒い液体と共に小さな波を広げた。
先ほどまでの激しい戦闘が繰り広げられていたとは思えないほどの静寂。
鳥やほかの獣たちが恐る恐るといった様子で動き始めた気配を感じて、ローグは改めてレーヴァテインを鞘に納めた。
「はぁ〜、今度ばかりは死んだかと思った……」
気の抜けた言葉にライセアがキッと睨みつけながら歩み寄る。
「油断するな馬鹿者!
私たちが相手がありえないと思った行動をするのだ。
相手もそういう手を持っているものと意識しておけ!」
「……はい」
ライセアの言葉にローグは何も言い返せず、小さく返事をするしかなかった。
ゾーシェの攻撃を受けた後も大狼には息があった。
しかし、攻撃手段はもうないと決めつけてしまった。
原理は不明だが、咆哮によって魔術を封じる力。
相手が魔術を使えず、自分が魔術を使えるのならば必ず使う。
使わないということは咆哮の効果が大狼自身にも及んでいるから、とローグは考えていた。
(まさか油断させるために使っていなかったなんて……)
もし、あと一歩ライセアが遅れていればローグの命はなかった。
ライセアはさらに言葉を続けようとしたがしゅんとしているローグを見て言葉を止める。
「……」
ここで折れてはいけない。
「……〜ッ!」
絆されてはいけない。
(ああ……私は──弱いな)
ライセアは自分に呆れたように小さく息を吐いて微笑むとローグを抱きしめた。
「は? えっ!?
ラ、ライセア!?」
「よかった。無事で……!
今度こそ、私は君を守れたのだな」
「ッ!?」
ライセアは真面目だ。
頭が固いと言われるほど軍者としての役割を果たそうとする。その行為に誇りを感じている。
そんな人物が、自分をかばって怪我をした存在にどれほどの負い目を感じていたかなど考えなくてもわかる。
気丈に振る舞っていた。いつもと同じように戦っていた。
だが、その心にはずっと自責があった。
守った存在が生きていることを証明するようにローグもライセアを抱きしめ返す。
「今度こそ、じゃない。今回も、だ。
俺はいつも助けられてる。ありがとう。ライセア」
「……ああ、そうか。
なら、よかった」
2人は互いの存在を証明するように強く抱き締めあっていた──
「わ、わあぁ……!」
──耳まで赤くしたユラシルの目の前で。
「「……あっ」」
それに気が付いた2人は慌てて体を離してユラシルに向き直って詰め寄りながら弁明を始めた。
「い、いや! これは違うのだ。ユラシル!」
「そ、そうだ! これは……そ、そう! 怪我をしてないか確かめるやつでだな!」
ライセアとローグのほとんど見ない慌てふためく様子を見てユラシルは「ぷっ」と吹き出すように笑い始めた。
「ふ、ふふっ! はい、そうですね」
楽しそうな笑みも相まって納得したのかどうか判断しきれずにいたローグにユラシルがいたずらっぽく言う。
「なら、私もローグさんに怪我がないか確かめますね!」
「え? って、おわぁ!?」
ローグが言葉の意味を理解するよりも早く駆け寄ってきたユラシルに抱きしめられた。
嬉しそうに胸に顔をうずめるユラシルを愛おしいものを見る目で見つめたローグは優しくその頭を撫でた。
◇◇◇
一方、シミッサは茂みに隠れていたゾーシェを背負ってローグたちの下へと歩いていた。
大きな一戦を終えた達成感。心身ともに使い果たした疲労感。
それらに包まれながらシミッサが切り出す。
「兄様、戦う前に話してた話したいことって……」
「それは体が治ってからだ。
なんか全部終わった感じがするけどここから治療だからな」
「──兄様はローグたちと旅がしたいの?」
無視して出されたシミッサの確認にゾーシェは返す答えを迷わせ、黙り込んだ。
その沈黙を肯定と受け取ったシミッサは「やっぱり」と小さく笑って続ける。
「私もね。兄様と同じ気持ちなんだ」
「シミッサも?」
考えていなかった答えにゾーシェは目を丸くさせた。
シミッサは小さく頷いて続ける。
「恩返しをしたいって想いが全くないわけじゃない。
でも、1番大きいのはユラシルかな」
シミッサは歩みを止めることなく、脳裏にローグたちが仲睦まじく話している様子、真剣に薬を調合していた様子を浮かべる。
その表情には憧れの色が浮かんでいた。
「あんな風に私たちもヒトの世界で生きていけるのかなって……思っちゃったんだ。
この森が私の、私たちの居場所だと思ってた。でも、他にもあるんじゃないかなって」
ゾーシェは息を呑む。
シミッサが持った疑問はローグたちの旅の目的と同じだ。
そして、ゾーシェ自身が彼らと話して得た疑問とも同じものだ。
これは自分だけのわがままだと思っていた。
兄としてではなく、1人のヒトとして生きてほしいと言ってくれた妹に言うはずだった最初のわがままだと思っていた。
(なのに、まさか同じところに行き着くなんてな……)
浮かんだ感想を言う前に確認したいことをゾーシェは口にする。
「なぁ、シミッサ。それはお前のわがままか?」
「え? あー、うん。そうだね。
私はシミッサというヒトとしてローグたちと旅をしたい」
シミッサは少し照れながらもはっきりと口にした。
自分とまるっきり同じ疑問を見つけ、同じ解決方法にたどり着いたことが嬉しく、同時に気恥ずかしく感じたゾーシェは笑みを浮かべる。
「ああ、俺もだよ。
俺もローグたちと旅をしたい。アイツらが見るであろうものを俺も見たい。
これが俺のわがままだ」
「ふふっ、私も行くんだったらなんかあんまりわがままって感じしないね」
「ああ、これが最初のわがままだと思ってたのに一緒なんじゃ笑えてくるよ」
「うん。そうだねっ!
やっぱりあれかな。兄妹だから、かな?」
「だろうなぁ……」
ゾーシェとシミッサは笑いながら、このことをどう打ち明けるか仲睦まじく話し合いつつ、ローグたちの元へと駆け出した。
◇◇◇
大狼との決戦から10日が過ぎた。
ゾーシェたちの家の前にある開けた場所でゾーシェは槍を振るっていた。
特段珍しいものでもなく、使い古されてはいるが脆さは感じない槍は空を貫き、薙ぎ払って風を辺りに広げる。
「なぁ、本当についてくるのか?」
演舞を見ていたローグの言葉に、ゾーシェは頬に汗を流しながら答えた。
「ああ、ついて行く!」
大きく8の字を描くように槍を振り回したゾーシェは横へと跳ぶと空中で横1回転、ローグへとその刃を向ける。
頬に当たるか当たらないかのところで止められた槍。
そしてそれを見ても微動だにしない彼に、ニヤリと笑みを浮かべたゾーシェは言葉を続けた。
「不満か?」
「力に不満があるわけじゃない。
ただ、ライセアも言ってたけどこの森で過ごす方がゾーシェたちにとっては良いんじゃないかって思ってさ」
確かにゾーシェたちからその申し出を受けた時、ローグは喜んで受け入れた。ユラシルもそうだった。
しかし、ライセアは疑問を口にした。
『君たちにとっての家はここだ。
ならばこの家で兄妹仲睦まじくあるのが選択肢としては最善ではないか?』
ゾーシェたちは「それでもついて行く」と言い、その答えにライセアはある程度納得していたようだが、ローグはそうではなかった。
その言葉にローグはハッとさせられたのだ。
自分は家を捨てた身であり、ユラシルは追われた身だからこそ“探す”という行動に移っていたが、ゾーシェたちは違う。
元々ある家、居場所から出ようとしている。
半ば勢いで今後の生に関わることを決めて良いものか、それを認めて良いものかとローグは思ったのだ。
そんな彼を見てゾーシェは槍を下ろし地面に突き刺すと首を横に振る。
(ライセアは察してくれたっぽいけど、ローグの方が堅物……いや、違うな。
こいつはライセア以上に俺たちのことを案じているのか……自分も本当のヒトじゃないから)
ならばもっと踏み込んだ答えを、わかりやすい理由を彼には伝えておかなければならない。
「俺たちにとっての良いことは俺たち自身で決める。
そうして決めた結果がお前たちと旅をするってことだ」
自分の居場所はどこかという疑問を持ち、そして探すという結論に行き着いたローグたち。
同じ疑問を持ち、同じ結論に行き着いたゾーシェたちが彼らと旅を共にするというのは自然なことであり、それが最良の選択だ。
「例え見つからなくても、途中でお前たちと分かれることになったとしても、これは俺たちの意思で決めた。
それでもお前は俺たちが決めたことを否定するのか?」
ラシアたちに「居てもいい」と言われてなお、旅をしているローグにはゾーシェたちを説得する言葉はない。
あったとしてもそれを言う資格はない。
そのことを示すように「降参した」と両手を上げた。
「できるわけないだろ。そこまで言われたら」
「よっし、交渉成立だな。
これからいつまでになるかわからんが妹共々よろしくな。ローグ……えっと、ラーシンド?」
疑問符を浮かべながら差し出されたゾーシェの手をローグは握り返しながら笑みを浮かべる。
「ローグでいい。こちらこそよろしく頼む。ゾーシェ」
「おう!」
そうしてローグたちの旅路に2人の魔族、ゾーシェとシミッサが加わった。
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