1つの頼み
中性的な顔立ちだったが、女性であることを主張する二重の綺麗な朱色の目と鼻筋に少し小さく丸みを帯びた顎つき。
長い茶髪を右サイドテールで1つに纏めて右耳はノーマ、左耳にはエルフの特徴を持つ少女は父親であるアグドームの先にいるローグを見て固まった。
呆気に取られたように口を半開きにしていたハーフエルフの少女へとローグが笑顔を浮かべる。
「あぁ、メリス。今日も精が出てるみたいだな」
「へ!? あっ!?」
声を掛けられてメリスは自分の姿を改めて見下ろす。
先ほどまで鍛冶場にいたせいで服も手も煤で汚れていた。
鏡を見ていないが、それでも顔も同じような状況だろうことは間違いない。
さらに言うのならば汗もしっかりかいている。
それらに気が付いたメリスは慌てて店の奥に引っ込んだ。かと思うと頭だけ出してどうにか笑顔を作って言葉を返す。
「ろ、ローグ、戻ってたんだな。あ、買い物……だよな?
ははっ、いらっしゃい」
「ああ、今ちょっと親父さん借りてる。ごめんな」
「い、いや、それはいいんだ。うん! むしろもう少しみんなで話しててくれると……」
目を逸らしながら段々と声を細くさせるメリス。
詳しい理由は分からずとも恥ずかしがっているということは察したため、ローグは話を戻そうとしたがアグドームは違った。
「ああ、そうそう。ローグ、よかったらメリスの武器を見てやってくれねぇか」
「武器を? 俺がか?」
「ちょっ!?」
アグドームは笑顔を浮かべながら「うんうん」と頷くと横目で驚愕の表情を浮かべているメリスを見た。
「せっかくだし、探索者の意見を聞いた方がいいだろ?」
「いや、そりゃそうかもしれないけど……」
自分の姿とローグの顔を何度か交互に見ていたメリスはサイドテールの毛先を弄りながら唸っていたが、やがて何かを決心したようにゆっくりと頷く。
「わ、わかった。ただその、あまり近づかないでもらえると……汗が」
「ん? あ、ああ、わかった」
少し顔を赤くさせるメリスの言葉に疑問を覚えながらも受付に入ったローグはそのまま奥へと消えていった。
アグドームと共にその背中を見届けたユラシルが尋ねる。
「あの、今の方は?」
「娘のメリスだ。鍛治の修行中でな。今回、商品の出荷ついでに帝都の知り合いに預けたいやつだ」
「帝都にですか?」
「そうだ。あそこには鍛冶屋も多いからな。俺以外の色んな鍛冶師を見るいい機会だ」
帝都にはルイベ帝国のほぼ全てのものが集められる。
いくつかの鍛冶屋もあるためそこでメリスの目を鍛えること、父親以外の鍛治を見ることで今までにない別の学びを得させること、同時に鍛治師同士の顔合わせもさせる。
それがメリスをわざわざ帝都まで行かせる理由だった。
小さく「なるほど……」と呟くユラシルをじっと見つめていたアグドームは確認するような口調で切り出した。
「なぁ、君はローグとパーティを組んでいるのか?」
「い、いえ。ローグさんとはちょっとした事情があって、それが解決するまでは一緒にいるっていうだけで……」
「そっ……か」
残念そうでありながらもどこかでわかっていたのかアグドームは諦めたように息を吐いて頭を掻く。
「あの、私もいいですか?」
「ん? なんだ?」
「ローグさんってどんな方なんですか?」
その問いを投げたのは自分を救ったヒト、パーティの資金の問題から追放を言い渡されたローグについての興味心もなかったわけではない。
しかし、大きな理由は資金とは別に追放された理由があるのかもしれないと考えたからだ。
もしそうなら恩返しのためにそれを直す手助けをしたいとユラシルは思った。
きっかけを求める彼女に対してアグドームは言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。
「強いやつ、かな」
「強い……」
たしかにローグは強い。
戦闘に関しては弓しか見ていないが1人でユグドラシルに入っているという話からそれは明らかだ。
少なくとも相当な体力や柔軟性、度胸、そして精神力が必要であるのは考えるまでもない。
そして、ローグはそのどれをとっても常人の域を超えている。
アグドームから聞かされたものはユラシルにとっては再確認でしかない。
それでは彼への理解にはほど遠いと思ったユラシルが新たに質問をしようとしたところで、それよりも早くアグドームが付け足す。
「でも、まぁ強過ぎるってのも考えものだよなぁ」
「……それはどういう?」
「1人だと無茶ができてしまうんだよ。止めるどころか心配するやつすらもいないからな」
ローグは間違いなくルイベ帝国、ひいてはミィルフラー大陸でも指折りの実力者だ。
だが、それは同時に孤独も生む。
「1人でどこまでも進めるが、誰もついていけない」
苛烈な戦場でも生き抜くだろう。
どれほどの苦境でも折れないだろう。
その足がある限り歩み続け、その腕がある限り掴み続けるだろう。
しかし、普通のヒトはそれに付いていけない。
ローグのあまりにも強すぎる力は孤独を生むのだ。
「1人でどっかで死んでそうでな。今のアイツはそうなりそうな気がしてならないんだ」
ローグの強さを認めているからこその不安感。
昨日は大丈夫だった。
今日も大丈夫だ。
では、明日は?
明後日、明々後日、さらにその先は?
その実力を認め、信じることができてなお払拭できないどうしようもなく漠然とした不安。
「ローグ以外もそうだが、俺が……俺たちが出来るのは可能な限り道具を揃えて武器やら防具やらを整備してやるぐらいしかない。
それ以外にしてやれることはなに1つとしてないんだ」
アグドームはそう言って自嘲気味に笑った。
その顔と目からは自責の念が滲んでいる。
「ローグには帰る場所が必要だ。もしくは隣に立って手を繋げるヤツ。
とにかくどっかに行くアイツをこの世界に繋ぎ止めるヤツがいるんだよ」
息を継ぐように少し黙ったアグドームはスッと目を細めたかと思うとユラシルへと軽く頭を下げた。
「出来たらでいい。どっちかになってやってくれないか?」
真摯であり、切実な頼みにユラシルは反射的に一歩下がって俯く。
アグドームの気持ちに応えたいという想いはあるが、それでも何も持っていない自分にできることなど何もない。
そのことを伝えるように小さな声でどうにか返す。
「わ、私にはローグさんに付いていけるほど強くありません。
それに、さっきも言ったように私とローグさんとは一時的な──」
「ならその一時でいい。ただアイツの手を握ってやっててほしい」
自分を助け、ここまで協力してくれている存在への恩返し。
それぐらいならば記憶を失っていてもできる。
どこまでやれるかはわからない。何をやればいいのかもわからないが、それがやらない理由にはならない。
「少し、頑張ってみます」
表情を固くさせながらも決意をしたユラシルを見てアグドームは安心したように小さく笑った。
その目は何処か優しげなものだったが、次の瞬間には今までの会話の雰囲気もろともに吹き飛ばすように声を上げる。
「ま、アイツの帰る場所になろうとしてる奴は少なくともあと1人いる。
ちょうどいい機会だ。2人でアイツの首根っこを掴んでいるといい」
「もう1人?」
疑問符を浮かべたユラシルだったが、考え始めればすぐにその人物にあたりをつけた。
ユラシルが浮かべた顔を察したアグドームは「正解」とでも言うようにニカリと気持ちの良い笑みを浮かべる。
「まぁ、値引きの本当の理由ってやつだ。よろしく頼むな」
顔には気持ちのいい笑顔があったが、その声音は父親という立場を感じさせるほどの想いが込められていた。