治療の前準備
ゾーシェを助けることが決まったことで次の問題は治療薬の材料。
効果は低くとも一時凌ぎができる薬を使い、その間にユグドラシル近くの村や帝都で素材を調達する。
その方針で進むことは決まっているが、また別の問題があった。
「誰が行くか……だな」
ローグが改めて呟き、それぞれの状況を考える。
ローグ自身は薬の調合と診察のために残る必要があるため動くことはできない。
ユラシルは薬草の知識はあるが旅慣れしていないため1人で行かせるのには不安がある。
ライセアは経験はあるが、薬草に関する知識がない。
各々が持つ弱点を頭に描いたとき、ライセアが口を開いた。
「……やはりここは私とユラシルで向かうしかあるまい」
「まぁ、そうだよな」
結果、互いに欠点を補えあえるライセアとユラシルに決まった。
「はい……」
ユラシルとしてはそれに反対する理由はない。
しかし、その顔から不安の色が消えることはなかった。
彼女の自覚としてはそれは上手く隠せているつもりだったが、不安げにちらちらとローグの方を見る仕草は彼女の心を物語っている。
それに気づいたシミッサは小さく頷くと、苦笑いを浮かべた。
「私を信じて。としか言えないわ、ユラシル」
不安を「シミッサへの不信のせい」と受け取られてしまったユラシルは否定するために慌てて両手を振った。
「あ、いや! その、シミッサさんのことが信じられないとかじゃなくてその……」
チラッとローグを一瞥したユラシルは少し俯きながらポツリとこぼす。
「ローグさんと別れるのは少し寂し……くて」
赤くなる顔の熱を感じて目をキュッと閉じていたユラシルだったが、少しして辺りがしんと静まっているのに気が付いた。
恐る恐る目を開いたユラシルが見たのは目を丸くしていたローグたち。
「え? あ、あの……」
ユラシルが戸惑う中で「ぷっ」と吹き出すように笑い出したのはゾーシェだ。
「あっはっはっ! 寂しいからか。
くく、そうかそうか!」
大笑いをするゾーシェを見てまた恥ずかしくなったユラシルは耳まで真っ赤にさせた。
「あ! あぅっ……!」
強烈な羞恥と体にも熱を感じ始めたユラシルは小さく声を漏らすしかできないでいた。
そんなユラシルにシミッサが安心させるようで、同時に少し揶揄うように言う。
「なにも取って食べたりとかしないわ。
たぶんどうやっても私じゃローグには勝てないしね」
「いや、それはわからないぞ? 結局決着は付かなかったしな」
軽く返したローグはユラシルに歩み寄って視線を合わせた。
そのままじっと見つめて顔を綻ばせるとその手を優しく包み込む。
「大丈夫。俺たちには約束がある。
何かあれば全力で駆けつけるからさ。安心してくれ」
「……は、はい。信じてます」
恥ずかしさではなく、喜びで温かくなった顔を隠すように俯いたユラシルをローグが優しく見つめる。
そんな中、蚊帳の外となったライセアはわざとらしく咳払い。
「その場合は、私も助けてくれるのだろうな?」
「ああ、もちろん。ライセアも仲間だからな」
即答だったがユラシルの時のように安心させるような言葉は続かない。
「ま、ライセアが野盗程度に遅れを取るとは思えなから心配はしてないけど」
「そこは心配の1つぐらいはして欲しいところだが……まぁ、今回は信頼と受け取ろう」
「うん。あと色々頼む」
「任せておけ」
話に一段落ついたところでゾーシェが真剣な口調と目でユラシルとライセアを見て頭を下げる。
「本当にすまない。お前たちを付き合わせて……」
ゾーシェの言葉に続いてシミッサも礼を挟んで口を開いた。
「私も、みんなの力に全然なれなくて」
自責の念で苦い表情を浮かべる兄妹にユラシルは首を横に振る。
「いえ、これは私たちが決めたことですから」
「そうだ。それに、出会ってそう時間が経っていないにも関わらず、こうして話せている。
もう何も知らん他人とは呼べないだろう」
ライセアからしてみれば見知らぬ者同士が部屋に集まり普通に話すのは簡単なことではない。
これはローグたちが慣れているだけでなく、ゾーシェたちも心を開いているからこそ可能なことだ。
今、互いに手を取り合ったことでできたこの繋がり。それを守る。
ライセアが力を尽くす理由として十分だった。
ライセアの言葉を素直に受け取ったゾーシェとシミッサは心底から安心して胸をなでおろす。
「そう言ってもらえて助かる」
「本当にありがとう。
お礼と言うわけではないけどこの家は好きに使っていいわ」
シミッサの申し出にローグは表情を少し明るくさせた。
「いや、助かる。やっぱりしっかりとした屋根がある場所は落ち着く」
話が落ち着き、部屋に和やかな空気が流れ始めたところでユラシルが問いかけた。
「では、これからどうしましょう?」
言われてローグとライセアは窓の外を見やった。
すでに日は落ち、窓の外には闇に包まれた森が広がっている。
神秘的でありながら不気味さも孕む夜の森はヒトの存在を拒んでいるようにすら感じられた。
「今日はやめた方がいいだろう。夜の森など何が起こるかわからん」
ライセアの意見に反対する者はいない。
今日はこの家で休養を取り、明日本格的な森の探索と町に向かう準備をする。
自分を含めて全員がその考えに行き着いたのを雰囲気から感じ取ったユラシルが一段と柔らかい声で言う。
「となると……夕食ですね!」
「あ! それならこっちに台所があるわ。付いてきて」
シミッサは言いながら部屋から出た。
それにユラシルとライセアが続き、ローグも彼女たちの後ろを歩き始めようとしたところで振り向く。
そこにいたゾーシェはなにも語らずにじっとローグを見つめていた。
試しているわけでもなければ何かを懇願しているわけでもない。
例えるならば、躊躇っているような目だった。
それを無視する選択肢もローグにはあった。
躊躇うほどのことならばそこまで切羽詰まっていることではないか、もしくは優先事項ではないということだからだ。
だが、彼はそうすることはしなかった。
「ごめん。みんなは先に行っててくれるか?
ちょっとゾーシェと話がしたい」
ユラシルたちは少し疑問に思いながらも頷いて台所に向かった。
彼女たちが部屋から出ていく姿を見届けたゾーシェはローグへと視線を戻して申し訳なさそうに眉を寄せて肩をすくませる。
「すまないな。今はお前だけに知ってほしい事があってな」
「それはゾーシェたちがこの小屋で住む理由か?」
もし「そうだ」と答えられればそこで話を終えるつもりだった。
たしかにゾーシェのことは助けるが、そこから先の問題は彼らが解決するべき事。
そこまで関わる理由もなければ意味もない。
ローグのそんな考えを読み取ったゾーシェは苦笑。
「たしかにその理由もあるが、少し違う。
今からするのは俺とシミッサの種族の話だ」
「種族?」
眉を顰めたローグはじっとゾーシェを見る。
耳はどことなくエルフの面影はあるが大人しいもの、身長や体つきからドワーフの特徴はなく、手や足にフィシュットの特徴もない。
一番近いのはノーマ。だからこそローグは彼らをノーマと認識していた。
強いて上げる違いといえばオッドアイぐらいだが、それはどの種族にも稀に見られるものであるため特に問いただそうとも思わなかった。
だが、それは常識で考えた場合である。
「俺もシミッサもヒトじゃない」
「……は?」
「この金の目、これは俺たち魔族の証だ」
目を見開いたローグへとゾーシェは右目、美しい琥珀色の目を示しながらそう言った。




