旅準備
旅籠屋で朝食を終えて手早く身支度を整えたローグとユラシルは朝の澄んだ空気の中、村を歩いていた。
畑や放牧に向かうヒトたちやユグドラシルへと出発する者たちを眺めつつ、ユラシルは隣を歩くローグに尋ねる。
「あの、今はどこに?」
「ん? ああ、ごめん。そういえばどこに行くかは言ってなかったな。武器屋っていうか道具屋だよ」
「道具屋?」
「そ、ユラシルは旅道具を1つも持ってないだろ?
帝都へは歩きで6日ぐらい。さすがに少し道具を整えておかないとな」
この村はユグドラシルへの中継地点の1つのため、本格的な武器や旅道具といったものを扱う店がある。
帝都ほどの品揃えはないが、旅支度には困らない程度の道具があるため、この村に立ち寄った者ならば旅籠屋同様に大抵は立ち寄る場所だ。
ローグはこの村で約3ヶ月ほど探索者兼薬師として活動していたということもあり、そこの店主と付き合いがある。
多少心許無い懐事情でもどうにかなるかもしれない。
(いや、どうにかなってくれ……!)
そうして祈りながらユラシルと共に歩くこと10分。村の中央広間から少し離れた場所にその店はあった。
外観は他の民家同様の作りではあるが大きさは2倍はあり、建物の奥には空へと伸びる石の煙突。鍛冶場があることを示すかのようなそれと金属を打ちつける甲高い音が断続的に響いている。
煙突から見上げた視線を下ろしたところで建物の屋根に小さな看板が目に入った。
『武器・道具』とだけ書かれた、やや寂しい印象の看板。
「ここが……」
初めての場所に少し戸惑っていたユラシルの緊張をほぐすようにローグは微笑みながらやさしく肩を叩いた。
「大丈夫。いいヒトたちだよ」
ローグはそのまま「こんにちは〜」と間延びした声を上げながら扉を開いて建物の中へと入った。
ユラシルは小さく深呼吸。意を決し、ローグの後に続く。
店内も外観同様にあまり豪華な印象はなく、普通の民家をそのまま店に変えたように見える。
どれがどのような物かユラシルには理解できないものもいくつかあるが、入って右側が武器、左側に道具類が並べられていることはわかった。
ユラシルが視線を右に左にと動かす間に店内を慣れたように進んだローグは受付の奥に声を飛ばす。
「アグドームさーん。俺だ、ローグだ〜!」
少しして「あいよー!」と男の野太い声が返される。それに続いて受付の奥から1人のエルフの男性がぬっと現れた。
アグドームと呼ばれた彼の身長はローグよりも少し高い程度だが、身体付きは山や大地を連想させた。筋骨隆々とした体格には威圧感があるが、剃り込まれた頭と精悍な顔立ちからはどこか親しみやすさがにじみ出ている。
「このヒトがアグドーム。この村に来てとても世話になってるヒトの1人だ」
「おう、紹介されたアグドームだ。ダンジョンに行く準備が必要ってんなら任せてくれ。
まぁ、全ては無理だが帝都やらで準備し忘れたものを売るぐらいはできる。贔屓にしてくれると助かる」
続けて図体に似合う野太く、豪快な笑い声を上げたアグドームはユラシルの頭の先からつま先まで見た。
品定めでもするような視線に戸惑うユラシルの反応にどこか面白そうに「ほぉ」と溢してローグへと尋ねる。
「んで、この可愛いエルフの嬢ちゃんは?」
「可愛い!?」
「彼女はユラシル。昨日ダンジョンでいろいろあってな。その流れで今一緒にいるんだ」
アグドームの言葉をさらりと受け流し答えたローグだが、ユラシルは気恥ずかしさで顔を赤くさせ、少し俯いていた。
彼女の反応を微笑ましく見ていたローグは咳払いと共に彼女の腕を軽く肘で突く。
それで現実に思考を戻したユラシルは慌てて顔を上げて口を開いた。
「え、えっと、ユラシル、です!
あの、その……帝都に行くための準備をしたいと思って」
「そうかそうか。まぁ、そいつがいれば大抵のことはどうにかなるから安心だな。
あ、いや、この場合はどうにかする、か?」
揶揄うような笑みを浮かべるアグドームにローグはどこか辟易したような肩をすくめる。
「買い被りすぎだ。努力はするけど絶対はない」
和やかな談笑はそこで終わった。
ローグはカウンターに腕を置いて少し声を潜めて話を切り出す。
「んで、早速本題なんだけど、さっき彼女が言ったように旅道具を一式揃えたい。できれば色も付けくれると助かる」
「ん、んー? 色を付けるのは構わんぞ?」
「え、なに!? 本当か?」
半ば諦めながら切り出していたこともあり、ローグは少し身を乗り出した。
そんな彼の期待に応えるようにアグドームは頷く。
「ああ、お前にはかなり世話になってるし、ちょうど型落ちしたやつが倉庫に引っ込めてある。それでよければな」
「ああ! もうそれで全然大丈夫!
んで、いくらだ!?」
目を輝かせるローグ。その様子からは他のことはまるで頭から抜け落ちていることがわかる。
対してアグドームの方は想定どおりとでも言いたげにニヤリと笑みを浮かべた。ようにユラシルには見えた。
しかしそれも一瞬のこと、すぐにそれを引っ込めるとどこかわざとらしい悩む動作を見せながら言う。
「そうだな……2,500ベイルでどうだ?」
ユラシルにはアグドームが告げた値段と適正な値段と比べて高いのか安いのかどころか、その価値そのものすらわからなかった。
わかりやすく頭に疑問符を浮かべるユラシルを横目で見たローグは少し説明口調で返す。
「半月は暮らせるぐらいか……道具一式にしてはちょっと安すぎないか?
相場は大体5,000ベイルぐらいだろ。いいのか?」
「ああ、もちろんだ。型落ちって言ったろ? 倉庫を開ける手間賃って考えたら妥当だろ」
「まぁ、それはたしかに」
何はともあれ幸運だ。予定の半額で出費が済んだともなれば帝都での行動も少し多く取れる。
少し肩の荷が下りて小さく息を吐いたローグが礼を言おうとした瞬間、アグドームは人差し指を立ててその言葉を止めた。
「ただし、1つ頼まれてくれんか?」
「……なるほど。それが本命か」
「当たり前だろ? 在庫処分とはいえ半額で売るかよ」
肩を落としたローグだったが、むしろ納得はできる。
アグドームの言葉からは少なくとも商品に何らかの欠点はないと考えていい。
いくら少し古いものだとしても相場の半額で譲ってくれるのならば首を縦に振らない理由はない。
「まぁ、負けてくれたし俺にできることなら。依頼は?」
「ま、後で旅籠屋に張り出すからそれを見てほしいが、帝都までの護衛だ」
「護衛?」
この村から帝都への道はきちんと街道が整備されているが、追い剥ぎが稀にだが現れるため護衛をつけるというのは不自然ではない。
他にも車を使うにしてもやはり野宿はするため人手を欲しがる理由も理解できる。
しかし、それでも疑問が浮かび、ローグは首を傾げた。
「うーん。別にそれはいいけどなんで俺に頼むんだ?
いつもなら商人相手の売買してたはず……なんで急にそんな話を?」
「あ、もしかしてそのいつも来る商人さんたちに何か」
ユラシルの推測にローグが「あっ」と声を上げたところでアグドームは慌てて首を横に振った。
「いや違う違う。ただ今回はちょっと帝都に行かせたい奴がいるんだ。
なにか刺激になるだろうから知り合いのところに預けようと思っててな」
「「刺激?」」
2人が首を傾げるのと同時に受付の奥、アグドームのさらに後ろから快活な声が上がる。
「親父ー! これ出来たんだけ──」
その声とともに現れたのは、左耳だけがエルフのように尖った少女だった。