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残影の追放者 〜追われし者よ、どうか良きヒトの世で〜  作者: 諸葛ナイト
ルイベ帝国

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偽王の誓い

 勲章の授与式から3日が過ぎた。

 その日の夜、ローグたちはフィールエの別邸を訪れていた。

 ライセアの案内を受けていつものように応接間に通された彼らはフィールエと向かい合う。


 紅茶を一口、息を吐いたフィールエは謁見の間の時とは異なり、柔らかい視線でローグに問いかけた。


「それでローグ、同じ偽王(アディター)として話があると聞いたが?」


 瞬間、ローグは椅子から立ち上がったかと思えばフィールエへと深々と頭を下げた。


「先日の授与式の件、誠に申し訳ありませんでした。

 あのような場を乱す行い、何度謝罪しても足りません」


 眉1つ動かすことなくローグの謝罪を受け取ったフィールエは目を閉じて「そんなことか」と言いたげな微笑を浮かべる。


「良い、許す。

 どちらにせよ今回の件は介入するつもりであった」


 そこで言葉を途切らせ、再び開かれた目には憐憫があった。

 しかしそれも一瞬のことですぐに真剣なものへと変わる。


「アルヴィウス卿が動いたのはたしかに自らが語ったことが全てであろう。

 そしてそれに便乗し、暗躍した者たちがいた。

 それらは構わん。しかし無関係の、民たちを巻き込むとなれば話は別だ」


 ライセアの推測通りの言葉にユラシルは安心しつつ問いかける。


「だから、ローグさんのお願いを飲んでいただいたんですね?」


 確認にフィールエは頷いた。

 彼女が語った介入理由はライセアとローグが予測していた通りだった。


 貴族たちの勢力争いそのものは問題ないが、それが無用な被害を生むとわかれば諌める。

 それが彼女の本心であったとなれば、ユラシルの中に疑問が生まれた。


「あの、1つ聞いてもよろしいでしょうか」


「構わんよ」


「なぜ貴族たちの勢力争いをもっと止めたり押さえたりしないんですか?

 女帝陛下なら争い自体をなくすことだってできるはずです」


 ユラシルの問いにフィールエは目を見開き、数度瞬きをしたかと思えばふっと表情を緩めた。

 

 笑っていたが、それはユラシルを笑うものではない。

 笑っているのは自分、懐かしむような目をからは昔の自分に向けていることがよくわかる。


「懐かしいな」


「え?」


「昔、ユラシルと同じ言葉を母に言ったことがある」


 ローグとライセアは目を見開いて顔を見合わせると再びフィールエを見る。

 これまでの言動からはあまりにも考えられない純粋な疑問をぶつけるような姿が彼らには想像できなかったのだ。


「ローグ、ライセア。貴様らは私をなんだと思って……!」


 そのまま追及に入ろうとしたフィールエだったが、ユラシルの顔を見て本題を思い出して咳払い。話を続ける。


「昔の私もユラシルと同じ考えじゃった。

『母上の知略と手腕があれば貴族たちをより強くまとめることができるはず』とな」


「……それでなんと答えられたのですか?」


「たしかにできるだろう。

 しかしそれは私の代だけで終わる平和だ、と……」


 力による圧政の効果は絶大だ。

 全てを疑い、派閥を作らせず、力を見せつけることでそもそもの反乱の気を殺す。

 偽王ほどの力があれば不可能なことではない。


 だが、それは深い分断を作り上げ、逆に反乱の目を生んでしまう。


「圧政を敷いた王で分断が生まれ、次代の王が反乱の目を生み、育み、そしてその次の王に矛が向けられる」


 語り終えたフィールエは目を鋭いものへと変えてその場に集う者たちへとはっきりと宣言するように告げた。


「ヒトを押さえつけることができぬというのであれば、争いを管理する。

 それがこのルイベ帝国という国のあり方だ」


「管理された争い……」


「わざと貴族間の争いを押さえ込まないようにして自分に矛が向けられないようにしながらも支配を続ける、ということですか?」


 ユラシルの呟きとローグの認識確認にフィールエは静かに頷く。


「明確な介入ラインがあれば貴族たちも自ずと派手な動きはし辛くなる。他の貴族たちに介入されては面倒だからな。

 そして、規模が小さくなれば民たちへの被害も少なくなる」


 そこまで語りきったフィールエは自虐的な笑みを浮かべてソファの背もたれに体重を預けた。


「それに適度な競争がなければ国は大きくならん。

 長い平穏はヒトの未来を奪うのだ」


 追う者の「勝ちたい。追いつきたい」という想いは向上心となりヒトを動かすための動力となり得る。

 そして、追われるものは「追いつかれてなるものか」とより自ら研鑽に励む。


 貴族同士の勢力争いにフィールエが積極的に介入しない理由、それはひとえにルイベ帝国の支配と発展のためだ。


「お主らはどう思う? この国のあり方を」


 投げられた問いはあまりにも重く、答え難いものだった。

 ライセアはもちろん、ローグまでもがその口を閉ざす。


 そのまま全員が黙り込んで重い空気が流れる。

 フィールエが話を変えようとしたところユラシルが意見を口にした。


「私は……私には正しいかどうかわかりません。

 でも、責めることはできないと思います」


 意外な人物からの意見にフィールエは驚きつつも問いかける。


「例えそれで今回のアルヴィウス卿のような存在を生むとしてもか?」


「それでもフィールエ女帝陛下が守りたいと想い、自分が信じて行っているのならばアルヴィウス男爵にあのような行動を行った私は何も言えません」


 ユラシルの答えにフィールエは呆気に取られた顔をした。

 数度の瞬き、そして小さく開かれていた口から吹き出したかと思えばすぐに大きな笑い声になった。


「あっはっはっ! そうか、そうか……!」


 フィールエはその笑い声を落ち着かせるためにも紅茶に口を付けて息を吐く。


(ユラシルのこの変化を私は喜ぶべきか、悲しむべきかわからんな)


 現実を知ったといえば聞こえは良い。

 しかし、そのせいでユラシルという存在が持つ優しさが消えるのであれば、苦しむのであれば、それは知らない方が良かったことなのかもしれない。


(いや、それを判断するのは私ではなく、彼女自身だな)


 思考に耽っていたフィールエを現実に引き戻したのはユラシルの呼びかけだ。


「あの、フィールエ女帝陛下?」


「いや、すまん」


 フィールエは談話室に並ぶ顔を見て自嘲の笑みを浮かべた。

 

「……私は責めてほしかったのやもしれんな。 

 この場は女帝という身から解放される場所、それゆえにこうして弱さが出てしまう。

 今の話は全て聞き流せ、もしくは忘れろ。よいな」


「では、女帝陛下としての言葉ではなく、1人のヒトの言葉として私は覚えておきましょう」


 そう返したローグの目は女帝を敬うものではなく1人のヒト、それも親しい者へと向ける柔らかなものだった。


 彼もまたフィールエの女帝としてのあり方、ルイベという国の在り方を否定できない。


 切り捨てなければならないものがある。

 守れなかったものがある。

 

 それらを知っているローグだからこそ、今あるものや守れるものに全力を賭すその姿勢を軽蔑することはできなかった。


「1人のヒト、か。

 そのようなことを言われたのは初めてやもしれんな」


 フィールエは小さいながらも満足気な笑みを浮かべるとローグへと問いかける。


「それでローグ、話とはなんだ?

 謝罪のために時間を要求したのではあるまい?」


「あ、はい。私とユラシルで旅をしようかと」


 唐突な話にフィールエは目を丸くさせる。


「ほう、旅とな?

 目的は……いや、それは良い。なぜそれを私に話す」


「同じ偽王であるフィールエ陛下には知っておいてほしかったのです。

 1人のヒトではなく、1人の偽王としての私の生き方を」


 ローグはヒトとして生きているが、偽王でもある。

 ヒトとしての生き方を見てくれる存在はいる。


 しかし、偽王としての在り方を見てくれる者はフィールエしかいない。


「私たちの旅の目的は自分の居場所を探すことです。

 私が私でいられる場所を探しに行くのです」


「……なるほど。

 偽王の別の生き方を私に示そうというつもりか?」


「はい。国を建てない私が偽王としてできることはそれしかないと考えました」


 国は建てず、王になる気はない。 

 しかし、偽王としてのしがらみからは逃れられない。

 

 そのことを理解しているからこそ、国の王としてではなく別の偽王の在り方をフィールエに見せる。


 ──これが偽王としての自分の在り方だと示す。


「……面白いではないか。では、お主が見つけた居場所とやら、私に直接話せ。

 これは女帝としてではなく、ヒトとしてでもなく同じ偽王としての誓いだ。

 (たが)うなよ、ローグ」


「はい。必ずお話ししましょう。可能であれば共にその地へ」


 言いながらローグは手を差し出した。

 その手を取ったフィールエはしっかりとその手を握り返しながら彼に告げる。


「その旅、ライセアも連れて行け」


「え?」


 ローグは反射的にライセアを見た。

 微笑みながら頷く彼女からすぐにフィールエへと視線を戻す。


「しかし、彼女は軍の……」


「いいんだ、ローグ。これは私自身が女帝陛下にお願いしていた事だ。

 邪魔……だっただろうか?」


 不安気であり、心配そうに眉を八の字にさせるライセアにローグは首を横に振った。


「いや! そんなことはない。むしろ頼もしい」


「はい! これからライセアさんと一緒に旅をできるなんて、私も嬉しいです!」


 話が落ち着いたことを感じ取ったフィールエは1つの提案をする。


「ローグ、喫緊の目的地がないのならばまずらディザンに行くといい。

 お主らが探す場所でなくとも、その旅路は良い経験になるじゃろう」


「はい。ありがとうございます。フィールエ女帝陛下」


 それから軽い雑談と経路を話し合ってローグたちは屋敷から出た。


◇◇◇


 ライセアも部屋から出て行ったところで部屋に1人となったフィールエはローグの手を取った手を優しく握りしめる。


『お主、私の婿にならぬか?』


 ふと勢いだけで言った言葉が過ぎる。

 同時に反応に困ったようなローグの顔を思い出して小さく笑った。


(8割は本気──だったのじゃがな……)


 ローグはヒトとして自分を見てくれる。

 しかし、彼は自分自身を「偽王として見てくれ」と言った。


 同じ立場に立てない者が、そもそも立とうとも思ってくれない者が自分の隣を選ぶわけがない。


 溢れかけた物を押し込んだフィールエはポツリと消え入るような声音で窓から見える夜空に呟く。


「追われし者よ、どうか良きヒトの世で」


 純粋な願いを小さな笑みに混ぜたフィールエもその部屋から出た。

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