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残影の追放者 〜追われし者よ、どうか良きヒトの世で〜  作者: 諸葛ナイト
ルイベ帝国

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契機との対峙

 後ろに回された両腕を背中に押さえつけながらうつ伏せで床に押し付けられた従者は苦悶と驚愕の表情を浮かべる。


「貴様、なぜ……!?

 私はたしかに毒を」


「ああ、毒はあったな。

 でもあらかじめ中和薬を飲んでおけば影響はほぼなくせる」


「な……ん!?

 いや、ありえない。それは使われる毒がわからなければできることでは──」


「そうだ。だから予測した」


「……は?」


 耳を疑い、呆気に取られて素っ頓狂な声を上げた従者にローグは淡々と言い放った。


「お前たちは焦りすぎたんだ」


 ローグたちの簡易授与式が決まったは3日前。

 その情報を得てから準備するとして使える時間はあまりにも短すぎる。


 他の貴族たちは自らに疑いがかけられることは避けようとするため協力は得られない。

 そんな中で毒を作るとなれば帝都近辺の植物を使うしかない。


「この辺りで採れて、加工もそう難しくなくて、そして殺すには十分な毒性を持つ草花から作ることができる。

 毒薬を特定するには十分な情報だ」


 帝都周辺の植生さえわかればそこから作られる毒薬を特定できる。

 そして、毒薬が特定できれば解毒剤はもちろん中和剤を作ることも難しくない。

 

「あまりにも簡単だったから、口の中に仕込めるように加工するのも余裕でできた」


 しかし、これは賭けだった。

 

 この作戦の大きな懸念──それは耐性薬が通用しない毒が出てくること。


 ローグの考えは楽観を多く含んだもの。

 予測の裏取りとしてエーリャたちに情報は集めてもらっていたが、それでも最後まで推測した毒が使われる確信は得られなかった。


 襲撃者たち同様にローグたちにとっても授与式の日程を知ってから準備するまでの時間は短かった。


(匂いでわかるやつで助かった)


 もし判断できなければ突き返す予定ではあったが、相手に警戒させることやそもそも作戦を諦めることになることを考えるとあくまでも次策。


 心の中で冷や汗を流したローグは歯噛みする従者の腕縛り上げ、その間にもユラシルが足を縛る。

 壁で上半身を支えるように起こされた従者の表情を見てユラシルは疑問符を浮かべた。


(おかしい……。

 こういったヒトは失敗を悟れば情報の流出を避けるために自ら命を絶つとエーリャさんは言っていた)


 ユラシルが違和感を覚えている中でローグは従者の口に迷うことなく手を突っ込んだ。

 目を見開き苦々しげな表情を浮かべるその口から彼が取り出したのは小指の先ほどの黒い粒だった。


(あれがたぶん自決用の薬……)

 

 自決用の薬を取り上げられたのに表情から焦りが見えない。


 ──妙だ。

 

 ユラシルは特別にヒトの表情を読めるわけではないが、それでも彼女の目からは焦りはあるが切羽詰まっているようには見えなかった。


 自分でも気が付いていることにローグが気が付いていないわけがない、とユラシルは従者の監視を続ける。


「さて、素直に話してくれるか?」


「話すと思う?

 私をどれだけ嬲ろうと主人を売るような真似はしない。それが私の矜持だ」


「まぁ、そうだよな」


 もちろんローグも無策ではない。


 心底から溢れるため息と共に「仕方ない」と言ってローグは腰の小袋から折り込まれた薬包紙を取り出した。


「ユラシル、水を」


「あ、はい!」


 彼が取り出したのは自白剤だ。

 ローグはこういった薬を使ったことはもちろん作ったことすらもなかったが、オリエンス家の書斎の中に調合の方法が記されている本があった。


 素材や配分は記された通りにした。まず間違いなく効果を発揮するだろう。

 彼女は自我を曖昧にしてローグがした質問に対して答え、そして薬に依存して終いには発狂して壊れる。


(できればこんな物は使いたくないけど……)


 襲ってきた者を殺すことに躊躇いはない。そうしなければ自分が死ぬからだ。

 しかし、今回は違う。ただ殺すのではなく精神を壊して殺すのだ。


(……いや、でもこれは俺がやると決めたことだ)


 不憫に思いながらもローグは自白剤を水に溶かし無理矢理口を開かせようとしたところでそれに目が止まる。


(……耳飾り?)


 違和感が走った。

 

 従者は仕える者。

 プライベートな時ならばともかく仕事中、それもこのような作戦を行っている者が装飾品を付けているというのは違和感がある。


(触媒か? いや、それはおかしい……)


 魔術を使わないのは騒ぎとして大きくしないためだ。

 そう、この作戦で魔術を使うことはほぼない。

 なのに触媒を付けている。


「ローグさん?」


 ユラシルは不安そうに声をかけた。

 だがローグはまるで別の世界を見ているかのように静止したままで何も返さない。


(まさか! なにかしらの魔術!?)


 真っ先に疑ったのは催眠系の魔術。

 いつ仕込まれたのか全くわからなかったが、それでも周囲に視線を飛ばす。

 しかしユラシルにはなにも見つけることはできなかった。


「ローグさん!

 大丈夫です……か?」


 ローグの状態を詳しく見ようと近付き、その顔を見たところで、彼の目がなにかを見抜いた時に見せる鋭いものになっているのに気がついた。


「そうか……そういうことか!」


「そ、そういうことってなにがです?」


「ユラシル。ちょっと頼みがある」


「……な、何かわかったんですか!?」


「ああ、本当によく考えられたものだ」


 ローグの口調と従者へと向ける視線はその向こうにいる誰かへと語りかけているようなものだった。


◇◇◇


「ッ!?」


 耳にあてがっていた腕輪から咄嗟に耳を離した切長の目を持つ男性エルフ、ツーリライ・バウン・アルヴィウスはその腕輪を忌々しげに睨みつけた。


「……クソ!」


 吐き捨ててツーリライは前髪をかき上げるようにして頭を掻く。


 作戦は失敗した。

 毒も取り上げられてしまっているため自決させることもできない。


(頼るしかないのか。

 私は、私は奴らに、その策に!)


 例え、この状況に追い込んだ者たちとはいえ事ここに至れば頼らざるおえない。

 そうしなければ間違いなく自分だけが処断される。


 そんなことになってしまうぐらいならば全てを引っ掻き回してぐちゃぐちゃにするしかない。

 ツーリライが苛立ちと焦りからその言葉を吐こうとしたところで部屋の扉が弾かれるように開かれた。


「ッ!?」


 バッと視線を向けた頃には腕を掴まれており、体は宙を舞っていた。

 

 浮遊感の次に感じたのは床に勢いよく叩きつられた痛みと肺の空気を無理やり吐き出させられたことによる苦しさ。

 それらを受けてようやく頭を上げようとしたがそれは真上から押さえつけられることで妨げられた。

 

「ぐっ、こ、これはなんの真似だ!

 貴族であるこの私にこのような暴挙、許されると思っているのか!」


 視線だけで床に押し付けているヒト、エーリャに対して声を荒げたツーリライ。

 しかし彼女はなにも答えずかわりに部屋に入ってきた者たちへと声をかけた。


「ローグ様、ユラシル様、取り押さえました。

 顔も間違いありません。ツーリライ・バウン・アルヴィウス子爵です」


「ありがとう、エーリャ。早かったな」


「ええ、リゼット様から城内の地図と貴族たちの所在地を聞いておりましたゆえ」


「さすがライセア。用意がいい。

 アーミュ、他に気配は?」


 アーミュは少しの間、耳を澄ませ空気を探る。

 特別目立った音も慌ただしい空気もないことを確認して答えた。 


「……ありませんね。ローグ様の見立て通り、無視を決め込むようです。

 このタイミングで来ないとなればおそらく問題はないかと」


「ありがとう。そのまま警戒を頼む」


 淡々と言葉を交わす彼らにツーリライは疑問を飛ばす。


「貴様ら、このなんの理由があって私を拘束した!

 私へのこの暴挙。女帝陛下への反逆行為に等しいぞ!」


「惚ける必要はありませんよ。アルヴィウス子爵」


「惚ける、だと?」


「その腕輪が我々があなたを拘束した理由ですから」


 ツーリライは体を投げ飛ばされても握り続けていた腕輪を見て忌々しげに睨みつけ、「ギリッ」という音が小さく響くほどに歯を食いしばった。

 そんな彼にローグは推測を話す。


「その腕輪は魔術的な装具だろう。

 片方の石の振動を別の石に伝える。仕組みとしてはそんなものか?」


 石の振動をマナを使って別の石に伝えるというもので実用化されれば馬や大犬よりも格段に情報の伝達速度が上がる代物。

 

 例えば今回ならば従者が付けていた耳飾りの振動がツーリライの持つ腕輪の石に伝わるのだ。

 しかし「振動を伝える距離が短い」という大きな問題があり、未だ研究が続けられている物でもある。


「なぜ、それがわかった」


「……従者が仕事中にアクセサリーを身に付けるなんておかしいだろ?

 俺たちが探索者だからって侮りすぎたんだ」


「チッ!」


 忌々しげな舌打ちをしたツーリライにローグは彼の行動の杜撰な点をさらに指摘する。

 

「そもそも暗殺の重要な点は“殺せたかどうか”だ。

 成否を判断するために監視をつけるはずなのにエーリャとアーミュは監視の気配を察知できていなかった」


 あのエーリャとアーミュが察知出来ていないわけがない。

 そうななれば監視している“ヒトはいない”ということだ。

 

 しかし実行役の監視、暗殺の成否の判断は絶対に必要。

 魔術で小動物を使役している可能性も考えたが、部屋に穴はなく、動物がいたような形跡もない。


 ということはヒトでも動物でもなく、物を使っている可能性があった。

 しかし、ローグたちがあの部屋で待機することは突然決まったことであるため、何かを仕掛けることはできなかった。


 そこで目に付いたのが従者の耳飾りだった。

 その耳飾りに魔術的な細工をしていると考えれば部屋に何かせずとも安全に作戦の推移を見られる。


「魔術的な繋がりといえば魔力糸です。 

 私は蟲としか繋いでいませんが、それでも魔力糸についてなら使っていない方よりわかります。

 無論、どこと繋がっているか見つけることもできます」


「……く、くくっ、貴様たちの実力を見誤っていたということか」


 諦観と呆れ、少しの賞賛が含まれた笑みを浮かべたツーリライの言葉にローグが返す。


「アルヴィウス子爵。貴方に聞きたいことは山のようにある。

 しかし、貴方はここで話すことはないでしょう」


「では、どうする?

 女帝陛下の下に連れて行き、生贄とするか今回の件の」


「……察しが良くて助かります」


 視線で促されたエーリャはアーミュと共にツーリライを拘束しながらゆっくりと立たせた。

 アーミュが部屋の出入り口を見ながら呟く。


「リゼット様にはご報告しておりましたからそろそろ来る頃合いですかね」


 それを肯定するように遠くから近寄ってくるライセアと他の軍者だろう複数の足音が耳に入った。

 やがてライセアが2人の軍者を引き連れてツーリライの部屋に現れた。


「無事だったか」


 アーミュから聞いてはいたが、それでも自分の目で2人の姿を見て安心したライセアは表情を引き締める。

 冷やかな目で地面に伏せさせられているツーリライを見てライセアは指示を下した。


「よし、連れて行け。

 女帝陛下へは私が報告する」

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