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残影の追放者 〜追われし者よ、どうか良きヒトの世で〜  作者: 諸葛ナイト
オリエンスの姉妹

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救う重さ

 2日が経ち、スカム・マナを起因とした病の症状はいくつか残っているものの、ラシアの体調は目に見えて回復していた。


 今日明日までは病室として扱われている今の部屋で安静にし、その後は自室に戻る予定となっている。

 その準備で従者たちは慌ただしく動いていた。


 そんな者たちの邪魔はしたくないと思ったローグはガボゼがある庭に向い、その椅子に腰を下ろしていた。


 何をするでもなくボーッと庭を見つめていたがヒトの気配を感じると同時に声がかけられる。


「少し探しましたよ。ローグさん」


 いつもの調子で声をかけてきたのはユラシルだ。

 彼女はローグの向かい側、テーブルを挟んで置かれている椅子に腰を下ろすと彼と同じように庭を見つめる。


 風が木々の枝葉や草花を揺らすたびにそれらが擦れ合う音が耳に届き、噴水の音はそれらと調和を取るかのように小さく響いていた。


 しばらく2人の間に会話がなかったが背伸びをしたローグが切り出す。


「そういえば、いつもはこの時間は調合をしてたっけな……。

 でも流石にもうしばらくは休む。少し疲れた」


「ほぼ寝てなかったですもんね」


「エーリャに首を絞められて無理矢理落とされる前まではな」


 ラシアに3回目の薬を飲ませて数回目の交代をしようとしたところでローグはエーリャに首を絞められ、無理矢理意識を落とされた。


 後に事情を聞いたところ──


「ラシア様にこれ以上ローグ様が衰弱した姿を見せるわけにはいきませんので」


 ──と笑顔ながらも凄みを感じさせる語調で言われた。


 そんな顔を向けられては流石のローグもなにも言い返せなかった。


「あの時のエーリャは怖かったなぁ……」


「当然です。

 実際、3回目の調合は失敗してました。

 もし私だけだったら焦ってどうなっていたかわかりませんでした」


 連続で与えなければスカム・マナが体に中途半端に残ることになるだけでなく、薬の副作用からの回復までそこに重なる。


 薬を服用する前よりも状態が悪くなり、最悪そのまま二度と薬を使えないようになっていたかもしれない。


 危ない橋をよくも渡れた、としみじみと思い返していたローグがポツリとこぼす。


「ユラシルに1つ聞いておきたいことがあった」


「ん? なんですか?」


 庭から視線を外してユラシルへと向いたローグは微笑みながらも少し真剣な眼差しで彼女に問いかけた。


「ヒトを1人救ってみてどうだった?」


「……あ」


 ヒトを1人救った。

 薬の調合方を教えたのはローグだが、ユラシルの技術が無ければそれが形になることはなかっただろう。


 自分のしたこと、その結果。それらから得た感覚を頭に思い浮かべたユラシルは両手をギュッと握りしめた。


「怖い、です」


 その声は少し震えていた。


 ヒトを救った。

 救えたからこそ色々なヒトに賞賛され、感謝された。


 では、もし救えなければ?

 もし調合に失敗し続けていつまで経っても薬が出来ていなかったら?


 おそらく彼らは「仕方がない」と言うだろう。

 ローグは「俺のせいだ」と言うだろう。


 成功したからこそ慰めの言葉が向けられることや自分以外の者にも責任を負わせてしまう可能性への恐怖が生まれていた。


「自分に力が……できることがあることはわかりました。

 でも、怖いです。

 自分のせいで救えなかったらって、救いきれなかったらって考えたら苦しいです」


 ユラシルはそこで言葉を区切るとローグへと問いかける。


「ローグさんは?」


「言ったろ? 俺も怖い。

 自分の知識と技術に自負があっても……それでもこの恐怖を感じなかったことはない。

 今回が大丈夫だからって次もそうだとは限らないからな」


「だから技術を磨き続けるんですよね。

 厨房で作ってたあの薬、たぶん新しい薬ですよね」


 その時に並べられていた素材からユラシルは察して問いかけたのだろう。

 自信なさげな声音だったがローグは目を見開いて頷いた。


「あ、ああ。そうだけど……よくわかったな」


「あまり見ない組み合わせだったからもしかしたらって思ったんです」


 そのような言葉は素材の特性を理解できていなければ出てはこない。


 薬師の知識を教え始めてまだ2週間程度だというのに、使用頻度の低い素材の組み合わせまで見抜くその洞察力と応用力には舌を巻くしかなかった。


「……すごいな。ユラシル」


「え、えへへ。そうですか? なら嬉しいです」


 ユラシルは照れた笑みを浮かべてローグの賞賛を素直に受け取った。

 そして自分に言い聞かせるようにローグにも言う。


「私、もっと頑張ります。

 自分ができることをもっとできるようにするために」


「その心持ちがあればそのうち魔術だけじゃなくて薬師としても活動ができるだろうな。

 そうなれば俺も嬉しいよ」


 技術はあって困るものではない。

 特に魔術師や薬師はどの国でも必要とされている者たちだ。


 そう、例え探索者(パイオニア)というものが廃れようとも彼女は生きていけるだろう。


(俺が教えられそうなことなんてこれぐらいだもんな。

 それがユラシルの助けになるのなら良いことだ)


 ユラシルには教えられたことが多い。助けられたことも多い。


 そのお礼として教えた薬師の技術はローグが側にいることがなくなっても彼女を助けてくれることだろう。


◇◇◇


 それから2人がしばらく雑談を交わしているとエーリャが歩み寄りながら呼びかけてきた。


「ローグ様、ユラシル様。こちらにおられましたか」


「エーリャ。どうかしたか?」


「ラシア様が茶室に来てほしい、と」


「もうそんなに歩いて大丈夫なんですか?」


 ユラシルの問いにエーリャは珍しく苦笑いを浮かべるとローグへと視線を向けながら答える。


「それが『ずっとベッドで寝ていたから歩きたいのです』と言ってなかなか聞かず。

 『休憩をさせたいならローグ様たちも』と……」


 その物言いを聞くあたりラシアとルミリは間違いなく姉妹なのだと実感できる。


 従者たちにとっては大変なことだが、これからはそういった姿をもっと見れるようになると考えれば微笑ましいとも思えた。


「たしかにラシア様には屋敷内ぐらいなら歩いてもいいとは言ったけど……まさか治ってすぐでそこまでとは」


「嬉しいんですよ。自由に歩けるようになって」


 ユラシルの弾んだ声にエーリャも笑みを浮かべる。

 ラシアに振り回されているがそれが苦労だとは感じさせない明るい口調で彼女は話す。


「ええ、私たちもそう考えております。だからこそあまり強く言えない状況なのです。

 どうかラシア様の願いを聞いていただけませんか?」


「構わない。むしろ光栄なことだ」


「はい! 私も元気になられたラシア様とお話ししたいです」


 即答した2人にエーリャは礼をすると早速、案内を始めた。


◇◇◇


 案内されたのは質素ながらも高級感のある落ち着いた茶室。

 そこには縁にレリーフが彫られたテーブルと柔らかそうな座面がある椅子が置かれていた。


「お待ちしておりました。ローグ様、ユラシル様」


 そんな部屋を訪れて出迎えの言葉を口にしたのはラシアだ。

 その隣にいたルミリは手を振りながら二人へと声を飛ばす。


「2人とも早く早く! アーミュが淹れた紅茶が冷めちゃうわ」


「ええ、すぐに」


「はい!」


 2人はルミリに笑みを返しながらそれぞれ椅子に座った。

 それを見計らってアーミュが紅茶を差し出したのを見てラシアが切り出す。


「私の命を救ってくださったこと。誠に感謝いたします。

 もしお2人がいなければ私の命もそう長くはありませんでした」


「いえ、こちらこそ薬の実験のような危険な真似をして大変申し訳ありませんでした。

 お体の方はもう大事ないとは思いますが、今しばらくは安静にしていただけると」


 横目でアーミュとエーリャを見たローグは微笑みながら続ける。


「従者の者たちも安心できませんゆえ」


「ええ。ここ最近は少々舞い上がり過ぎてしまいました。

 明日明後日は大人しくしております。今はそれができる時間がありますもの」


 いつ明けるともわからない夜の中を歩き続けていたラシアだったが、今はそうではない。


 ようやくこの屋敷に住む者たちと同じ時間を歩んでいける。

 考えれば考えるほどに喜ばしいことであり楽しみなことだ。


「ユラシル様もありがとうございます。

 あの時、決意してくださらなければ私はこのようなことはできていませんでした」


「い、いえ……その、私はできることをしたまでで──」


「そのできることで救われたのです。

 貴方様のお力、誇ってください」


「ッ! はい!」


 元気良く答えたユラシルを見てまるで自分のことのように頬を緩ませたルミリはラシアへと胸を張った。


「ね、私の言ったとおりローグたちはお姉様を助けてくれたでしょう?」


「ええ、ありがとう。ルミリ。

 今までごめんなさいね。お姉ちゃんらしいこと何もできなくて」


「謝らないでお姉様。私はそんなこと望んだことないもの。

 お姉様はお姉様のままでいいの。だってそれが私の大好きなお姉様なんだから!」


「ふふっ、そうね。私は私ね。

 ならルミリのお姉様であり続けるように少し頑張るわね」


 心底から嬉しそうに微笑んだラシアはルミリの頭を愛おしそうに撫でる。

 彼女たちのやりとりを見てローグたちも笑みを浮かべながらその時を過ごしていた。

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