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残影の追放者 〜追われし者よ、どうか良きヒトの世で〜  作者: 諸葛ナイト
オリエンスの姉妹

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成長の実践

 窓から門扉に向かうメリスを見つめていたローグにアーミュが声をかける。


「ローグ様、朝食の準備を整えております」


「ありがとう、アーミュ。

 みんなは?」


「ローグ様の指示の通りすでに終えております。

 ルミリ様は先日出した課題を解いている最中かと、ユラシル様は森の方へ行くとおっしゃっておりました」


 このオリエンス家は複数の土地を所有している。

 例えば、現当主が住む本邸や今ローグたちが間借りしているラシア・オリエンスが主人の別邸、そして訓練用の森だ。


 その森は従者たちの戦闘や隠密の訓練に使用されているため、普段から出入りは厳重に管理されている。


 もし報告にない者が入ってくれば様々な場所に控えていた者たちがあっという間にその侵入者を取り押さえるだろう。

 そんな森へは帝都から出て車で15分ほどかけて向かえる。


「あぁ、薬草の採取かな……。護衛の方は?」


「エーリャ含め3人付けております。

 加えて今日は森の中での行動訓練も行っておりますゆえ、侵入者が現れることもないかと」


「うん。なら安心だ。

 俺も朝食を食べたい。メリスに頼めて安心したみたいでお腹空いたよ」


「ええ、すぐに食堂にご案内いたします」


「よろしくアーミュ」


 そうしてローグは慣れ始めたオリエンス家別邸で過ごす日常へと戻る。


◇◇◇


 昼食から1時間ほど経った頃、予備の調理場にゴリッ、ゴリッと薬研車が動く音が響いていた。


 午前中に自分で採ってきた薬草をある程度潰し終えたユラシルはそれを見せながらローグへと問いかける。


「えっと……これくらいでいいですか?」


「ああ、大丈夫。

 あとはさっきすり潰したやつと混ぜながらまた潰して小さく固めれば完成だ」


「は、はい!」


 ユラシルは頷くと薬研に入っていた潰した薬草をすり鉢に移し、混ぜ始めた。


「そうそう。いい感じだ。

 な、そう難しいものじゃないだろ?」


「この作業は、そうですね。

 でも重さを量ったり、薬草を見つけるのは難しいです……」


「いくつか毒草もあったしな。

 それに量る作業も料理とかと違ってある程度の感覚でやっていいものじゃない」


「へ〜、そんなに変わるものなの?」


「ああ、薬には薬草や木の実の配合具合で効果を大きく変えるものもある。

 変化しても無害や影響が軽いものもあるけど逆に一気に毒性化するものも……」


 スラスラと説明をしていたローグだったがふと気がつく。


 先程の聞き返してきた声はユラシルのものとは違う。

 そもそも声のした方向がユラシルのいる方向である正面ではなく左側から聞こえた。


 疑問に思いながら視線を向けた先にはルミリが興味津々といった目でユラシルが持つすり鉢を見つめていた。


「ルミリ様……」


 ある疑いが込められた目にルミリは慌てて口を開き、弁明する。


「きょ、今日の勉強は終わってるわ!

 それでなにしようかなって考えたらローグたちがここで薬を作っているって聞いて……」


「本当でございますよ。ローグ様」


 ルミリの訴えと後ろに控えていたエーリャの言葉を聞いたローグは「なるほど」と頷いた。

 それを見てルミリは安心して続ける。


「ねぇ、ローグは薬師なのよね?」


「薬師はついでです。本職は探索者ですよ」


「でもこうしてユラシルに調合を教えられるぐらいには知識があるのよね?

 エーリャたちがよく言ってるわ。ヒトに教えられるのは相当な知識と理解がないと難しいって」


「それはそうでしょうが……」


 はっきりと首を横に触れないローグにルミリは深呼吸を挟んで切り出す。


「なら、お姉様を診てくれない?

 今まで色々な医者に診てもらったけど全然良くならないの」


 少しの驚愕の後、少し考え込んだローグが返した。


「私はたしかに薬の知識を持っています。薬師として名乗れましょうが所詮は片手間。

 こうして薬を調合することは出来れどもヒトを診ることはあまりしたことがないのです」


 通常、医者が診断した病気に合わせて薬師は薬を調合する。

 医者たちが見つけられなかった病因を、片手間の薬師である自分が見つけられるとローグは思えなかった。


 ローグの話を聞いて返す言葉を失ったルミリが口を噤んだ。

 そこで「納得してくれたか」とローグが息を吐こうとしたその直前、ルミリの口が開く。


「でも、ローグは探索者よ。

 他の医者とは違う見方ができるかもしれないわ」


「……例えば?」


「魔獣や魔蟲には毒を持つ種類がいるし、ダンジョンには毒性が強い植物だってこの辺りよりもずっと多い。

 ローグが探索者で薬師っていうなら、それに対応できる知識と経験があるはずよ。

 そして、そんな見方はこの帝都でしか患者を見ていない医者たちには難しい」


 とても11歳とは思えない言葉に半ば飲まれかけるローグ。

 そんな彼の代わりにユラシルがエーリャを一瞥して問いかける。


「それは魔獣や植物の毒を仕込まれた可能性がある、ということですよね?」


 エーリャやアーミュ、他にもこの家にはバートラを筆頭として有能な従者が集まっている。

 そんな彼女たちの目を掻い潜って毒を仕込むなど簡単には考えられないことだ。


「私でもオリエンス家がなにをしている家か知ってるわ。エーリャたちの能力も信用してる。

 けど、ありえないとは言い切れない。違う?」


「……私たちも警戒を怠ってはいませんが、所詮はヒト。

 気付かぬ穴がある可能性は確かにありますね」


 エーリャの懸念を受けながらルミリの緊張と強い意志が混ざり合った紫色の瞳がローグを射抜く。


 そこから先、ルミリは新たな言葉を紡ぐことはなかった。

 今言ったものが彼女にとってローグを説得する全てだったのだ。


 それを示すように断られることを恐れて生まれる震えを止めるため、その手はギュッと握り締められている。


 そんな彼女を目の前にしたローグはしばらく考え込んでいたが、諦めたように息を吐いた。


「どれだけできるかわかりませんが、全力を尽くしましょう。

 ですが私は片手間の薬師、そのことはお忘れなきようお願いいたします」


「ええ、いいわ!

 何か見つけられるかもしれない。それだけで今はいいもの。

 エーリャ、ローグたちをお姉様のところに連れて行くけど構わないわね?」


「ルミリ様の御命令とあれば」


 仰々しいお辞儀を受けたルミリはユラシルと何か話し始めた。

 2人が会話している間に、エーリャはローグの側に歩み寄り小声で話しかける。


「驚きました。まさか、ルミリ様があのような筋の通った説得をなさるとは」


 ただ喚くのではなく、どうすればローグが首を縦に振るかを必死に考えた結果の説得。

 自分の知識を持ってして話すことで関係を築く。

 それはつい3日前にローグがルミリに話したことそのものであった。


「俺もだよ。この前言ったことをすぐに自分のものにして実践するなんて」


「ローグ様のおかげですね」


「買い被りすぎだ。

 ルミリ様はいずれあんな風に話せるだけのヒトになってた。

 すぐに実践できたのがその証拠だよ」


「それはそうでしょう。

 ですが、ローグ様が話さなければそれはずっと先、何十年と先のことでしたよ」


 断言するエーリャ。

 その理由を視線で問うローグに対して彼女はどこか悪戯っぽく微笑んで続けた。


「好きなヒトの話というのはずっと心に残るものですからね」


「……は?」


 一瞬意味を理解できずに言葉を失ったローグは意味を咀嚼して頭を横に振った。


(ルミリ様に好かれるようなことなんてなにかしたか?)


 頭を悩ませるローグの思考は、ルミリの声によって中断された。


「さぁ、お姉様のところに行くわよ。ローグ、ユラシル」


「は、はい!」


 元気に答えたユラシルに続いて返事をしたローグはすぐに頭の中でエーリャの言葉を否定する。


(いやいや。そんなまさか……ルミリ様が俺を?)


 意気揚々と予備の調理場から出て姉であるラシアの寝室へと向かうルミリにローグたちは続く。


 ローグとしてはなにか裏があるかもしれない言葉について考えていたかったが、それを中断させた。


(……後で考えよう。まずは目の前のことだ)


 この屋敷の主人、ラシア・オリエンスが患う原因不明の病。

 様々な医者が診てもわからなかったそれが自分にわかるとは思えないが、診るだけはしてみよう。


 それに直接会う貴重な機会だ。

 この屋敷で世話になっていることに対する礼のついでと考えながらローグは足を進めた。

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