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残影の追放者 〜追われし者よ、どうか良きヒトの世で〜  作者: 諸葛ナイト
オリエンスの姉妹

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旅の剣

 ルイベ帝国帝都に朝の日差しが降りる。

 それを合図に人々はいつものように朝食を済ましては身支度を整え、店に下りて近隣店の店員や店主と明るく挨拶を交わす。 


 宿屋に泊まる探索者(パイオニア)たちはギルドへと向かって掲示板を眺めたり、ユグドラシルに向かう。

 朝の清々しい空気の中そうして帝都の1日は始まるのだ。


 しかし、そんないつもとは少し違う行動をその日、その少女は取っていた。

 手渡されたメモ紙に記された通りに歩いてたどり着いたのは貴族たちが住む高級住宅街に立つ邸宅だった。


「ここ、だよな?」


 確認するように呟いたメリスはメモ紙と建物を交互に見る。

 慣れないものを見て戸惑いながらも門扉に近付いたところで横合いから声がかけられた。


「お待ちしておりました」


「うおわぁ!?」


 突然のことに飛び退いたメリスへと頭を下げたメイド、エーリャは安心させるように笑みを浮かべる。


「驚かせしてしまい申し訳ありません。メリス様」


「あ、ああ、なんだ。あの時のメイドか……びっくりした」


 彼女たちはメモ紙を渡す過程で一度会っている。

 その時もいつの間にか店に現れては短く「ローグ様がお待ちです」とだけ言ってメモ紙を置いて消えた。


 ローグに関してはいくつか噂話が広がっており、その真偽を知りたいと思っていたメリスにとっては乗らないわけにはいかない話だった。


 慣れたように門扉を開いたエーリャ、その勧めに従ってメリスは敷地内に足を踏み入れる。

 そうして視界に広がった噴水や綺麗に咲く花々がある庭園を見て彼女は感嘆の息を漏らした。


(すごいな……これ)


 そんな彼女を見てエーリャは小さく「ふふっ」と笑って言う。


「ローグ様たちも同じような反応をしておりました」


 その言葉にメリスはハッとしてエーリャに問いかける。


「なぁ、ローグはなんで私をここに呼んだんだ?」


「詳しくは私もお聞きしておりません。

 ただメリス様の力を信じ、その力を借りたい、とだけ」


「……直接聞けってことか」


「とても個人的な頼みのようでしたので」


 本来ならばメモ紙を渡してこの屋敷に呼ぶよりも直接その用を伝えさせればよかった。

 他人には聞かせられない話なのか、はたまた別の理由があるのか。


(ローグ……)


 辿り着いた屋敷を見上げたメリスはエーリャの案内に従ってその中へと入った。


◇◇◇


 メリスが応接室に通されて数分後、扉がノックされ、それに続くようにローグが入ってきた。

 彼はメリスを見つけると顔に笑みを浮かべて声をかける。


「メリス! 久しぶりだな。元気だったか?」


 机の向こう側にあるソファに腰掛けるローグの顔や言葉、それを口にする声音はユグドラシルから上がってきて店に来た時と同じものだ。


 あの噂が実は嘘なのではないか、と少し疑いながらもメリスは頷く。


「あ、ああ。元気に先生に絞られてるよ」


「ははっ、アグドームさんの次は帝都の鍛治師か」


「色々大変な毎日だよ。でも、才能があるって言われた。

 そうそう、昨日打った短剣。あれはすごい褒められた。店に置いてもいいって言われるぐらいの出来なんだよ!」


「へー! すごいな。将来はアグドームさんも越えられるかもな」


 雑談に花が咲く中でそれぞれの前に紅茶が淹れられた。

 それが話の変換点であった。


 先程とは打って変わり、少し真面目な目でメリスが問いかける。


「今帝都で噂が流れてる。

 ユグドラシルで暴れた化け物を倒したノーマがいる。

 勲章は確実。しかし仲間を失い、傷心の日々を送ってて知り合いの軍者に保護されてるとかなんとかな」


「知ってる。ほとんど正しい内容だ」


「ほとんど?」


「うん。

 ユグドラシルで暴れた化け物を倒したのは俺とユラシル、そしてハルシュたちのパーティに軍者の1人だ。

 勲章を賜るってのも本当。……仲間を失ったってのも」


 表情に影を落として俯いたローグはそこで言葉を区切るとカップの縁をなぞった。


 聞こうか迷いはしたメリスだったが「彼の傷をどうにかできるかもしれない」と言う思い一心で問いかける。


「何人、死んだんだ?」


「ハルシュ、トラスロッド、シルト。そして、ニアス」


「ッ、前のパーティのやつ全員じゃないか!」


 一瞬、思った感情がある。

 それは「ざまぁみろ」だった。


 事情はどうであれ金の問題であれほど仲間のことを思っていたローグを追放した当然の報いだと思った。


 だが、報いだけでいいわけがない。償いを彼女たちはしていない。

 だからそのまま死んでいいわけがなかった。


「……本当に、死んだのか」


「ああ、死んだ。俺の目の前で」


 怒りが吐かれかけた口を咄嗟に閉じたメリスは昂った感情を落ち着かせるように大きく息を吐いた。


「そう、か。ごめん……こんなことを聞いて」


 今度はメリスが俯いた。

 そんな彼女を見てローグは微笑んで首を横に振る。


「気にしないでくれ。むしろメリスには話しておきたかったんだ。

 俺の今の状況を、さ」


「そ、そうか……」


「ああ、最初に噂はほとんど正しいって言ったろ?

 たしかに傷はあるけど、膝を抱え込んではいない。新しい目的を見つけたんだ」


 その顔はとても清々しくにこやかなもので見惚れてしまうほどの表情だった。


「俺は俺のままでいられる居場所を探したい」


「それが今の目的か。

 なんか、曖昧だな。目星もなにもないのか?」


「ああ、ない。

 だから実はもう見つけてるのかもしれないし、全く違う場所かもしれない。

 そもそもないかもしれない。でも、探したいんだ」


 彼が絶望に包まれていなくて良かったと胸を撫で下ろすメリスだったが、そこで疑問が浮かぶ。


「それを話すためにわざわざここに呼んだのか?」


「少しはある。もしかしたら自意識過剰かもしれなかったけど、心配してるかもって思って安心はさせておきたかったし。

 でも、本題は違う。頼みたいことがあるんだ」


 疑問符を浮かべるメリスにローグは懐から布に包まれたそれをローテーブルに置いた。

 布が剥がされ現れたのは短剣だった。


「勲章を賜った後、俺たちは旅に出る予定だ。

 その旅のための剣を、これで作って欲しい」


「短剣から剣を?

 他の素材と混ぜればそりゃできるけど、そんなことするより別の剣を買った方がいいだろ」


 一度溶かす都合上どうしても素材が劣化してしまうため切れ味は落ちる。

 混ぜる素材を良い物にすれば他の剣と変わらない切れ味には出来るが、それをするぐらいならばその素材で新しく作った方がいい。


 鍛治師としては金が取れるため都合は良いが使う側としてはあまりにも無駄だ。


「わかってる。それでも頼みたいんだ」


 なんの気なしにそれに「ならいいけどさ」と返したメリスだったが鞘から抜いて見た刃の色を見て言葉を失った。


「……赤燐の、短剣」


 ローグが持つこれはハルシュから手渡された物。

 彼が彼女たちを信じた理由の1つであり、今になっては数少ない遺品と言ってもいい。


「これで剣を?」


「そうだ。全部赤燐じゃなくていい。俺はその剣と旅をしたい」


 それだけの覚悟と想いがローグにはあるのだ。

 彼女たちの死を受けて生きると決め、それまで決して死なずに生き続けて目的を果たすという決意がその願いには込められている。


 であればメリスが返す答えは1つだ。


「……わかった。でも、金は貰うぞ。

 あと時間も少しくれ。私が最高の剣を一振り打ってやる」


「ありがとう。メリス。

 君なら俺にぴったりの剣を作れる。絶対にな」


「ああ、任せろ」


 ローグがその目的、旅の果てになにを見つけるのかはわからない。

 出来ることならばその旅に自分もついていきたかったが、それは彼の負担にしかならないだろう。


 ならば今自分が出来ることをする。

 彼を助けられる。信頼できる武器を一振り。


 今持つ技術の全てをかき集めて作り出す。


(ローグがローグで居られる場所、か……)


 心の中で呟いたメリスは赤燐の短剣に映る自分の顔を見つめた。

 溶かして形を変えようとしているこの短剣。たしかに形は変わるがその役割は変わらない。


 ──ローグを守る。


(ハルシュ……あんたも同じ気持ちだったんだろ)


 労うように短剣の刃を撫でたメリスはそれを鞘に収める。


(あなたのその願いに私の想いを乗せさせてもらうわ)


 そうしてメリスは強い意志の籠った瞳で物言わぬ赤燐の短剣を握りしめた。

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