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残影の追放者 〜追われし者よ、どうか良きヒトの世で〜  作者: 諸葛ナイト
ユグドラシル暴嵐

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暴嵐過ぎたあと

 ユグドラシルでの一件、ユグドラシル暴嵐(ぼうらん)から4日が過ぎた。


 1層の復旧作業は未だに続けられており、根の復旧に取り掛かるのもまだ先という頃。

 高く昇る太陽に照らされる中でフィールエの別邸、その談話室に案内されたローグたちはユグドラシルでの事をフィールエに全て話していた。


 早馬で大まかな状況は把握していたのか彼らが話している間、フィールエの表情に大きな変化はない。

 ただ静かに聞いていた彼女は直接話を聞けて満足し、労うような笑みを浮かべた。


「なるほど」


 改めて情報を咀嚼するように頷き呟いたフィールエはローグへと視線を向けると感慨深げ口を開いた。


「まさかラーシンドに生き残りがいたとはな。

 この世というのは何が起こるかまるでわからんものよ」


「本当に……」


 頷くライセアにユラシルが恐る恐ると問いかける。


「あの、ラーシンドってノーマの国、なんですよね?」


「ああ、そうだ。

 ルイベ、ディザン、トーンシー同様にダンジョンを有していた王国だな」


 ライセアはローグを一瞥するとあくまでも情報としてその事実を続けて伝える。


「……しかし、ある日突然ダンジョンが崩壊した。それが引き金となり、国内は混乱。

 反乱が勃発し、最終的にラーシンド家は王族だけでなく、遠縁に至るまで処刑されたと聞く」

 

「そんな……っ!

 ……納得はできますが、でもそこまで」


 反乱が起こったことは知っていたが王家がどうなったかまでは知らなかったローグの感想に全員が神妙な面持ちを浮かべた。


 アディターの力は本物だ。

 あれならばどれほどの優位な状況を取られていてもひっくり返せる。


 反乱を起こした者たちがその力を直接見たかは定かではないが、強力な力があることは知っていたのだ。

 でなければそれほどまで徹底的に血を絶やそうとはしない。


「ゆえに驚いておる。初めて聞いた時は疑ったし、今も疑っておる」


「ま、まさかここであの姿になれ、と?」


 ローグの確認にフィールエは吹き出すように笑った。


「はっはっはっ!

 流石にそんなことは頼まんよ。むしろ可能な限り控えてほしい」


 最初こそ大笑いをしていたが最後の言葉は真剣そのものだった。

 そんな表情と語調のままでフィールエは続ける。


「……男性のアディターはただ1人の例外なく短命じゃ。

 おそらく女性よりも力を扱えすぎる分、体への負荷も大きいのだろうな。

 アディターの力は無論、魔法も極力使わぬ方がいい」


「では、このルイベ帝国の王が女性なのはもしや」


「そう、力よりも安定を選んだ結果だ。

 純粋な力比べであればお主が優っている。

 ゆえに、ここでもしお主と戦えば私は間違いなく負けるじゃろう」


 男性のアディターはその莫大な力を得るかわりに短命。しかし、女性のアディターは比較的長命であることが多い。


 長く生きられればそれほど安定した政治を行うことができる。

 ルイベ帝国は乱世を鎮めるための武力ではなく、そもそも乱世を起こさない安定した治世を得ることを選んだのだ。


 ローテーブルに置かれた紅茶を一口つけたフィールエは改めてローグへと切り出す。


「ともかく、ローグ。一度背中を見せてはくれぬか?」


「背中、ですか?」


「うむ。アディターには必ず印がある。

 例えば、私はここ」


 そう言ってフィールエはワンピースの襟元を下ろして見せた。

 咄嗟に視線を逸らしたユラシルの隣でローグは真剣な眼差しで見つめた。


 フィールエの胸骨柄の辺りには左向きに広げられた大翼のような痣があった。

 明らかに自然にできているものとは思えず、かといってタトゥーや魔術刻印ともまるで質感が違う。


「この翼のような痣がアディターの印じゃ。

 エルフは胸、ドワーフは右肩、フィシュットは左腕。そしてノーマは背中じゃ」


「なるほど……」


 納得したローグは短く頷くとフィールエに背を向けて服を捲り上げた。

 彼自身は見えないがフィールエ、ライセア、ユラシルの視線が背中に当たっているのを感じる。

 そこからしんとした空気が流れ始め、気恥ずかしさと共に少し居心地が悪くなったローグが問いかけた。


「あの、陛下?」


「お主はたしかダスラ……オリジナルの腕を移植したとか言っておったな」


「え、はい。なにぶん力を解放してすぐで腕を生やすという発想がなく……」


「その結果、その力を吸収したとも言っておったな」


 その問いかけはローグではなく、ライセアとユラシルにも向けられているものだ。

 2人は少し躊躇いながら頷き、それぞれ答える。


「はい。少なくとも私からはそう見えました」


「私もそう感じました。

 ノーマ・アディターが司るのは雷。ですがローグさんは風も使っているように見えましたから」


「ふむ……」


 そうして場が再び静まり返った。

 フィールエが何か考え込んでいることは顔を見ていないローグでさえもわかる。


 しかし、このままでそれに付き合うというものむしろ失礼なような気がして居た堪れなくなった彼は躊躇いがちに切り出した。


「あの、もう服を戻しても?」


「ん、あ、ああ!

 すまん、つい見惚れていたな……なぁ、ライセア!」


「は、はっ!? え、いや……あ、はい」


「あはは。そう言われると少し照れますね」


 その照れを隠すようにいそいそと服を整えていくローグに対して揶揄うようにフィールエは問いかける。


「これはあれか?

 お主のことはラーシンド家の生き残りとしてもてなした方が良いのかの?」


「お戯れを……私はローグ。ただのノーマです。

 力は受け継ぎましたが国は受け継いでいませんし、復興させるという気概もありません」


「それは、少々残念じゃな。

 良き同盟国となりそうだったのに……」


 本当に心底から残念そうに呟いていたが、すぐに別のことを思い付いたのかパンと手を合わせるとにこやかに切り出す。


「──お主、私の婿にならぬか?」


 絶句。


 全員が自分の耳が捉えた言葉を疑う中でフィールエはどこか嬉しそうに言葉を続けた。


「お主、顔も悪くないし、武もあるのに加えて血筋も良い。これほど好都合なものがあるものか!

 うむ、名案だな!」


「め、名案などではありません。女帝陛下!

 彼の実力はたしかですが、なによりその素性は明かすことはできません!

 そのような者を婿に取るとなれば貴族は無論、民たちからもどのような反応があるか!

 そ、それに──」


 慌てた様子でさらに捲し立てようとしたライセアにフィールエは若干引きながら口を挟んだ。


「冗談だ、冗談。さすがに私も心得ておるよ」


(まぁ8割ぐらいは本気だったが……)


 フィールエの心の言葉など聞こえないライセアは安心したように息を吐いて「それならば良いのです」と元の姿勢に居直った。


(分かってはおったが、この立場というのは窮屈よの)


 心の中で呟いたフィールエは表情をパッと戻してローグたちへと伝える。


「今回の件、話してくれたこと感謝する。

 ルイベの危機を救ってくれたこともな」


 この集まりの締めに入ったことを察したライセアは小さく咳払いをして続けた。


「ローグがアディターであることは機密事項となるが君たちが一定の働きをしたのは事実。それゆえに後日、日を改めて勲章の授与を行う」


「勲章ですか……」


 復唱するローグの顔に一瞬、浮かんだそれをフィールエとライセアは見逃さなかった。


 勲章の授与。

 ルイベ帝国に住む者ならばそれは名誉なことで誇るべきことだ。


 しかし、名が知られていないローグが勲章を受け取ったとなれば良くも悪くも注目られるのは当然。

 そのせいで何かしらの面倒事が生まれるのも考えられる。


 そんな彼の思考を理解しているからこそフィールエは少し困ったように眉を八の字にした。


「まぁ、受け取らないなら受け取らないで問題が生まれるからの。

 すまんが、これは大人しく受け取ってほしい」


「なにかあれば私の方に取り合ってくれれば対処しよう。

 それと君たちが今泊まっている宿はすぐに引き払って別の場所に泊まってもらいたい」


「別の場所?」


「うむ。信頼出来る家柄じゃ。この帝都にいる間はそこにいるといい」


 にっこりと微笑んだフィールエの申し出を断るわけにもいかず、ローグとユラシルは少し躊躇いながらも首を縦に振った。

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