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残影の追放者 〜追われし者よ、どうか良きヒトの世で〜  作者: 諸葛ナイト
ユグドラシル暴嵐

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雷と暴嵐

 ノーマ・アディターの噛み合わせの悪い歯並びの口から吐息が漏れ、空気が歪む。


 目の前に聳え立つそれを見てライセアは震えていた。自身のその反応を信じられないように彼女は自分の手を見つめる。


(震えているのか? 私は……)


 ただ立っているだけで感じる恐怖を超えた畏怖。

 ダスラに対してはヒトと同じ姿をしているせいかまだ対抗できるという考えがわずかながらもあった。


 しかし、アレは違う。

 本能的に抗うことすら避けている。

 桁が違うなどの話ではなく、そもそもの土台が違う。


 立っている場所が違う。

 囚われている法則も違う。


(私は、あんなものに抗おうとしていたのか……)


 ライセアは立ちすくんだままその存在を見据えるしかできなかった。そしてそれは彼女の隣に立つユラシルも同様。


(まさか、ローグさんがアディターだったなんて……)


 オリジナルと偽王(アディター)との戦いになった。

 ただのエルフとなっているユラシルにはもうどうすることもできない。横笛を握りしめその戦いの行く末を見守るしかない。


 ローグは変わり果てた己に驚愕こそすれ、恐れは感じていなかった。


(力が作られている。周りにあるマナを無尽蔵に吸収して全部力に変換してるのか)


 そんな力を手にしたからこそ、あの白い空間で言われた言葉の意味を理解できた。

 この力はあまりにも強力すぎる。

 たしかに救うための力ではなく、敵を殺すためだけの暴力だ。

 救うために伸ばした手で救おうとしたものを容易に壊す。これはそんな力だ。


(でも、扱ってみせる)


 ローグはぐっと腰を落とし、丸太のような両手を地面に付けてダスラを見据える。


「貴様がノーマのアディターであろうと関係ない。それを凌駕し、この復讐を遂げる!」


 ダスラの叫びが現実を引き裂き、暴嵐が周囲を吹き荒れて渦を巻き始めた。


「我、この世の理に至りし者──

 我、この世に理を敷く者──

 冠を創造せし我が身は玉座にあり──」


 彼女を中心に生まれた竜巻は瞬く間に密度を増し、世界の境界線そのものが歪むように空間を押し縮めていく。


「暴風を従えし力を今ここに!」


 そして内部から恐怖を覚えるほどの神々しい光が爆ぜ、周囲を吹き飛ばすような風が吹き抜けた。


 轟音と共に現れたのは、ノーマ・アディターにも引けを取らない巨体。

 体は太古の昆虫を思わせる大きな甲殻に包まれ、深緑の基調色。その表面を走る赤紫の模様は脈動する血管のように蠢いている。


 ノーマ・アディターとは異なり、四肢や体のバランスは人型に近いが左右に3本ずつ、計6本の腕。

 主腕である2本の腕。その手甲には装飾が施され、その表面に刻まれた紋様は目を凝らすと絶えず不気味に動き続けている。


 副腕含めて長く伸びた指先からは可視化できるほどに圧縮されたマナが煙のように立ち昇っていた。

 額からは混沌から突き出した一角のごとく尖った角。審判を告げるかのように燃え立つ金色の目からは見るもの全てを焼き焦がす光が瞬く。


 続いて咆哮が世界の根幹を揺るがすように響き渡った。


『作り物の死に損ないならば、私が真の死を与えてくれる!』


 それは不思議な声だった。空気が振動して鼓膜に届く音ではなく、脳に直接響くような音。

 予想外の音に反射的に耳を塞いだライセアだったが脳内に広がるそれを遮るどころか軽減もできていない。


「ッ!? なんだこの声、いや音は?」


「空気じゃなくて、マナが震えてるんです。オリジナルもアディターも声帯を持ちませんからマナを震わせて脳に言葉を響かせるんです」


「無茶苦茶だな」


 ライセアとユラシルがそんな会話をする中、ダスラに答えるようにローグも咆哮を上げた。


『やらせはしない! 俺も、ほかの誰も!』


 ローグは巨大な手で地面を突き飛ばすと同時に足を踏み出し、駆け出した。

 その図体からは想像できないほどの速度で近づくそれに応えるようにダスラが拳を向け、対するローグも拳を突き出した。


 2つの拳が激突し、雷と嵐が弾け、周囲を吹き飛ばす。

 凄まじい反発力が生まれ、巨体の彼らでさえ大きく仰け反った。


『グッ、ゥゥオオッ!!』


 先に上体を戻したローグが左拳でアッパーを繰り出す。その一撃をまともに受けてさらに後ろに下がるダスラへと追撃。放たれた拳は胸部に命中し、さらに体勢を崩した彼女へローグは左右の拳を休むことなく突き出し続けた。


 衝撃が響き、稲妻が走る。

 一撃ごとに雷鳴がとどろき、大地が裂けて衝撃波が辺りを吹き飛ばしていく。


『調子に、乗るなぁ!』


 さらに続こうとした左拳がダスラの右肩と脇から伸びる2本の腕により止められた。

 そのまま横合いに勢い良く引っ張られると隙だらけになったローグへ彼女の4本の腕が迫る。

 逃れようと身を捩らせたがその程度ではかわしきれずに掴まれ、地面に投げ飛ばされた。


『ガッ!?』


 背中から地面に落下、腹の底から空気を強制的に吐き出させられたそこへとダスラは追撃の風の刃を放つ。

 向かってくるそれに対してローグは右手のひらを突き出し、稲妻を迸らせることで防ぐ。

 草原を引き剥がしながら走るそれも彼女は織り込み済みだった。風の刃が完全にかき消される頃には飛び蹴りを繰り出していた。


 両腕でクロスを作ることで攻撃を受け止めたローグは反動でわずかに浮いたダスラの足を掴んで地面に叩きつけると同時に跳び、かかと落とし。

 だが寸前でかわされて土を吹き飛ばしクレーターを作るだけに終わった。


 距離が空いたことをきっかけに重い一撃をただぶつけ合う戦闘から電撃と暴風がぶつかり合う魔法戦へと変わる。


 ローグの周りに稲光と共に作られた雷の槍が浮かんだかと思えば一直線にダスラへ。村を軽く吹き飛ばすそれをダスラは風の刃を生み出しては砕いていく。

 空中では雷槍と風刃がぶつかり合い、消し飛ばし合う。地上ではローグとダスラの殴り合いが再開されていた。


 ぶつかり合った雷と暴嵐の余波で青々しかった緑は消え、地面には至るところに大小のクレーターが生まれ続けている。

 そんな中を生き残っている軍の部隊や探索者たちと合流するためにライセアとユラシルが駆けていた。


「ダスラはともかくローグの方も私たちのことはお構いなしか」


「ローグさんも余裕がないんだと思います。力は拮抗していますから」


 ライセアの背中を追いかけていたユラシルが擁護したが、それに対して彼女は視線のみを向けて確認するように問いかける。


「君には拮抗しているように見えるのか?」


「えっ?」


「さっきはああ言ったが、ローグの方には幾分かの余裕はある。でなければ私たちも、ハルシュたちの遺体も消えている」

 

 ライセアは横目で異常な力がぶつかり合う様を一瞥して続ける。


「総力はわからんが戦闘技能、能力においてはローグの方に分がある。たしかに今でこそ拮抗しているように見えるかもしれんが、先に力が尽きるのはダスラだ」


 ダンジョンの王たるオリジナルとその複製品であるアディター。総力においてはオリジナルが圧倒しているはずだ。


(まさか、そんな……)


 ユラシルは疑っていたが、ローグの攻撃を捌くダスラの内心には焦りがあった。


(なぜだ! なぜ私が!)


 ダスラの両腕に付いている手甲のような甲殻が変形、弓のような形に変化するとマナで生成された矢を連射。


(オリジナルである私がアディターに遅れを取る!?)


 ローグは2本の雷剣を作り出すとグッと握りしめて鞭のように縦横無尽に振る。

 一見なんの考えもなしに振るわれているように見えたが、剣は彼に当たる矢だけを的確に打ち消していた。


(奴が、力を使いこなしている!? 借り物の力でしかないものを!)


 不可能だ。それはありえないはずだ。

 だが、その「ありえない」が、目の前に突きつけられている。

 

『ッ!』


 ダスラの左腕甲殻がさらに変形、大弓となる。

 巨体と並ぶほどの大弓に左脇の腕が矢を生み、同じく左肩の腕が番えた。

 先ほどまでの矢よりも圧倒的に巨大な矢を全力で、潰すつもりで、放つ。

 ローグを狙って飛ぶその衝撃だけでも大軍を吹き飛ばせるほどの衝撃を引き連れ、命中さえすれば山1つ消すことができるそれ。


 ──バガギンッ!!


 響いたのは爆発音ではない。

 雷が地面に落ち、千の破片に砕け散るような不協和音。暴風を纏う2本の雷剣が放たれた一撃を砕いた音だった。


『何!?』


 本来であれば防げるはずがない攻撃を防がれ、目を見開いくダスラへとローグは左手の剣を投擲。それはダスラの右肩から生えていた上腕を貫き爆発、腕を吹き飛ばす。


(なぜ……風が使える!? ノーマ・アディターが司るのは雷だ。風は私のもののはずだ……)


 痛みすら感じられないほどに頭に混乱が蔓延っていたが、そんな思考でもその答えに辿り着くのは一瞬。


『貴様、私の力を取り込んだな!?』


 ローグはダスラの腕を切り裂き、それを移植した。その際にダスラのオリジナルの力もそのまま取り込んだのだ。

 今のローグは雷と暴風の2つを持つあまりにも特異なアディターとなっている。


 浮かんだ怒りのままに矢を作ろうとするが、左腕のものはまだ使えない。右側のものも肩から生えた腕を吹き飛ばされたためできない。


 傷はすぐに塞げる。腕もすぐに生やせるがそうするのにも体力は消耗し、わずかに時間も取られる。どれほど無尽蔵に力を作れるとはいえその能力、速度には限界がある。


『どれほど強力な力でも使いこなせていないのならば──』


 急接近していたローグは反射的に突き出されていたダスラの脇下から伸びる左腕を切り飛ばす。


『──意味はない!』


 続けてその胸部を袈裟斬りで切りつけた。


『借り物の力を振るう分際で、わかった風な口を!』


 ダスラはローグのように風の剣を作り出して振るうがその技量の差は歴然。走る雷剣は風剣が防ぐよりも早くその体に傷を作り出していく。


『わかっているさ。最初からこの力を使えていればトラスロッドとシルトは! ハルシュも死ぬことはなかった。守れたんだ!』


 例え借り物とはいえ今この力を持っているのがローグであることに間違いはない。ならばこの力を使えば守れたはずだ。使える今ならば守れたはずだ。


『傲慢だな。貴様、すでに勝った気で、ッ!?』


 ついに風剣が雷剣を捌ききれずに弾き飛ばされた。

 しかし雷剣も限界を迎えて砕け散る。


 それを好機と見たダスラは後ろへ飛ぼうとするが、雷剣が砕けた程度でローグが追撃を中断することはない。


『勝った気じゃない──』

 

 わずかに空いた間合いをすり足で詰め、即座に右手で手刀を作ってはそれに稲妻と暴風を纏わせて肘を引く。


 この力があればハルシュも、シルトも、トラスロッドも、死なずに済んだ。

 その事実は、変わらない。

 

 だからこそ──


『──勝つんだ』


 次の瞬間に突き出されたローグの手刀はダスラの胸部を貫通した。


『グッ!? カハッ!』


 ダスラは自分の体を貫通する腕を掴むがそこに振り払う力はもう残っていない。ただ忌々しげにその腕を掴みながら歯を食いしばる。


『私は奪われたまま、ここで散るだと……? こんなこと認められるものか、認めてなるものか!』


『認めろ。お前は何も成し遂げられずにここで死ぬんだ』


 突き飛ばすような言葉に対してダスラは小さく笑った。


『く、くくっ……私を殺そうともその力はいずれ貴様を殺す』


 それが今の彼女にできる唯一の攻撃であるがゆえに無言のローグへとダスラは言葉を吐き続ける。


『貴様もまた、何も成し遂げられずに死んでゆくのだ』

 

 悔し紛れの言葉と共にいつか訪れるであろう未来を嘲笑い、祝福する。

 だが、その声は次第に小さくなり、それに合わせて体が光の粒になり崩れ始める。


『私の力を奪ったことを後悔するがいい! くは、あははっ、あははははっ!』


 悔しさと嘲りが混ざった笑みを響かせてそして光となり消えた。


 突き出していた腕をゆっくり下ろしたローグは大きく息を吐いてダンジョンの天井を見上げる。

 異形の姿からヒトの姿へと戻った彼の目が仮初の青い空を見つめる理由を知る者はいない。

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