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残影の追放者 〜追われし者よ、どうか良きヒトの世で〜  作者: 諸葛ナイト
ユグドラシル暴嵐

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ノーマ・アディター

 ローグが気が付いた時にいたのは薄靄のかかった白い空間だった。

 

 その景色のように自分の形も曖昧で腕があるのか足があるのかさえもよくわからない。

 視界もはっきりとしなかったが感覚的に立っているとは感じられた。


「あれは……」


 なにもないことが当然であるような空間だったがそれはあった。


 ユグドラシルの根の16層にあり、ダスラが座ったものと似た玉座だけはその輪郭がはっきりとしている。

 ダスラの玉座では一部薄緑色だった部分やレリーフが濃い黄色になっている玉座へと歩み寄りながらポツリと呟く。


「なんで、ここに玉座が。

 いや……そもそも誰の玉座だ?」


 彼としてはそれは独り言のつもりだった。

 思考するために疑問を口にした程度の意識しかなかった。


「今は私の玉座だ。まぁ、実物はもうないが」


 だからこそ、そんな声が帰ってくることなど一切考えていなかった。


 いつの間にか玉座の前には初老の男性がいた。

 顔にある皺や雑に伸ばされた白い毛を含む髪や髭からは齢を感じさせるが、その黄金の目からは若々しさを感じる。


「あなたは──」


 誰だ。

 そう問おうとした寸前にローグは口を噤む。


 目の前にいる初老の男性とは初対面のはずだ。

 しかし、どこか赤の他人だとは感じられなかった。

 知らないはずなのに警戒しようとはとても思えられず、それを思いたくなかった。


 ローグが初老の男性を見定めようとしていた中で彼は目を伏せると苦笑を浮かべる。


「君のような若人が玉座に着く、か」


 そこにはローグを見下しているような雰囲気はない。

 むしろ自分を責めているような、後悔しているような声音。


「何か、問題があるのか?」


「……いや、ない。ここに辿り着いたということは力を必要としていること。

 そしてこれほどの力を必要とするということは敵は王か、それよりも強力なものなのだろう。

 それを倒すためならば仕方あるまい」


「ならあなたは何を躊躇っているんだ?」


「この玉座に座ればこの世の理、それを魔法として引き出すことができる。

 それがあれば如何様な敵にも貴様は勝てるだろう」


 この世の理。それは世界に渦巻くあらゆる法則だ。


 例えば魔術。

 詠唱が必要である、ということやマナから魔力に変換しなければ術の効率が悪くなるといった法則を捻じ曲げる。

 結果、本来ならば不可能とされる魔術も魔法としてならば容易に発動させられるのだ。

 

 それだけでも圧倒できるというのに身体能力の壁をも超えられる。

 オリジナルよりは劣るとはいえこの世の理に接続し、有無を言わさぬ圧倒的な力引き出すことができる存在がアディターと呼ばれるものだ。


「しかし、その力はいずれ貴様を殺す。

 所詮はヒトの体。この力を受け止めるにはあまりにも脆弱ゆえにな」


「構わない。今誰かが座らなければもっと沢山のヒトが死ぬ」


「本当にそれだけで貴様はこの力を使うのか?

 滑稽だな」


「ッ!?」


 ローグは一瞬だけ目を見開くと拳を握りしめた。

 浮かぶ焦燥感と滑稽と言い捨てた男性を睨みつけては歩み寄りながら吠える。


「滑稽!?

 ならあなたはこの力をなにに使った!

 あなたも何かを守りたいから使ったんじゃないのか!?」


 男性は返さないままローグの言葉を受け止める。


「それと同じことを俺もするというだけだ。

 このままじゃたくさんのヒトが死ぬ。

 それを救えるのは──」


偽王(アディター)の力は救うためにあるのではない」


 捲し立てる勢いだったローグを押し返す力強い声。

 見た目の数倍は強い語気に反射的に半歩下がったローグに男性は続ける。


「この力は救うのではなく、奪う力だ。己のために他の誰かを殺す力だ。

 そのような生半可な覚悟で使いこなせると思うな!」


「奪う、力……?」


「そうだ。己の命を奪い、敵を殺す力だ。

 ずっとそうだった。私たちが生まれた頃から……それ以前から。

 沢山のヒトが死ぬから、などというはっきりせんもののために使う力ではない」


 咄嗟に返す言葉を見失ったローグに対して男性は少し語調を弱くして、しかし突き放すように問いかける。


「貴様はなんのために敵を殺す。なんのためにその命を賭す」


 自分が生きるために誰かを殺し、奪う。


 思い返してみればそんなことを考えたことはなかった。

 生きるために魔獣や獣、ヒトを殺すということは自然であり、当然のことだと思っていたからだ。


 だが、この力は生きるためにあるわけではなく、掴むものでもない。ただ敵を殺すための力。

 国を救い導く力ではなく、外敵を蹂躙するための力だ。


(俺が守りたいもの……)


 それはほとんどが死に絶えた。


 ローグに技術を教え込んだ両親はすでにない。

 共にパーティを組んでいた仲間も1人はローグを救い、1人は一矢報いるために、1人はその行動が愛する者の未来を変えるものと信じて死んでいった。


(でも、生きているヒトはたしかにいるんだ)


 職人としての腕を磨く者がいる。

 今も策を巡らせているであろう者がいる。

 ヒトの世を生きようとしている者がいる。


 例え、この身が光と消えようともこの手が届くのならば彼らを守りたい。


「俺が守りたいと思ったヒトたちのために」


 ローグの意思のこもった瞳と言葉を聞いた男性は少しの間を置いて小さく笑った。


「良い。先程のものよりはずっとマシだ」


 そう言うやいなや男性はスッと体をずらすとローグへ玉座に座るように手で促す。

 頷いて答えたローグはゆっくりと歩みを進めると迷うことなくその玉座に腰を落とした。


「これで王の力は受け継がれた」


「あなたは……この力を引き渡したあなたはこれからどうなるんだ?」


「さてな。私にもそれは分からん。

 この世の狭間で漂い続けるのか、それとも消えるのか」


 苦笑と共に答えた男性はローグの頭に手を置くとゆっくりと撫で始める。

 その手の動きは父親と似て、しかし彼と比べて少し辿々しい手つきだった。


「すまない。本来ならば貴様()()玉座に着かせたくはなかった。

 できることならば今後誰にも背負わせるつもりなどなかった」


 強い自責の念を吐く男性にローグは首を横に振る。


「いや、これは自分で選んだことだ。

 だからこれでいい」


 なぜここまで彼が憂いているのかローグにはわからなかった。

 だがこれは自分で決めたことだ。強要されてここにいるわけではない。この力を受け取るのではない。


 そんな彼を見てやはり物悲しげな表情を男性は浮かべたが首を横に振ると門出を祝うように柔らかい笑みを浮かべる。


「任せるぞ。

 ヒトの世とこの力の行く末を」


 その言葉が耳に届く同時に意識が薄れていき、座っているという感覚さえも消え始めた。


「なぁ、あなたの名前は? あなたは誰なんだ?」


「私の名、か。

 ははっ、すでに忘れてしまったよ。残っているのはアディターとしてのあり方と……後悔だけだ」


 後悔の理由を問う前にローグの意識は途切れ、アディターは継承された。


◇◇◇


 雷を放ち、ゆっくりと立ち上がったローグをユラシルは信じられないものを見るような目で見上げていた。


「ローグ、さん?」


「あのままどこかに行っててもよかったんだぞ、ユラシル」


 本来ならばありえない。

 しかし、浮かぶ微笑みはいつもの彼と同じだった。


 わからないことだらけで聞きたいことばかりが浮かんでいたが、ユラシルはそれを問いただすことよりも答えることを優先する。


「だって、約束したんです。

 メリスさんやハルシュさんにローグさんを助けるって……だから!」


「ありがとう。だから俺は戦える」


 微笑んだローグの状態を改めて見つめてユラシルが不安げな表情で目を見開いた。


「戦えるって、でもローグさんは腕を──」


「大丈夫だ。ちゃんと勝ってくるよ」


 ローグはユラシルからダスラへと視線を移し、意識を戦闘に切り替えた。


 偽王の力や魔法の扱いはまだわからないことだらけだが、魔術の記憶を思い出しているおかげで手掛かりが全くないわけではない。

 ならば戦える。


 ──勝てる。


「あ、ありえん。貴様が振るったその力は……魔法?

 ノーマのアディターは死んだはずだ!」


 ダスラは動揺した様子を一切隠すことなく頭を抱えてブツブツとうわごとのように言葉を繰り返す。


「ありえん、ありえん、ありえん……ありえん!」


 しかしどれほど否定しようとしても先程の一撃を見間違えるはずがない。

 歯軋りが鳴るほどに歯を食いしばったダスラは左腕を失いながらもいまだ戦意が衰えていないローグを睨む。


「貴様は、貴様はどれだけの邪魔をすれば!!」


「お前は俺から大切なものを奪った。そしてまた今奪おうとしている。

 だから俺は──」


 それに続く言葉は正面ではなく──左側。


「──守るためにお前を殺す!」


 瞬間、ダスラの左腕が雷を纏った赤燐の短剣により切り飛ばされた。


「ぁぁぁぁぁあああッ!」


 怒り、痛み、屈辱。

 内から湧き上がるあらゆる負の激情に従ってダスラは声を上げる。


 そんな彼女の背後で立ち止まったローグは短剣を地面に突き刺して落下してきた腕を掴んだ。

 覚悟を決めるためか軽く息を吐いた彼はその腕を自身の上腕に押し付ける。


「──ッッ!!」


 ローグから上がる声はもはやヒトのものとは到底思えないほどの叫びだった。


 獣の最後の咆哮。

 そんなものと雷を辺りに広げながら左腕は変化を始める。

 水っぽい肉が弾ける音、固い骨が砕ける音。それらを伴いながら左腕は次第にその形を整えていく。


「まさか、移植しているのか……こんなところで、こんな状況で!」


 魔術であれば超高等魔術。様々な条件と優秀な術者が5人は必要な術だ。

 しかし、ローグはそれを魔法として1人で行なっている。


 驚愕の表情と言葉をライセアが浮かべる中でその変化は終わった。

 完全な移植を終えたローグは感覚を確かめるように左手の開閉を繰り返すと最後に強く握りしめる。


 そしてダスラを見据えると右手を掲げてゆっくりと口を開く。


「我、この世の理を開く者──

 我、この世の理へ至る者──

 王冠を受け継ぎし我が身を玉座へ……!」


 父親から受け継いだ言葉を口にすると共にローグの周りを漂う空気だけが重く歪む。

 周辺のマナが彼からあふれる力に反応、まるでその力を恐れるかのようにバチバチと火花が散っては稲妻が走る。


「雷を纏いし偽王(アディター)を──」


 挙げていた手を振り下ろすと共に最後の言葉。


「──ローグ・フォン・ラーシンドの名の下に!」


 瞬間、電撃を撒き散らしながら光の爆発がローグを中心に広がり、その場にいたユラシルたちが咄嗟に目を瞑る。


 それから数秒、ゆっくりと目を開いた先には今まで見たことのない存在が立ちはだかっていた。


 首が痛むほどに仰ぎ見なければならない圧倒的な存在感。

 岩のように隆起した筋肉を甲殻で押さえつけたような姿。紫と黄色の差し色を持つその隙間からは滾るマナが湯気のように溢れ出し、琥珀色の稲妻が駆け抜け周囲の空気を焼いている。

 特に上半身は小さな丘のように膨れ上がり、前腕から手にかけては数百年も生き続けた古代の巨木のような太さと硬さを持っていた。


 そして、どこか神々しくも禍々しい頭部。

 まるで雷雲を引き裂くかのように尖っている4本の角。

 金色の目は太陽のように輝き、その視線だけで魂が凍りつくような恐怖を与えた。


 ──ノーマ・アディター。


 ただ目の前の敵を殺すことのみを目的とした破滅の化身がそこにいた。

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