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残影の追放者 〜追われし者よ、どうか良きヒトの世で〜  作者: 諸葛ナイト
ユグドラシル暴嵐

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愛する者へ

 ローグとダスラ、地面を蹴ったのは同時。

 地面に落ちたシルトの斧を素早く拾い上げたローグは鬼気迫る表情で駆け寄り、対するダスラは不可視の腕を伸ばす。


 放たれた不可視の拳は地面を穿ち大穴を作るが、その頃にはローグの体は中空にあった。


 迷うことなく切っ先を向けながら降下。それを素早く飛び退いてかわしたダスラが腕を横に振るう。

 向けられた攻撃は不可視の腕ではなく、風の刃。


 それを察知してローグは息を深く吸うや吐きながら斧を振り上げた。

 瞬間、ダスラの放った一陣の刃が切り裂かれる。


 攻撃を裂いたローグは表情を一切変えることはなく、斧を下段に構えて接近。一瞬にして間合いに捉えたダスラへと刃を下から切り上げ、その流れのままに振り下ろした。


 刃が煌めくたびに振われる肉を裂き、骨を切り捨てんばかりの一撃。ダスラはその全てを防ぎ、かわしているが余裕はない。


 その光景をライセアとハルシュはもはや互いに戦うことすら忘れて見ていた。


「あれが、ローグの本気とでも言うのか」


「私も、あんなローグ見たことがない……」


 圧倒している。

 不可視の腕と刃を相手取りながらそれでなお押している。


 歯噛みするダスラは不可視の腕を振るうが、その一撃はするりとかわされてしまう。

 続けて後ろに跳びながら地面から木の根のような槍を伸ばすが、彼に触れるよりも先に斧により切り捨てられた。


 切られた木の破片の1つが蹴り飛ばされ、ダスラへ飛ぶ。

 それを風の刃で消し飛ばした時には斧を脇に構えるローグが目前まで迫っていた。


(こいつ!?)


 ローグは魔術を一切、使っていない。

 今までの行動は全て彼自身の身体能力だけでなされている。

 なのに拮抗するのが精々になっている。


 繰り出される斬撃を不可視の手で受け止めて掴み、そのまま握り潰そうとしたその手にローグの拳が添えられる。

 息を吐きながら彼がその拳を軽く突き出したその瞬間──轟音と共に不可視の腕が砕けた。


(ッ!? ありえん……。こんな力をヒトが持っているなど!)


 驚愕の表情のダスラに対し、ローグは眉をピクリとも変えずに告げる。


「不可視の腕であれ、なにかを掴めるのであれば砕くこともできる」


 たしかにそう考える者もいるだろうが、それを本当に為せる者などダスラには考えられなかった。


 腕の修復にそう時間はかからない。

 しかし、そのわずかな間は隙でしかない。そしてローグにとってそのわずかな隙があれば十分だった。


 ダスラが苦し紛れに振るったもう1本の不可視の腕を切り上げて逸らしたが、同時に斧は吹き飛ばされる。


 まだ武器はある。

 ハルシュから借りた赤燐(せきりん)の短剣を取り出し、その黒味がかった赤い刃を向けた。


 その標的となるダスラの口が笑みを浮かべたのと目前に人影が入ったのは同時。それを見た瞬間、ローグは割って入ったヒトの目前でピタリと短剣を止めた。


 間に入ったのはハルシュ。それも一応剣は持ってはいるが構えていない状態。


「ッ!?」


「くく、どうだ? 貴様は、私を切れてもそいつを切れまい!」


 ローグが飛び退いた瞬間、彼が先ほどまでいた場所に不可視の腕が突き刺さる。


 退がった彼への攻撃は止まることはない。

 風の刃が駆け抜け、木の根が伸び、加えて不可視の腕が休みなくローグへと向かう。


 先ほどまで怪物的な動きで攻撃を繰り返していたローグも所詮はヒト。当然、回避を続ける体力や集中力にも限界がある。


「ぐっ!」


 それを表すようにローグの脇腹を風の刃が切り抜けた。

 続けて地面から伸びる木の根を短剣で受け止め、その勢いで跳んだことで不可視の拳をかわすが彼の顔には苦悶が浮かんでいる。


 形勢は完全に逆転した。それを覆すためにダスラへと飛び込もうとしたライセアだったが、そんな彼女に嘲笑う視線と言葉が飛ぶ。


「良いのか? 貴様が動けばこいつは首を切るぞ?」


「卑怯者め……」


「否、貴様らと変わらん。貴様らが探索者を使い潰すように、私もヒトを使い潰すというだけだ。そこに差はあるまい」


 ライセアはその言葉になにも返せなかった。


 実際のところ軍が探索者たちにダンジョンの探索を任せているのは事実。波のような大規模な魔獣の群れを相手にする際もその力を借りている。

 可能な限り軍の戦力を消耗したくない、という理由だけで他の命を切り捨てている。


 悔しげに口をキュッと結ぶライセアを鼻で笑ったダスラは同じく攻めあぐねているローグへと視線を戻した。


「いかに強かろうと所詮はヒト。限界はある、ということだな。

 すぐには殺さん。その四肢切り落としゆっくりと嬲って殺す」


 その光景を想像しているのかダスラは寒気のする笑みを浮かべた。


 それを一瞥したハルシュは自分が握ってる剣を見つめる。

 このままではローグは負ける。そして彼が負ければ帝都まで彼女を止められるような存在はいない。


 この状況を打開する方法は、ある。

 1つだけだが、ここにいるのがローグならば、可能性が残る。


(これが勝ちの一手になるかはわからない。

 でも、勝負がわからなくなるところまでは私が戻せる……なら!)


 ハルシュがその決意をした時、ローグは肩で息を繰り返し歯を食いしばっていた。


(あと、少しなんだ。いや、封印が解けたところでハルシュが盾にされてるんだぞ? 力を使えるわけがない)


 どんな時間稼ぎも意味はない。

 時間を稼いだところでハルシュがダスラのところにいる以上、ライセアは手が出せない。当然ローグも力を使えない。


 この状況をひっくり返す方法。

 それに思考を注いでいる時、その声が上がった。


「ローグ!」


 声の主はハルシュ。

 彼女は見慣れた笑みを浮かべてローグを見つめている。こんな状況には似つかわしくない、いつも見ていた安心する笑顔。


 ──嫌な予感がした。


「ハル、シュ?」


 浮かんだそれをハルシュに否定してほしかった。

 だが、そんなことを彼女はしない。

 むしろ補強するように剣をゆっくりと構える。


「私は信じるから! 一緒に過ごして、一緒に戦った、大好きなローグを!」


 ハルシュは一息にその身を翻すと剣の切っ先をダスラへと向けた。


「待て! 貴様、なぜ勝手に動け──」


(魔法はかけ直した。動けるはずが──)


 驚愕の表情のダスラには嘲るような、言葉なく目を見開くローグには悪戯っぽい笑みを浮かべたハルシュはその口で最後の言葉を紡ぐ。


「ローグ、この戦いに勝って! そして、どうか良きヒトの世で」


 刃がダスラの胸を貫いた瞬間、時間が止まったような静寂。しかし、それはすぐに終わる。


「……ぁぁぁぁああああ!!」


 予想外の激痛に襲われたダスラは叫びながら不可視の腕でハルシュの胸を貫いた。


◇◇◇


 ハルシュとローグは幼馴染だ。

 ローグの家は村から少し外れた林近くだったため、家が特別近いというわけではなかったがそれでもいつからか隣にいるのが普通になっていた。


 喧嘩した回数は両手では数えきれない。

 そして、楽しかったことや笑い合ったことはその10倍ある。断言してもいい。


 そんな彼がある日、自身の父親を泣きながら引きずって村に戻って来た。

 ローグを庇って当たってしまった盗賊の毒矢によって死んだのだ。


「ハルシュ……! ハルシュ、お父さんが……! 僕、なにも! なにも、できなくて!」


 その日、ハルシュはローグが生きていることに感謝するように、自分の温もりを伝えるように嗚咽を漏らして涙を流し続ける彼を抱きしめ続けた。

 その次の年、ローグの母親が難病で亡くなった。


「ロ、ローグ……その」


「大丈夫。大丈夫だよ。ハルシュ」


「……ッ!?」


 父親だけでなく、母親までもをその目の前で亡くした。

 

 彼はなにもできなかった。両親の死に目をただ見ることしかできなかった。

 2度の無力感と喪失感は彼の心を折るのには十分過ぎる。

 それをハルシュに突きつけるようにその日からローグの瞳に光が消えた。


(こんな……こんなの、私はどうすればいいの?)


 ただ、あの家が彼にとって呪縛になっていることだけはハルシュにはわかった。

 だから、ローグに手を差し出したのだ。

 

「ローグ、探索者になろう! 私と、一緒に!」


 その時の自分がどんな声で、どんな表情だったのかはわからない。

 覚えているのは早鐘を打つ鼓動と異様に乾く喉、冷や汗。そして、一瞬だけ輝いたローグの瞳と笑顔。


「……うん、わかった。一緒になろう、探索者に」


 それから村を飛び出し、探索者として活動して行くうちに仲間が増えてローグの笑顔も増えていく。

 村にいた時の空っぽの笑顔ではなく、本心から浮かべている笑顔。ハルシュが大好きで仕方ないもの。


(ははっ、いくら洗脳されてたとはいえ、さ……あれはないよ)


 ローグに探索者になるように言った時と同じように頭にこびり付いているのは追放を言い渡した時の顔。すぐに消えたが一瞬浮かべたその表情は絶望に満ち満ちていた。

 両親が亡くなった時に見た、もう二度と見たくないと思った顔。


 今度は見ているしかできなかったわけではない。

 ローグの心を直接、自分が傷付けてしまった。

 だからもう会うことはないと確信していた。赤鱗の短剣を渡したのは持ち続けてしまっていればその時のことを思い出してしまうからだ。


 だが、会えた。会えてしまった。


 追放されたことが嘘だったかのようにローグは昔と変わらない声と顔を向けてくれた。

 嬉しかったが、同時に胸が締め付けられた。


 だから、せめてそれに対する贖罪をしたかった。


(でも、満足かな……。ちゃんと好きって言えたし、後悔はないかな)


 ──そんなわけがない!


 まだ生きていたい。

 仲違いの原因はダスラの洗脳だったのだ。

 これから先はまた昔のように同じ時間を過ごして、同じ世界を歩いていける。


 だがもうできない。


(ああ……嫌だ。嫌だ嫌だ! なんで、どうしてこんなことになっちゃったのかな)


 耳が捉えるのは血飛沫が舞う音とローグの息を飲む声。


(私、もっとローグといろんなことしてみたかったんだけどなぁ……)


 体から熱が引いて、視界が霞んでローグの姿が朧げになる。


(でも、ローグが生きていてくれるなら……いっかな)


 例え朧げでも、もうなにも聞こえずともハルシュは痛みすら上書きするように愛する者を見続けていた。


◇◇◇


 血飛沫が舞う。

 ハルシュのかすかに揺らいだローグを見る目には痛みも恐怖もない。ただ穏やかな安堵が浮かんでいた。


(なん、で……そんな顔ができるんだ……)


 そんな問いの答えは既に彼女の口から出ていた。


『私は信じるから! 一緒に過ごして、一緒に戦って、大好きなローグを』


 知らなかった。

 そんな感情を持たれていたなど考えたことすらなかった。


 その答えはまとまらない。

 まとめたところで伝える相手は今目の前で命を賭してダスラに一撃を入れた。


 体から剣を引き抜くダスラをローグはキッと睨みつけて地面を蹴り飛ばす。


 涙など浮かべる時ではない。嗚咽を溢す時でもない。


(ただ、この手であの首を切り落とす!)


 跳び上がり、ダスラの首を狙って振るおうとした赤黒い短剣。だが、その目の前に、胸に大穴の空いたハルシュの体が向けられた。


「ッ!?」


 一瞬、ローグの時間が止まる。


 ハルシュはもう死んでいる。


 ──わかっている。


 ならば、迷うことはない。躊躇う必要はない。


 ──切れ。


「ッ!? ははっ……」


 だが、できなかった。

 幼馴染を、自分に「大好き」と言ってくれた者を、すでに死んでいるとしてもこの手で斬ることなど──できるはずがない。


(ごめん。ハルシュ……俺は──)


 刹那、不可視の腕がローグの剣を掴む。

 同時、吹き抜けた風がその左腕を削り落とした。


 痛みに悶絶する間もなくローグの足が不可視の腕に掴まれて投げ飛ばされ、受け身すらも取れずにその体は勢いよく地面に叩き付けられる。


「ローグ!!」


 ライセアはローグの元へ駆け寄ると彼を守るように間に入ってダスラへ剣を向ける。

 ここからの打開策を練る中で後ろに気配を感じて視線を移した。


「ユラシル!? なぜ君がここにいる!」


 現れた気配の主、ユラシルは根の16層から出てここに来るまで休みなく走り続けたのだろう、息も絶え絶えで肩を上げながら呼吸をしている。

 そんな彼女の前には死んだように地面に転がるローグがあった。


「そんな……ローグさん。ローグさん!!」


 痛みと衝撃で気を失っただけのようで息は浅いがまだある。


(まだ、まだ助けられる!)


 しゃがみ込み弱々しい声をかけ続けるユラシルを見てダスラが笑い声を上げる。


「わざわざコイツらの後を追いに戻ってくるとはな、ナーティア!」

 

 ユラシルが顔を上げた場所には見知った者たちだったものがあった。


(トラスロッドさん、シルトさん……ハルシュさん)


 それらを見て一瞬、ユラシルの表情に影が落ちる。

 たが、首を横に振って紡がれる言葉にはたしかな力があった。


「違う……」


「なに?」


「私は、死ぬために戻ったんじゃない!」


 ユラシルは顔を上げると力強く立ち上がった。

 また怖気付きかけた自分を奮い立たせながらダスラを見据えて言葉を荒げる。


「私にはあなたほどの力はない。でも、私はローグさんを助ける。そう決めてここに立った!」


「所詮ヒトの身となった貴様が──」


「そうです! ユグドラシルの王の欠片、ユグドラシル・ナーティアではなく、このヒトの世に生きる1人のヒト、ユラシルとして彼を助ける!」


「ッ、もはや死に体のそれを助けてなんになる」


「私は約束したんです。ローグさんに帰る場所を作ると! ローグさんを守ると!」


 ユラシルは死に体になったローグへと回復魔術を奏でた。木漏れ日のような優しく、さまざまな命が芽吹く大地のような力強い音色が辺りに響く。


 この術には体力回復の効果もあるためこれですぐに死ぬということはなくなっただろう。

 曲が終わった瞬間、ダスラが笑った。


「無駄なことを……」


「……あなたにはわからないでしょうね。大好きなヒト想う気持ちも、それが生む力も」


 ユラシルの手にはまだローグの温もりが残っている。

 その心には彼が灯してくれた光が残っている。


 ──だからここに立てた。


 誰かに託され、その想いに答えるために立つことができたのはたった1人の存在が、大好きなヒトがいるからだ。


「ヒトを、舐めないでください。ユグドラシル・ダスラ」


 ユラシルの言葉を受けたダスラはそれをバカにするように笑って吐き捨てる。


「はっ! 想いで変わらんさ、世界なんぞはなぁ! その幻想、抱えて死ね! ナーティア!!」


「死なない! 私は、私たちまだ、ここで生きる!」


 風の刃が迫る中でユラシルの横笛から音楽が奏でようとしたが、彼らの衝突を中断させるかのように唐突に現れた雷がユラシルの後方から伸びる。

 突如として現れたそれは風の刃を粉々にし、霧散させた。

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