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残影の追放者 〜追われし者よ、どうか良きヒトの世で〜  作者: 諸葛ナイト
ユグドラシル暴嵐

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蘇る記憶

 そこはいつも鍛錬に使っていた林の中の開けた場所だった。


「いいな、ローグ」


 聞き慣れた大好きな者の声が幼いローグの耳に届く。

 名前を呼んだ男性は覚え込ませるようにローグの頭を撫でながら話を続けた。


「俺たちは追放者だ」


「追、放者?」


「ああ、俺たちは玉座から追われた王の一族。

 玉座はなく、しかし王冠だけは受け継いだ王だ。

 望めばその力を再び使うことができるだろう」


 少し雑で力強い撫で方と言葉にローグはなされるがままに目を細める。

 ゴツゴツとした固く大きな手、厳しい父親の手だが、その手はとても心地良いものだった。


 そんなローグを愛おしそうに見つめたまま男性は続ける。


「だが、一度使えばその力はいずれお前を殺す。

 だから絶対に使ってはいけない。いいな?」


「……うん! わかった!」


 話の半分も理解できていないだろう元気な返事に男性は満足気で、どこか悲しそうな顔で微笑むと手を差し出した。

 

 幼いローグはその手を目一杯の笑顔を浮かべながら握り締める。


 そうして歩き出して少ししたところで男性が口を開いた。


「だがな、使ってはいけない力もいつか使わなければならない時が来るかもしれない」


「絶対に使っちゃいけないのに?」


「ああ、そうだ」


 男性が足を止めるのに習い、ローグも足を止めた。

 同時に握っていた男性の手に力が込められる。

 そこには「何があってもこの手を離さない」そんな決意と覚悟があった。


 しかし、男性はその手を離すとしゃがみ込んで両手でローグの両肩を掴んだ。

 一度開きかけては噤み、視線を下げたかと思えば今までにないほどの真剣な眼差しで告げる。


「だからローグ、覚えておきなさい。

 王が王に戻るための言葉。この世の理を手繰り寄せるための言葉を──」


 全てを伝え切った後、父親はローグの体を抱きしめて嗚咽を押し殺しながら涙を流す。

 何度も「すまない」と言い、肩を震わせる父親の姿がローグには残っていた。


 ──場面が変わる。


 夜、夕飯を終えて風呂も終えて後は寝るだけとなったところで優しい声音にローグは呼びかけられた。


「ローグ、ちょっと……」


 ちょいちょいと手で招かれた幼いローグは疑問符を浮かべながら母親の元へと駆け寄ると彼女と共に寝室に向かった。


 並んでベッドに腰を下ろしたところでローグは問いかける。


「どうしたの? お母さん」


「今日、あなたはあの言葉を教えてもらったわね?

 王が王に戻るための言葉」


「うん。絶対に使っちゃダメだって言ってたよ。お父さん」


「そう、私ともお約束。いいわね」


 頷くローグの頭を女性が微笑みながら撫でた。

 父親と比べて1回り小さく柔らかい優しい手つきに目を細めて無意識に体重を預ける。


 小さな子どもの重みを確かめるように女性はローグの頭を膝に乗せると愛おしそうな目でその髪を優しく撫でた。


 心地良い温もりから安心感を覚えて微睡み始めたローグに少し申し訳なさを感じながらも女性は問いかける。


「ローグ、魔術の訓練はきちんとしてるかしら?」


「ん……? うん、ちゃんと、してるよ?

 今日ね、お父さんに褒められたんだよ。魔力の扱いなら大陸1番だって」


 うとうととしながらも胸を張って言ったローグに女性は「すごいわね」と笑みを浮かべた。

 しかし、一瞬ですぐにでも泣き出しそうな表情に変わる。


「お母さん?」


「ううん。なんでも、なんでもないのよ。ローグ」


 目尻に浮かんだ涙を指で拭った女性はローグを抱えるとベッドに寝かせ、掛け布団をかけた。


「いい? ローグ、今からあなたの記憶と魔力を封印するわ」


「どうして……?」


「あなたが冠を持っていることは隠さなければならないの。

 そのためにはそうするしかないのよ」


 幼いローグにはわからないことだらけだった。


 使ってはいけない力。

 王が王に戻るための言葉。

 誰から、何からそれを隠さなければならないのか。


 だが、大好きな父親と母親の言葉であれば疑問はあれど、正しいことなのだろうと深く考えることもなくその時のローグは頷いていた。


「うん。わかった」


「明日からあなたは魔術を一切使えなくなるわ。

 だから、かわりにお薬の作り方を教えるわね。

 覚えることいっぱいあるけど、大丈夫かしら?」


「頑張る!」


「ええ、頑張りましょうね。私たちの愛しいローグ」


 女性は涙が混じった笑顔を浮かべて子守唄のような詠唱を始める。


 微睡んでいた意識が女性の柔らかい声により揉み解されていき、ローグは眠りについた。


 その寸前──


「ごめんなさい」


 ──涙混じりの声が聞こえたような気がした。


 そんな光景を今のローグが見ていた。

 彼は自分の両手を見つめると前髪を掻き上げるようにしながら頭を抱える。


(そうだ。俺は魔術は使えていた。

 ……でも、母さんに封印されたんだ)


 ローグは魔術を使えなかったわけではない。


 取り込んだマナは魔力に変換され次第、その封印の維持に使われるせいで今まで魔術を使えていなかった。

 自分の中にある何かの封印をし続けるために魔術は常に使い、魔力を消費し続けていたのだ。


 母親が言っていた「封印」とはその魔術を常時発動するように固定、補強するための術だったのだろう。


(そして、王が王に戻るための言葉。それは──)


 ローグは何かを決意したように顔を上げた。

 その瞬間、視界が真っ白な光に包まれる。


◇◇◇


 ゆっくりと目を開いた先にあったのは薄暗く、薄ぼんやりとした光を放つ天井だった。

 ローグが状況を整理する中でその視界に安堵の表情を浮かべるヒトの顔が入り込んだ。


「ローグ! あぁ、よかった」


「ライセア、か……」


 ライセアの顔を見て一気に状況を理解したローグはゆっくりと上半身を起こす。

 左肩からズキズキと痛みが走るが傷口は塞がっている感覚があった。


「ありがとう。ライセア、治してくれたんだな」


「あ、ああ、当然だ。

 だが、すまん。私は治癒魔術はあまり得意でなくてな。傷が残るかもしれん」


「いや、それぐらいなら大丈夫だ」


 申し訳なさそうにしていたライセアを安心させるように微笑んだローグはユラシルに視線を向ける。


 彼女はペタンと床に座り込んで俯いたままだ。


「……ユラシル」


「話を聞こうにも、ずっとあのままでな」


 ローグはゆっくりと立ち上がるとユラシルの元に歩み寄ると片膝を落とした。

 しばらくどう声をかけようかと迷わせる中でユラシルがポツリと溢す。


「私の、せいです。私が止められなかったから……」


「どういうことだ?」


「私はユグドラシルの王、その意思、力の一欠片がヒトの形を取った存在です」


 本来ユグドラシル・ダスラとユグドラシル・ナーティアは1つの存在、エルフのオリジナルだった。


「なんでそれが今は2人になってるんだ?」


「ヒトの滅亡を望んだ感情とヒトとの共存を望む感情が発生したんです。

 反する2つの感情は衝突し、その結果2つに分離しました」


「そしてそれぞれがヒトの形を得た、ということか」


 ライセアの確認にユラシルは頷いた。


「2つの感情はそれぞれに独立した意識を持ち、その意識を骨子としてヒトの形を作り出しました。

 それが──」


「ダスラとナーティアか……」


「はい。私たちはこの体を持つ前から、意識が2つに分かたれてから衝突を繰り返していました。

 体を得てからは私は魔獣を使役して、ダスラは強力な魔術の力で」


 ユラシルの語る言葉に疑問を覚えたローグは素直にそれを彼女にぶつける。


「魔獣を使役? でも、今のユラシル。えっと、ナーティアは」


「ユラシルでお願いします。

 なんとなく浮かんだものですけど、気に入ってますから」


 ローグたちが見慣れた笑顔とその言葉を挟んでユラシルは続けた。


「衝突を繰り返す中、私はダスラの罠にかかり、力の大部分を失いました」


「その結果、魔獣を使役する力は蟲を操る程度にまで削られ、記憶はその大部分を封印された?」


「……記憶を封印される寸前で16層に向かおうとする者に対して無条件に攻撃を行うミノケンノスを配置しました。

 ですが結局は玉座に辿り着かれて今に……」


 話を聞き終えたライセアは部屋の中央にポツンと配置されている玉座を見遣る。

 続けてローグもそれへと視線を投げた。


 そこには王を見送った玉座がポツンとその帰りを待っている。


「あの玉座は【世の理】と接続するための装置です。

 玉座に座れるのは1つに付き1人。アディターの玉座にはフィールエ女帝陛下が、そしてオリジナルの玉座に──」


「ダスラが座った」


「はい。一度座られた以上は今座っている王、つまりはダスラを降さなければ(・・・・・・)新たに座ることはできません」


「降ろす? 殺すということか」


 呟いたライセア同様にローグは表情を険しいものにさせる。

 

 先程の戦闘で力の片鱗を見せたが、あれだけでまともな勝負がヒトにはできないことはわかった。

 本気で殺すとなればそれこそダスラと同じ存在、王の力が必要だろう。


 ローグ同様に眉を寄せていたライセアはユラシルに問いかける。


「ユラシル、君の力はどうだ?

 今の君は記憶を取り戻しているのだろう?」


「……難しいと思います。

 たしかに一欠片ではありますが、逆を言えばその一欠片以外は全てダスラが掌握しています。

 加えて私にはもう王としての力はありません。今の私はただのエルフです」


 それを聞いてライセアは歯噛みした。

 ここから帝都に行くには早馬を強化しても1日。普通に考えれば迎撃の準備も余裕でできる。


 だが、世界の理に接続しているというダスラたちが普通に歩くとは考えられない。

 あの驚異的な力で向かうのであれば時間はほとんど残っていないだろう。


 周りへの被害を考えればユグドラシル付近にいる間に決着を付けたい。

 そう思考していたライセアは拳を握りしめ、それを額に当てると吐き捨てるように呟く。


「くそ! 戦力がまるで足らん!」


 3人の間に重い空気が流れる。

 時間もヒトも足りていない状況。打開策もない。


 ライセアの焦燥感にあてられてユラシルが頭を下げた。


「すみません。私が止められていたら……」


 そこでハッとしたライセアは慌ててユラシルへと言葉を向ける。


「い、いや、ユラシルを攻めているわけではない!

 そもそも16層への道を切り開いてしまったのは私だしな」


「でも、どうすれば……。

 ヒトの力だけではダスラは、王は止められません」


 ローグは俯いて手のひらを見つめた。


(そう、ヒトの力では止められない)


 見つめた手のひらを握りしめたローグは顔を上げる。


「いや、やりようはある」


「……なに?」


「む、無理です! そんなの、できるわけがない!」


「あいつは一欠片(ユラシル)が抜けているんだろう?

 それに、あいつもこの世にいるんだ。やりようはある」


 そこで言葉を区切ったローグは立ち上がると感覚を確かめるように肩を回す。

 痛みはほとんどなく、休んだおかげでめまいはない。

 疲労感はあるがあと一度戦うぐらいの体力はある。


「それにこのままだとハルシュたちが反逆者になってしまう。

 そんなこと絶対にさせない」


 万全ではない。不安も多い。

 しかしそれでも強い意志のあるローグの目を見てライセアは頷いた。


「私も協力しよう。

 一時は共に戦場に立ったものを反逆者として処断したくはない」


「ッ、私は……」


 言葉を詰まらせるユラシルの目線に合わせてしゃがんだローグは首を横に振って微笑んだ。


「いいんだ。ユラシルは付き合わなくていい。

 帝都付近は危なくなるだろうけど、トーンシーやディザンの方に行けばすぐにどうこうってのはないはずだ」


 そう言って立ち上がったローグは優しい声音で続けて伝える。


「今までありがとう。ユラシル。

 どうか、良きヒトの世を」


 その言葉を置いたローグはライセアと共に15層に上がる階段へと駆け出す。


 ユラシルは去り行く背中に言葉をかけようとしたが、言葉が出ない。


 ただ、震える指がローグの背中に向かって伸びかけては、力なく下ろされた。 

 腕と同じように俯いた彼女は自分の服を握りしめることしかできなかった。

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