根の道中
3日後、ローグたちは根の5層にたどり着いていた。
マナが高密度になることで発生する発光現象の光だけで照らされる薄暗い迷宮の中でマッドネスネークが口を開けてハルシュへと飛び掛かる。
真っ直ぐに向かってくるそれに対して彼女は剣を振るい、切り落とした。
すぐに2体のクラベドッグが挟撃を仕掛けようと左右から迫る。
ハルシュは焦らず一歩後退。
直後にライセアとシルトが飛び出し、それぞれで攻撃を受け止めた。
ライセアの剣が牙を弾き、シルトの盾が爪を押し返す。
衝突の余波で砂埃が舞い広がった。
シルトによって押し出されたクラベドッグの頭上をローグが跳躍し、背後に着地。
瞬時に短剣を振り上げ、肩へ突き刺した。
悲鳴を上げると同時に、ローグは刃を引き抜いて大きく後退、距離を取る。
瞬間、シルトが振り下ろした斧がその頭に入り、ぐちゃぐちゃに潰した。
一方ライセアは正面のクラベドッグと鍔迫り合いを続けていた。
その隙を狙い、ハルシュが横から突撃する。
クラベドッグが気づくのと、彼女の剣が喉元に届くのはほぼ同時だった。
鋭い斬撃が肉を裂き、それは絶叫しながら地面に転がる。
傍らで盾を構えながら突進するシルト。その先に皮と骨だけとなった頭がないヒト型の魔獣──レザーボル。
レザーボルが剣を突き出したがしかし、シルトの勢いは止まらない。
盾の一撃でレザーボルは吹き飛ばされ、生まれた隙を逃がさず、ライセアが一閃。
胴が断ち割られ、レザーボルは動かなくなった。
間髪入れず新たな群れが現れる。
もはや刃としてではなく、鈍器のように扱うしかない剣をレザーボルが振り下ろす。
ローグは短剣で弾き、素早く後方へ跳ぶ。その瞬間、トラスロッドの詠唱が響いた。
「フロスト・バインド」
床から氷の鎖が伸び、レザーボルの両腕と両足を絡め取り続けざまにユラシルの横笛が鳴る。
それによって風の刃が形成され、動きを封じられたレザーボルの左腕と上半身を一気に切り裂いた。
同じ頃、ハルシュとライセアは槍を構えるレザーボルへと迫っていた。
振るわれたハルシュの剣が弾かれる。
しかし、入れ替わるようにライセアが潜り込み、袈裟斬りを浴びせた。
鋭い痛みによろめくレザーボルへハルシュが滑るように踏み込み、横薙ぎに一閃。
どうにか受け止めたが、続いていたライセアの剣が静かに突き出され、そのままレザーボルの胴を貫く。
その少し前方、レザーボルが振り下ろした剣をシルトが受け止めていた。
力勝負ではシルトのほうが上だった。
レザーボルをシルトが上へと押し上げたのと同時──
「ウィンド・ブラスト」
ニアスの魔術が炸裂。吹き飛ばされたレザーボルの頭上で爆風が弾ける。
その衝撃で真っ逆さまに落下する敵へ、シルトの斧が唸りを上げた。
刃が食い込み、レザーボルの体は壁に叩きつけられる。
シルトが体勢を整えた瞬間、新たなレザーボル。
脇から飛び出したローグがそれを阻むため短剣を突き出す。
それは槍の柄で弾かれたが動きを止めることには成功した。
ローグは攻勢を止めない。
短剣を引き戻し、即座に振り下ろす。
それも防がれたが直後、再び同じ箇所を狙い、正確に斬り込んだ。
二度の攻撃を受け、レザーボルの体勢が崩れる。
その隙にローグは右足で槍を蹴り上げて持ち主を左足で弾き飛ばした。
短剣を鞘へ戻して蹴り上げた槍をつかんで即座に振り、動きを確かめると一息に突き出す。
「ユラシル!」
「はい!」
ユラシルがすぐさま笛を奏で、槍に強化の魔術を施す。
強化を受けた刃は錆びついているにもかかわらず、容易くレザーボルの肩を貫通した。
「ッ!」
ローグは槍を引き抜くや否や、胸元へと十字に斬り込んだ。
そして最後に、胸の中央へと深々と突き刺す。
レザーボルの動きが止まり、ローグは軽く息を吐きかけるが──
「っ、まだです。奥に!」
ニアスの警告と同時に、1本の矢が飛ぶ。
肩の力を抜こうとしたローグを狙った不意打ち。
それは影に潜んでいたレザーボルの放った矢だった。
飛来する矢に気づいたローグは槍を素早く横に薙ぎ払い、弾いた反動を利用して槍を投げ放つ。
空気を裂く音を引き連れて槍は一直線に飛び、薄ぼんやりと見えていたレザーボルの胸を貫いた。
そのまま、地面に突き刺さり、敵を繋ぎ止める。
そうして静寂が訪れた。
「「「……」」」
全員が辺りを警戒していたが誰かが、深く息を吐いた。
それをきっかけに戦闘態勢を解く。
「ユグドラシルまでは軍の車を使ってたといえ、順調だな」
「ああ、でもそろそろ限界だ」
シルトの感想に頷いたローグはそう呟き、ユラシルたちを見る。
魔術の行使を続けていたせいか全員に疲労の色が濃くなり始めていた。
ハルシュたち前衛も疲労を上手く隠してはいるがここはまだ通り道だ。
ならばこの辺りで休息を取るべきだろう。
「同感だ。これで今日5回目の戦闘。そろそろ休むべきだな」
ライセアの言葉にハルシュが頷くと根の地図を持つトラスロッドへと声を飛ばす。
「トラスロッド。付近で休憩に使えそうなところはない?」
「んー、っとそうねぇ……ここから突き当たりを右に曲がって、少し進んで左に曲がったところに行き止まりの通路があるわ。
この辺りの魔獣は全部倒したし、そこなら交代で休みが取れるはずよ」
「よし、じゃあそこまで進んで休憩を取りましょう。
ニアスは魔術で、ユラシルは蟲で周辺の警戒をお願い」
「はい」
「わかりました」
ハルシュの指示に従ってニアスが詠唱を始め、ユラシルは戦闘前に後方で控えさせていた蟲たちを呼び戻した後、歩みを再開した。
◇◇◇
ユグドラシルの根の探索は順調に進んでいた。
かすり傷はあるがそれは魔術ですぐに治せるため実質的に被害はない状態だ。
現在彼らがいるのは5層を8割程度進んだ辺り。
休憩場所として見繕った行き止まりでローグ、ハルシュ、ライセアはこれからの行動について話し合っていた。
「この調子なら明日には15層に着けるな。16層には行けそうか?」
ライセアの問いにハルシュとローグが目を合わせると揃って唸る。
先に口を開いたのはローグだ。
「行ける、とは思う。ただ……」
「うん。万全ってことを考えるなら1回休んだ方がいいわね。
急いだ方がいい?」
「いや、その程度であれば問題ない。
そも16層は未知の領域、体制に不備は残したくはない」
2人が頷いたことで話が纏まり、場の空気が緩んだところで焚き火で肉を焼いていたはずのシルトが声を上げる。
「おーい、ローグ!
ちょっとこっち来て肉見てくれないかー?」
「どうしたー?」
「香草の量がよくわかんなくてなー」
「感覚でいいんだけどな、それ……。
わかった、今行くー!
悪いな2人ともあとは任せてもいいか?」
「話は落ち着いたし、そろそろニアスとユラシルも戻ってくるだろうから、いいよ」
「そうだな。君の料理は美味しい。今夜も楽しみにさせてもらう」
ハルシュとライセアの言葉を受け取り、ローグは少し恥ずかしそうに笑みを浮かべてシルトの下に駆け寄り会話を始めた。
そんな彼と入れ替わるように2人に近づいてきたのはユラシルとニアスだ。
「蟲を辺りに放ちました。
何かあれば知らせてくれるはずです」
「うむ。助かる」
「ひとまずこれで私たちも休めるね〜」
和気藹々、と話す3人の横でニアスは無言でどこかを見つめている。
それに気が付いたユラシルがその視線を追うと先にはスープの味見をするローグの姿があった。
「ローグさんに何かありましたか?」
「ああ、いえ、彼はなんでも出来るんだなと思っただけです」
「たしかに。戦闘の腕は立ち、斥候としての仕事も上手いのに加えて薬師としての技術もある。
唯一魔術が使えないということ以外は弱点らしい弱点がないな……」
改めて感心するように呟くライセアはしばらく考え込むとハルシュの方を見て口を開きかけたが、それを遮るように先んじて言葉が放たれる。
「ダメ」
「む、私はまだ何も……」
「軍に推薦したいとか言い出す気でしょ?
ダメに決まっているじゃない。そんなことをしたら私たちがこの依頼を受けた理由がなくなっちゃうし」
「……そう言われては仕方あるまい。
私の立場的にここの全員を推薦することは難しいからな。今は、な」
2人はそこから何か会話するのでもなく目を合わせているだけだ。
なんとなく彼女たちの間で火花が散ったような気がしたユラシルはその雰囲気を変えるために問いかける。
「ロ、ローグさんってさっき槍も使ってましたけど、他に使える武器ってあるんですか?」
咄嗟に出した質問だったがひとまず雰囲気を変えることには成功したようでライセアから視線を外したハルシュは「そうだなぁ」と答える。
「昔に得意って聞いたやつだと弓、槍、短剣、剣。あとは体術って言ってたっけ。
ただ得意ってだけでなんでも使えるんじゃないかな」
「なんでもって……すごいですね。ローグさん」
「にしても体術、ですか」
その話題に興味を持ったのかニアスの反芻するような呟きにハルシュは頷いて補足する。
「うん、なんでも武器を使う前に3年くらいみっちり叩き込まれたって言ってたわよ。
お前にとっての絶対の基礎はこれだって」
「ふむ。彼は剣も使えるのか……一度手合わせしたいものだな」
「やるなら止めないけど、ローグって相当強いわよ?」
「ハルシュも軍で通用する腕だと思うが、そんな君がそこまで言うのか。
たしかに彼は強いが……」
これまでの戦闘を思い返してみても彼の強さはよくわかる。
だが実際に手合わせをしていない以上その強さの底というものはまるで見えない。
そんなライセアにハルシュは胸を張りながら答える。
「なんたって私はローグから剣を習ったからね。
そして私は模擬戦で1回もローグに勝ったことがない!」
「そうなのか? それは……すごいな」
感嘆混じりに呟いたライセアだが、その思考はここにはなかった。
今彼女の中にあるのは1つの疑問だ。
(これほど仲が良く、尊敬し合っている関係なのに追放があるのか……?
そういうもの、と言われればそうなのだろうが)
その違和感にライセアは小さく首を横に傾げていた。




