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残影の追放者 〜追われし者よ、どうか良きヒトの世で〜  作者: 諸葛ナイト
ユグドラシル暴嵐

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もう一度、掴むため

 翌日、ハルシュたちが泊まっている宿の部屋に彼女自身とそのパーティメンバーに加えてローグとユラシル、そしてライセアが集まっていた。


 元々4人が寝るだけの部屋に7人が無理やり入っているため、少し手狭ではあるが軍者であるライセアと気兼ねなく話せる場所といえば現状はここしかない。


「──と、いうわけだ。

 君たちに無理を言ってる自覚はある。だから判断は君たちに任せる」


「任せる、ねぇ……」


 言い締めたライセアに真っ先に言葉を返したのは懐疑心が含まれた穏やかとは表せない視線を向けるシルトだ。

 ベッドに腰を下ろし、自分の膝で頬杖を突きながら彼は続ける。


「……俺らみたいな奴らが、女帝陛下の勅命を『拒否できる』と、本気で思ってるのか?」


 それは直接フィールエと話したローグ、状況を理解しきれていないユラシル以外の全員が抱いた感想の1つだった。

 視線だけで面々の様子を伺いながらユラシルは隣に立つローグの裾を引っ張って問いかける。


「ローグさん。シルトさんが言っているのはどういう?」


「陛下の勅命を断るっていうのは陛下に口答えするってことで……一応俺たちはギルドに入っているよな?」


「はい」


 頷きながら首から下げていた小さな石札を取り出した。

 表には所属手続きをした場所と彼女の名前、裏には魔術陣と彼女自身の指紋が刻まれている。

 それはギルドに所属していることを示すものであり、仕事を請け負える資格の証明書でもある。


 純粋な疑問を持つユラシルとライセアが話をしている者たちがどういう立場なのかをシルトは強い口調で説明する。


「大抵の問題はギルドが請負ってくれることもあるんだが、今回の相手は帝国。あまりにも大き過ぎる。

 なにかあった場合ギルドがどこまで庇ってくれるか、庇いきれるかなんてわからない」


「問題が起こる可能性があって庇ってくれる保証もないから半ば強制になるってことですか?」


 首肯するシルト。

 しかしローグの脳裏にはフィールエの顔が浮かんでいた。

 あの性格からは依頼を断った程度で何かするようには思えないが、女帝が何もしなくとも周りもそうだとは限らない。


 目の敵にされる程度であればまだマシで実害が及ぶ可能性の方が高い。

 シルトたちはフィールエを信じ切れていないのに加えてその周りにいるであろう軍や貴族たちも疑っているのだ。


 針の筵となっているような状況でもライセアは毅然とした態度で躊躇うことなく返す。


「理解しているつもりだ。

 しかし、これを断ったことで君たちになんらかの危害を与えることはないとライセア・リゼットの名において約束する」


「軍に席を置く者が名を賭ける、ね。

 それなら私は信じてもいいと思うわ」


 トラスロッドがそう言うのにも理由がある。


 ルイベ帝国では家名は時の王が与え、代々受け継いでいくものだ。

 そんな名前を出して結んだ約束を反故にすることは女帝から与えられた家名を持つ者のプライドだけでなく、周りからも非難や軽蔑の対象となる。


 当然そのことは他の者たちも知っているため、ライセアの言葉の真偽を問うことは中断してハルシュが次の話へ進める。


「……報酬は?」


「200万ベイル」


 即答されたあまりにも破格な額を聞いた瞬間、全員が目を見開いた。

 予想よりも数倍の報酬を耳にしたハルシュは驚愕を隠す余裕すら無くして前のめりで聞き返した。


「な、ん……それは本当?」


「もともと先行調査とはそれほどまでに危険なもので命の保障などできんからな。

 加えてあまりにも急な話だ。むしろ適正な値段だと思うが?」


「あの、ローグさん、200万ベイルって!」


 興奮気味にローグへと声をかけるユラシル。

 それだけあればパーティを大きくしても土台を整える時間どころか10年は余裕で活動できる。


「ああ、それだけあればパーティを5人、いや6人にしてもしばらく活動する余裕が作れる。

 ハルシュ、俺は賛成だ」


「わ、私も賛成です!」


 真っ先に手を挙げたローグとユラシルを見て続けてシルトが手を挙げた。


「俺も賛成だ。危険な橋だが渡る価値はある」


 シルトの言うとおりこれは危ない橋。

 一歩間違えれば全員死ぬこともあるだろう。


 しかし、逆に成功させることが出来れば金の問題は解決し、ローグはもちろんユラシルをも加えてパーティを組むことが出来る。


「もちろん私……も……」


 ハルシュとしては願ってもいなかったチャンスだ。


 それを掴む勢いで手を挙げようとしたが失敗した場合のことがはっきりと浮かび、自分が振り払った手を掴もうとしている身勝手さにも気がついた。

 だからそこから続くはずだった言葉をためらった。


「いえ、ここは受けるべきでしょう」


 ためらうハルシュの背中を押すように声をかけたのはニアスだった。

 彼女はローグたちを一瞥すると視線をハルシュに戻して続ける。


「まだやる前から諦めてどうするのです。

 一度手を離したとはいえ、まだ彼はあなたを信じて手を伸ばし続けている。

 ならばあなたはその手を取るべきです」


「ニアス……」


「……ローグを追放したのは私たちです。

 でも、今こうして私たちは一緒にいる。

 ならば、私たちがすべきことは決まっています」


 静かだが捲し立てるように自分の想いをぶつけたニアスは自分を落ち着かせるように大きく息を吐くと語調を柔らかくさせてハルシュに問いかけた。


「ハルシュ、あなたはなにを望むのですか?

 なにを望んで、探索者になったのですか?」


「……ッ」


 ハルシュはローグを一瞥し、握りしめた手のひらをゆっくり開く。指がわずかに震えていた。

 自分が望むこと、そんなものはたった1つだ。


(ローグのあの時みたいな顔はもう見たくない。させたくない)


 一度離した手でももう一度掴むことが出来る。

 他の誰でもない自分が彼の隣に立つことができる。

 それができるチャンスが巡ってきたというのならば逃すことはできない。


「わかった。この依頼、受けましょう」


「ッ、感謝する」


 頭を下げたライセアが微笑んだことで緊迫した場の空気が緩んだ。

 その緩んだ空気の中で無意識に力が入っていた肩を揉み解していたトラスロッドがふとした様子で問いかける。


「それでいつ出発するの? 急ぎなんでしょ?」


「ああ、できれば今すぐ、と言いたいところだが……。

 私は陛下にこのことをお伝えしなければならないし、加えて君たちも相応の準備をする必要があるだろう。

 どれほど時間が必要か今の段階でわかるか?」


「元々そろそろ出るつもりだったからな。準備ってんなら1日もあればいい。

 ローグ、お前らの方は?」


「俺もユラシルも今の所は身軽だからな。出ようと思えばすぐに出られる」


「では、明日の朝。帝都北門で集合する、ということでどうだ?」


 シルトとローグの答えから出したハルシュの提案に異を唱えるものはいなかった。


 それからすぐにそれぞれ準備のために市場へと向かい始めた。

 これから始まる戦いは厳しいものになることは分かりきっている。

 しかし、そこに悲観はなく全員が明日の希望を信じているようににこやかに言葉を交わしていた。


 ユラシルもまたそんな彼らに続いて部屋を出ようとしたところで、その声を耳が拾った。


「……やっと、終わる」


 誰の声かはわからなかった。

 だがその声音には、妙に冷たい響きがあった。

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