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残影の追放者 〜追われし者よ、どうか良きヒトの世で〜  作者: 諸葛ナイト
ユグドラシル暴嵐

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女帝の依頼

 ローグが案内されたのは質素な作りの部屋だった。


 大きなベランダを有した応接室には大きなソファが向かい合うように置かれ、その間にはローテーブルがある。


 それらの家具も含めて上品な調度品や掃除が行き届いているところからはこの部屋、家自体がただの貴族の別荘ではないことを示している。


 そんな場所に通されて待つこと3分。

 ライセアと共に現れた存在を見てローグは言葉を失った。


「な……な、ん」


 目鼻立ちが整った美しい顔立ちは神々しさすら感じさせ、膝辺りまである長い金髪は彼女の清廉な様を、アンバーの瞳は意志の強さを表している。

 それだけであれば近寄り難くなるが、包容力を感じる優しい笑みのおかげでどうにか同じ世界を生きる存在だと認識することができた。


 ローグは女性のそんな美しさに言葉を失ったのではない。


 一瞬、脳が目の前の状況を受け入れられず、拒否したのだ。

 だが、次の瞬間、冷水を浴びせられたように声を上げた。


「な、なんでここに女帝陛下が!」


 そこにいたのはルイベ帝国を統べる女帝──フィールエ・フォン・ルイベだった。


 肖像画や度々ある祝祭の時に見る豪奢なドレスではなく、町娘を思わせる地味な服を着ているが、その顔はルイベ帝国に住む者ならば間違えられるわけがない。


 驚ききった表情のローグを見定めるように頭の天辺からつま先までを眺めたフィールエはにっこりと笑みを浮かべる。


「お主がローグか。公にはできぬが、礼を言う」


 フィールエの声を聞いて我を取り戻したローグは慌てて立ち上がると片膝を地面につけ、頭を垂れた。


「あ、大変なご無礼を、どうかお許しください!

 フィールエ女帝陛下」


 唐突に頭を下げるローグを見て呆気に取られたフィールエは数度、瞬きをしたかと思えば吹き出すように笑い声を上げた。


「はっはっはっ!

 いやいや構わんよ。この格好で、そしてこの場所にいる時の私はただの1人のエルフの女。

 そう畏まらんでも良い。顔を上げよ」


 顔を上げて改めてフィールエを目にして戸惑うローグに同情の苦笑いを浮かべてライセアが言う。


「ローグ。君が接しやすいようにしてくれれば良い。

 陛下もそれをお望みになっている」


 語る語調でライセアもまた今の自分と同じ心境に陥っていたことを理解するには十分だった。


「えっと、では可能な限り」


「うむ。私としては少し砕けてくれた方が良いが、まぁ仕方あるまい。

 茶と菓子を持たせておる。今はそこに座り話をしようではないか」


 未だ戸惑いを残しながらもローグは言葉に素直に従ってソファに腰をかける。

 それに少し遅れてフィールエが向かい側に座り、その後ろにライセアが立った。


 茶と菓子を準備して並べた従者が去ったところでフィールエが話を切り出す。


「話、というのは他でもない。ダンジョンについてだ。

 お主は先日、根の15層を攻略したことは当然知っておるな?」


「はい。そちらのリゼット様が活躍したことも承知しておりますが」


「うむ。そこでじゃ、根の16層の先行調査をお主に依頼したい」


 無意識にローグの眉が動く。

 訝しむ様子を隠すこともなく見せながら彼は認識を合わせるように聞き返した。


「先行調査、とは本来は有力な探索者(パイオニア)パーティか軍が特別に編成した部隊で行うはず。

 なのに、なぜそれを私のようなものに?」


 ダンジョンで新たな階層へと1番最初に踏み込むということは死地に飛び込むに近い。

 そこに何があるのか、どのような場所なのかを知る者はいないためそれは当然のこと。


 そんな場所に最初に入る者は相応の実力や実績が必要。

 現に今までの先行調査はその全てが軍の精鋭と有名な探索者パーティが行なってきていた。

 なのに今回は彼らではなくローグに話を持ち込んだ。


 フィールエは少し困ったように眉を八の字にさせて答える。


「お主は己を卑下し過ぎるきらいがあるな?

 力は十分あると見込んでいる。でなければこのような話は持ち込まんよ」


「波で暴れたミノケンノスの動きは私が戦った時とまるで違った。

 おそらくはあれが本来の力。それを抑えたローグを頼るのは自然だ」


「……しかしあれは私だけの力ではありません。みんながいたからです」


「無論同行者は認める。

 ダンジョンに入る際はパーティを組むことが絶対。1人ではもしもの時に対応できんからの。

 それに加えてライセアも付ける」


 実績はなくとも実力を判断して指名した。

 たった1回の戦闘でフィールエが判断した辺りからライセアに「あることないこと吹き込んだのではないか」と疑いの目を向けたが、彼女と会話したのはつい数時間前がはじめてのこと。

 そこまで自分達を推す理由はない。


 となれば本当にあの戦闘だけで判断したということになる。

 実力が認められることは喜ばしいが、一足飛びに評価されれば怪しいと感じてしまうのは自然。


「失礼ながらそれはお答えにはなりえません。

 他に何か理由があるのではないのでしょうか」


「……鋭いの、お主」


 関心するように呟いたフィールエの顔は正しく女帝が浮かべるに相応しい鋭く威圧感のあるものだった。


 彼女は先ほどまでは1人の少女だと思っていたが、今のローグの目には彼女が女帝としてしか映らなくなっていた。


「根の16層への階段前にはミノケンノスがいた。まるでそこから先へは行かさぬというようにな」


「他の階層ではなかったものだ。

 加えて今回の波の不自然な動きだ」


「魔獣、いやダンジョン内で何か変化があった?」


「もしくは変化しておるか、だな。

 本格的な調査はこれから行うが、その為の道筋だけは迅速に作らねばならん」


 フィールエがそこまで言ってきたところでローグは彼女たちが自分に接触を取ってきた理由を察した。


「なるほど。迅速な確認のために足は速く、未踏地ゆえに一定以上の実力が必要。

 理想は少数精鋭のパーティ。そしてそれを陛下は1つ使い潰す、と」


「なっ!? 違っ──」


「そうだ」


 咄嗟に否定しようとしたライセアを制したフィールエは表情を変えることなく静かに続ける。


「少数精鋭でありながらも有力なパーティではなく、目立った実績も持たず、もしもの時は切り捨てられるパーティ。

 まさしくお主らにしかできんことだ」


 すぐに動くのであれば少数であることが望ましい。

 加えて何があるのか分からない未踏地の情報を少しでも持ち帰るには精鋭であることは絶対条件。


 しかし、それらが行える有力なパーティは本調査のために可能な限り温存しておきたい。

 そんな時に現れたのがたしかな実力を持ちながらもこれといった実績もないローグたちだった。


 オブラートに包むことなく平然と言ってのけたフィールエへとライセアが身を乗り出す勢いで声を上げる。


「お、お待ちください。陛下! なにもそのような言い方は──」


「どう言い繕おうと意味は変わらんよ。ライセア。

 命を賭ける場へと赴く者に本心を告げぬなどそれこそ礼を欠く行いだ。違うか?」


「それは……!」


 ライセアは苦虫を噛み潰したような表情で言葉を探す。


 反応から見て彼女は最後までこのことには反対をしており、今も迷っているであろうことは察して余りある。

 そんな彼女の重荷を軽くするためにもローグはにこやかに声をかけた。


「誠意を見せられたとしたらこちらも誠意を持って依頼をこなすしかない。

 さすがは女帝陛下。ヒトの扱いがお上手だ」


「ローグ……」


「リゼット様は真面目で優しい方ですね。

 軍に所属する者は探索者を下に見るものが多いのに」


「……どれほどの力を持っていようが関係ない。

 君がこのルイベ帝国に住む国民ならば盾となり、矛となる。それが軍者の責務だ」


 ライセアはそもそも探索者という制度自体に歯痒さを感じている。


 そこは折り合いを付けているが、あの波の後に今回のような明らかな捨て石として探索者を頼ることには納得しきれていない。


 そんな彼女を見てローグは微笑むと呟くようにフィールエに告げる。


「生真面目すぎますね」


「加えて頑固ときている。

 実力はたしかなのだがそこが欠点での……」


 フィールエが「やれやれ」と首を振り紅茶を飲む。

 それに続くようにローグも自分の前にあるカップを傾けて一息ついた。


「でも、嫌いじゃない。むしろ背中を預けられる好きなタイプだ」


「む……そう、か」


 慣れない言葉を受けたライセアは少し顔を赤くさせて視線をローグから外した。

 そんな彼女を見て小さく笑った彼は真剣な表情で返す。


「お受けしますとお返ししたいところですが……やはり今すぐにご返答は出来ません」


「であろうな。他のパーティメンバーにも相談するがよい。

 もし受けられなくとも気にする必要はないからの。その場合はまた別をあたることになるだけだ」


「いえ、それもありますが、そもそも今の私はあのパーティから追放された身なのです。

 共に行動しているのはユラシルというエルフ1人だけで今回の波では臨時で組んだだけに過ぎません」


 ローグは端的にこれまでの経緯を話した。


 話しを聞き終えた2人には純粋な疑問しかない。

 金がないという理由だけで追放。それは度々聞く話だが、彼ほどの実力がある者にも当てはまるというのは違和感がある。


 本来ならばそのことを聞きたいところだったが今は本題ではない。

 フィールエはローグに「心配する必要はない」ということを示すついでに疑問を振り払うように首を横に振った。


「いや、問題はあるまい。今回はライセアがおるからの」


 フィールエに目配せされたライセアは半歩踏み出してローグに告げる。


「波では軍がパーティを指揮することが許されているのは知っているだろうが、それは先行調査もだ。

 パーティ同士ではなく軍の管理下であれば何か言われることはあるまい」


 ライセアの口調は言外に「何も言わせない」という気概を感じるほど強いものだった。

 その斜め前に座るフィールエも同じような表情を浮かべている。


 闘争の渦中にいるとはいえたしかな実力を持つライセアに加えてルイベ帝国の女帝が控えているのならば下手に口を挟む者はいないだろう。

 少なくとも後ろから突然襲われる、という心配はしなくてもいいはずだ。


「なるほど。では他の者にこの話を伝えます。

 それで、その結果はどなたに?」


「お主が泊まっている宿にライセアも泊まらせよう。彼女に伝えてくれれば良い。

 期限は……まぁ早ければ早いほどいい」


「わかりました。

 少しの間ですがよろしくお願いします。リゼット様」


 差し出された手を見て、ライセアは少し驚いた様子を見せた。

 だが次の瞬間、微笑んでその手を取る。


「同じ戦場に立つのだ。ライセアでいい」


 ぎゅっと握られた手の温もりを感じながら、彼女は続けた。


「こちらこそよろしく、ローグ」


 かわされた言葉と握られた2人の手を見てフィールエは1人満足気に紅茶を飲んでいた。

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