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残影の追放者 〜追われし者よ、どうか良きヒトの世で〜  作者: 諸葛ナイト
ユグドラシル暴嵐

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波の終わり

 閃光筒と氷弾を受けて駆け出したミノケンノスはローグたちから離れた位置で止まると忌々しげな視線を向けた。

 その視線を受け止めながらローグが切り出す。


「まず、あいつのあの足は魔術で強化されている」


 その断言にハルシュが首をかしげた。


「でも詠唱してないわよね?」


 答える代わりにローグは視線をユラシルの横笛に向けた。

 その意図に気づいたハルシュが、はっと息を呑む。


「音……!

 そうか、あれは原始魔術ね!」


「待って! でも、音って……」


 考え込んでいたトラスロッドだったがすぐにそれに気が付いた。


「突撃前に槍と足……蹄鉄を鳴らしてたけど、あれって」


「あれはただの動作じゃなく、魔術の発動条件だったのか?」


 シルトの答えに頷いたローグは言う。


「ああ、そして、そこが隙だ」


「魔術を発動させる間、身動きが鈍るってことか?」


 ハルシュはユラシルへと確認の視線を向ける。

 この中で原始魔術に精通しているのは蟲使いでもある彼女だ。


 意見を求めるその視線を受けユラシルは少し戸惑いながらも答える。


「動けない、ということはないと思います。

 ただ、マナを扱うことに意識が逸れますから反応が鈍くなるのは間違いありません」


「反撃がないとは言い切れないが、走ってる時や普通に止まっている時よりはチャンスはある。

 たしかに、これは賭けだな」


 苦笑と共にシルトから視線を受けたローグは肩をすくめながら返す。


「俺自身がよくわかってる。でも今取れる最善手だ」


 ローグは改めて全員の顔を見て反応を待つ。

 もはや諦めているのか、それとも覚悟を決めたのか別の意見が発せられることはない。


 それを確認すると礼を伝えるように頭を軽く下げた後ローグは続けて言う。


「俺が突っ込む。その次にシルト、ハルシュで続いてくれ。

 ユラシル、ニアスは援護、トラスロッドは順番に身体強化を頼む」


「お前が突っ込むのか?

 俺じゃなくて?」


 眉をひそめるシルトにローグは頷いて答える。


「そうだ。見えていてもかわせないタイミングを俺なら作れる」


 横目でミノケンノスを見てローグは続けた。


「ただ、俺は回避できなくなる。だから、お前に守ってほしい」


「……私は?」


 ハルシュの問いにローグは笑って返す。


「いつもどおりに」


「止めを刺すのね。

 最低でも2人が体勢を立て直す時間を作ればいいんでしょう?」


「そういうことだ。任せていいか?」


 なんの臆面もなく問いかけるローグの顔は長年苦楽を共にした親友へと向けるそれそのものだった。


 明らかにパーティを追放された者がした者へと向けるものではない。

 そんな顔を真っ直ぐに見つめ返せず、ハルシュは俯きながら歯を食いしばった。


「ローグは……あなたはまだそんな顔を私に向けるんだ」


「当たり前だろ。

 同じ村で育って、一緒にパーティを作って、ずっとやってきたんだ。今さら信用しない理由があるか?

 今までそうだったように背中、任せたぞ」


 笑顔で言ったローグはトラスロッドの方へ駆け、身体強化の魔術を受ける。

 その背中へとハルシュは左手を伸ばしかけたが奥歯を噛み締めるとその手で拳を作った。


(でも、私が……私が言い出したことで、こんなことをする資格なんて……!)


 そこでふと思考が止まり、代わりに疑問が浮かんだ。


「待って……私、なんで……ローグを追放したんだっけ……?」


 頭の奥でなにかが軋むような感覚がした。

 思い出せそうで、思い出せない。


 まるで、掬い上げた水が指の間からこぼれ落ちるように──


 次の瞬間、鋭い痛みが頭を貫いた。


「私は今なにを?」


「ん? どうかしましたか。ハルシュ」


 声をかけてきたのはニアスだ。

 心配そうに自分を見上げる彼女を見てハルシュは安心させるように笑みを浮かべた。


「ううん、なんでもない。私たちも行こう」


 ハルシュがニアスと共に来たのを見たローグは屈伸や腕を伸ばしたりといった準備運動を終える。


「それじゃ、行くとしますか」


「え? ローグさん、武器──」


 ローグはウエストポーチどころか短剣すらも地面に雑に放って筒1つを持っているだけだった。

 どう考えてもこれから突貫するような者がすることではない。


 そのことをユラシルが指摘する前にミノケンノスが首を横に振って嘶いては馬上槍を前方、ローグたちへと向けた。


「来たぞ。ローグ」


「ああ、んじゃ、任せる!」


 ミノケンノスが蹄鉄で1回鳴らすのと同時にローグは勢いよく地面を蹴り飛ばした。


「ロ、ローグさ……え、ええ!? 武器、ローグさん武器置いて行っちゃいましたよ!?」


「大丈夫よ。ローグちゃんは素手が一番強いから」


 ユラシルの視線の先、身体強化を受けたローグは地面を滑るように駆けていた。

 一息に距離を詰めた彼がミノケンノスの得物のリーチに入る。


「ッ!」


 ミノケンノスは前方に構えていた馬上槍の1本、右下の腕に持っていたそれを突き出した。


「そこ!」


 ちょうどそのタイミングで持っていた筒を投擲。

 形状は閃光筒と全く同じ物であるそれを見たミノケンノスは両腕に持つ馬上槍を目前でクロスさせ、左下腕のもので筒を貫く。


 その瞬間に広がったのは強い光でも甲高い音でもなく、煙だった。

 バンッという破裂音と共に広がる黒い煙の中でミノケンノスは己の行動が釣られたものと理解した。


 辺りを見回そうと頭を動かしかけたミノケンノスの下顎にローグが放った強烈なアッパーが突き刺さる。

 その巨体が打ち上げられることはなかったが、ミノケンノスの下顎は砕け、揺れる頭にある口内は折れた歯と肉片でぐちゃぐちゃになっていた。


(やっぱり、硬い!)


 倒すには至らず強烈な一撃を叩き込んだローグの体は宙に浮いている。


 目眩しの黒い煙は先ほどの衝撃で吹き飛ばされており、反撃を受けるのは確実。

 現に揺れる視界の中でも構わずミノケンノスは顔を覆っていた2本の馬上槍をローグへと突き出していた。


 ──ゴガギンッ!!


 そこに響いたのは肉を貫く水っぽい何かが潰れる音ではなく、硬い金属音。

 2本の馬上槍をユラシルの身体強化とニアスの盾の強化を受けて防ぎ、そして吹き飛ばされたシルトが叫ぶ。


「ぐ!? ハルシュ!!」


「はああぁぁぁぁあッ!!!!」


 間髪入れず突っ込んできたのはハルシュ。

 1本はローグ、1本は筒、2本はシルトへと向いていたため彼女を妨げるものはなにもない。


 シルトたちよりも高く跳んだハルシュは空中で1回転しながら剣の切先をミノケンノスの頭へと向け、そのまま突き刺した。


(くっ!? 浅い!)


 その一撃はミノケンノスの頭部にたしかに突き刺さりはしたが想像以上の硬さを持っていた頭蓋骨に阻まれ深くは刺さっていない。


 さらに剣を押し込もうとしたハルシュを頭を振ることで落としたミノケンノスは痛みからがむしゃらに馬上槍を振り回し、足を踏み鳴らす。


「ッッッッ!!」


 錯乱したミノケンノスを見て、ユラシルは迷わず横笛を鳴らした。


 蟲を操る時とは違う、はっきりと響く美しい音色。だが、それはどこか息苦しさを伴う旋律だった。

 瞬く間に地面から木の根が伸び、ミノケンノスの足を絡め取る。


「シルト、足場!」


 完全に動きが止まったミノケンノスを見て叫んだローグはシルトに向かって駆け出す。


「おうよ!」


 シルトは答えると同時にローグの方を向くと盾を斜め上へと構えた。


 跳躍したローグはその盾を踏み台として踏み込み、それと同時にシルトが盾を大きく上へと突き上げた瞬間に飛び上がった。


 結果、大きく打ち上げられたローグは宙で体を捻ってミノケンノスを視界に捉えた。

 未だ痛みが支配するミノケンノスは慌てて4本の馬上槍を全てローグへと突き出す。


 槍はがむしゃらに振われたが、その威力はローグを貫くには十分すぎるもの。


「フロステンド──」


「ゲーレン──」


「「──ブレード!!」」


 しかし、当然そんなことを他の者たちが許すわけもない。


 トラスロッドが作り出した氷の刃とニアスが作り出した風の刃たちはそれぞれ腕を1本切り落とし、馬上槍を弾き飛ばした。


 ローグが全身の力を込めて振り落としたかかとが剣の柄が激しく叩きつけられた。


「落ちろ!」


 瞬間、鈍い音が響き、刃は抵抗を押し切るようにしてミノケンノスの頭蓋を貫いた。


 地面に着地したローグに続いて根の拘束から解かれたミノケンノスが地面に倒れる。

 その光景に息を呑んでいたが、はたと気づいたハルシュが声を上げた。


「よし、直掩と後衛に合流するよ!」


「ああ! おいローグ、走れるか?」


「かなりきついけどな。あ、ハルシュ、これ剣!」


「ありがとう! トラスロッド!」


「わかってるわ!

 ニアスちゃん、道を開いて。

 ユラシルちゃんは蟲を操って他の人たちの後退支援、いける?」


「ええ、すぐに」


「が、頑張ります!」


 波の混乱を生んだ原因を倒したローグたちはそうして後退に成功した。


 その後は強大な敵が倒されたことにより士気の高揚に加えて直掩と後衛の部隊が前衛、中衛と合流したこと、そもそも残りの魔獣たちの数が少なかったことが合わさり、今回の波は甚大な被害を受けながらも終了した。

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