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残影の追放者 〜追われし者よ、どうか良きヒトの世で〜  作者: 諸葛ナイト
ユグドラシル暴嵐

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波の戦い

 大地を揺るがす足音、空気をこわばらせる剣戟に血の匂いが広がる草原。


 両腕が巨大な鋏となった二足歩行の魔獣──クラベドッグが猛然と駆ける。


 黒鉄のように硬質な体毛が陽光を弾き、喉の奥から低いうなり声を漏らして跳躍。

 牙を剥き、目を光らせながら両の鋏を振り上げてローグの頭を挟み潰さんと襲いかかった。


 ローグは一瞬だけ目を細め、瞬時に屈んでかわす。

 頭上から聞こえる風を裂く音にひるむことなく捻りを加えた膝蹴りを腹部へ叩き込んだ。


 骨を軋ませる鈍い衝撃にクラベドッグの体がくの字に折れ曲がる。

 そのまま逃げようとする首元を躊躇なく掴むと勢いそのままに短剣を胸元、心臓の位置からわずかに左へ滑り込ませた。


「ッ!? ──ッ」


 ひときわ強い痙攣を最後にクラベドッグは力なく崩れ落ちた。

 それに一瞥もなく跳躍、その先に6体の魔獣。


 空中でバランスを取る間もなくローグは短剣を振りかぶり、狙いを付けたクラベドッグの頭部を狙って投擲。

 鋭い音と共に刃が頭蓋を貫通し、それが前のめりに崩れ落ちるころ、ローグも着地。


「シャーッ!!」


 縄のようにしなる蛇の魔獣──マッドネスネークが着地の瞬間を狙って鎌首をもたげ、牙を剥く。


「チッ!」


 舌打ちとともにわずかに身を引いたローグの眼前で牙が空を噛んだ。

 そのまま見逃すことなくマッドネスネークの喉元を片手で掴んでは一息に締め上げる。


 直後、背後から別の魔獣が踏み込む音。


 反射的に横合いへ跳んで間合いを作ると同時、回避先にいたクラベドッグの肩を踏み台にしてさらに跳び上がる。


 体をひねりながら宙を舞い、降り立った先にモラシュルの背中。即座にマッドネスネークをその首へと巻きつけ締め上げる。

 骨が折れる少し乾いた「ボギッ」という音ともに力を失ったモラシュルは倒れた。


 生まれたわずかな隙を逃さずローグはすぐさま短剣を回収。刃に付着した血を払う間を惜しみ、踏み台にしたクラベドッグへと向かう。


「──ッ!」


 低く構えられた短剣がすれ違いざまにその脇腹を裂く。

 クラベドッグの鋭い悲鳴を耳にしながら振り返って首の付け根へ、寸分違わぬ突き。

 刃が通るや否や、クラベドッグの動きが止まり、沈んだ。


 息つく間もなく、大きな足音が迫る。

 視線を向けた先にいたのは大鳥の魔獣──ギーチバード。それが翼を広げて猛進していた。


「っ、はぁっ──」


 鋭く息を吐き、重心を落とす。

 直後、自分より一回り大きな巨体を正面から受け止め、あたりに衝撃波が広がった。


(相変わらず、重い!)


 ぼやきながらも怯まずに即座に翼の付け根に短剣を突き立てた。


「キィィ──!!」


 鋭い悲鳴をあげて翼をばたつかせるギーチバード。

 耳をつんざくその声に表情を険しくさせながら刃を引き抜き、今度は首の付け根へと突き刺す。

 致命傷を悟ったギーチバードは狂ったように羽を打ち振るったが、抵抗は無意味だった。


 ローグは一歩踏み込み、倒れ込む鳥を地面へと押さえつける。

 短剣を握り直し、角度を変えて突き刺して最後の動きを止めた。


「はぁ……はぁっ! シルト! 蟲は全部ユラシルに回せ! 体力が持たないぞ!」


「くそっ! この数を後ろに回すのは気が進まねぇ……!」


 盾で攻撃を受け止め、手斧で反撃しながらボヤくシルトに横笛から口を離したユラシルの訴えが響く。


「構いません! 蟲は全て私に回してください!

 この程度であればすぐに使役できます。そのまま援護もできますから!」


「シルト、蟲は中央に誘導してユラシルに任せて左の魔獣を! 私が右に入る!」


 ハルシュはシルトの右側を駆け抜けると、飛びかかってきたマッドネスネークを細身の剣で断ち切る。

 その勢いのままに3体のモラシュルへと突進した。


 左右に分かれた魔獣の集団、その間を多数の魔蟲が駆ける。

 カマキリやムカデのような魔蟲の群れはユラシルへと群がろうとしていた。


 だが、横笛の音色が響いたのと同時、唐突に何かにはじかれるように視線を互いに向ける。


 その場にいる者たちにはただの美しい音楽でしかないが、蟲にとっては思考を奪う音色。

 響く横笛の旋律に誘われるように魔蟲たちは唐突に向きを変え、仲間同士で牙を剥いた。


「ハルシュちゃん! 出過ぎよ! ニアスちゃん。援護を」


「分かってます。ウィンド・ブラスト・ランス!」


 ニアスの詠唱に反応し風が集まる。

 最初は球状だったが次第に形を変え、最終的に馬上槍のような形を形成。ニアスが杖を振り下ろすのを合図に魔獣の群れへと向かい貫いていく。


 次々貫いていったそれは魔獣の群れの中央で爆発。爆風とともに魔獣だったものがあたりに広がった。


 戦況は順調。第3波を終えても中衛の負傷者はわずか数名。

 波の折り返し地点に差し掛かるが、ここまではいつも通り。


 だが、ローグの表情は芳しくなかった。

 そのことにいち早く気が付いたハルシュが剣についた血を払いながら声をかける。


「浮かない顔だけどどうしたの? ユラシルのこと?」


「いや、ユラシルの心配はしてない」


 微笑みながら返したローグは横目でユラシルを見る。


 彼女はその隣にいるトラスロッド、ニアスと会話をしていた。

 表情から疲れの色があるのは見えるが何かに迫られているようには見えない。


(慢心はない。かといって緊張もし過ぎていない、良い表情だ)


 現状ユラシルの働きに不満は一切ない。

 最初こそ緊張があったようだが、戦闘中はその力を遺憾無く発揮しているおかげで少し扱いが面倒な魔蟲をほぼ全て無視できている。


 そのためローグ、シルト、ハルシュの3人の負担はかなり軽減されていた。


「たしかにな。彼女のあの蟲を従える腕、なかなかだ」


「ええ、きちんとどの蟲を使うかを選んでぶつけてる。しかも毒持ちは優先して操っているし、他の蟲達は私たちの援護ができてる。すごい逸材ね」


 シルトとハルシュの素直な賞賛の言葉につい頬が緩みそうになったが、その気持ちを押さえつけたローグは話を戻す。


「ハルシュ、シルト。今回の波、なにか妙じゃないか?」


「妙?」


 シルトが聞き返し、ハルシュは首を傾げる。

 少し唸りながら自信なさげにローグは付け加えた。


「なんか魔獣の群れの密度が薄くないか?」


「群れの密度、ですか」


 その声はハルシュとシルトのものではなく、ニアスのものだ。

 3人集まって話しているのを見て何事かと感じて来たようで、その後ろにはトラスロッドとユラシルもいる。


「半年に1回だし、毎回参加してるわけじゃないから断言はできないけど……なんか余裕があるんだ」


「ん〜、それはユラシルちゃんとニアスちゃんがいるからじゃないかしら?

 今まで4人で参加してたのにいきなり6人になったんだもの。余裕も出るわ」


「そう、かな」


(たしかにそもそもの人数が違う。しかも2人の実力は相当なものだ。

 トラスロッドの言うとおり余裕があるのも当然といえば当然……ん?)


 そろそろ第4波が来る時間だ。

 この違和感も「人数が多いせい」と違和感を押し流そうとした瞬間──ローグの目にあるものが映った。


 ムカデのような魔蟲、センピードの死体。


(たしか毒袋って結構良い値段で売れるんだよな。

 薬の素材にも使えるから終わったら回収しておきた──いやいや待て)


 もう波が終わった時のことを考えている自分に気合いを入れ直そうと頬を叩いた時、また別の魔蟲の死体が写る。


(あいつの甲殻は魔術の触媒で高く……)


 それに気が付いた瞬間、ローグの頭に1つの推測が組み上がった。


「待て……」


 無意識下に呟かれたその言葉に戦闘に備えようとして全員がローグへと視線を向けた。

 それすらにも気付かず彼は視線を左右にせわしなく這わせながら確認するように呟き続ける。


「なんでこんなに良い素材の魔蟲が転がってる?

 魔獣の方もよく見れば皮や爪、牙はもちろん肉も美味くて高く売れる奴ばかりだ」


 ローグの呟きを聞いたハルシュも彼の中に浮かんでいる考えに行き着いた。

 同時にバッと顔を前衛がいる方向へと向けたかと思うとすぐに直掩、後衛がいる方向へと向ける。


「……まずい」


「なに? どういうことだ、ハルシュ。ローグも」


「俺たちは誘い出された」


「「「ッ!?」」」


 ハルシュとローグ以外の全員が驚愕に目を見開いた。


「魔獣や魔蟲の素材が高いとなれば探索者は間違いなく狩りに行くし、群れの密度が薄かったら前衛は前に出やすくなる。作戦の都合上、それにつられて中衛も上がる」


「結果、前衛集団と後衛集団で差が開いて戦線が縦長になる。

 本来ならばもっと横に広がるはずなのにも関わらず、ね」


「いや、待て。それを抑えるための軍だろ。なんで探索者の行動を抑えないんだ?」


 探索者の統制のために各部隊には軍が配置されている。

 その理由は戦況を監視して指揮官の指示を伝えるための中継、勝手な行動をしないように監視と統制のためだ。


 前衛、中衛が前に出ているということは軍のその役割が正常に機能していないことを意味する。

 その理由もどこかにあるはずだが、軍に所属していないローグとハルシュにわかるわけもない。


「そこまではわからない。それよりも俺たちがどうするかを、考……え……」


 言いかけた瞬間、ローグの顔色がみるみる青ざめていく。


 彼の目が捉えたのは、波の右側、小高い丘──

 何もないはずのその場所に、土煙を従える()()()がいた。


 全員が彼の視線の先を見つめたがそこはちょうど波の右側、小高い丘があるだけで何もない。


「いや、あれは……」


 ユラシルが異変に気づいた刹那、何かに押し倒される。

 次の瞬間──轟音ともに、巨大な影が探索者を蹂躙し、押し潰した。

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