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残影の追放者 〜追われし者よ、どうか良きヒトの世で〜  作者: 諸葛ナイト
ユグドラシル暴嵐

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波の始まり

 いつからかユグドラシル内でしか発生しないはずの魔獣が外に溢れ出るようになった。


 ──波


 周期は半年に一度、場所はユグドラシル南西、数は平均して3,000。

 発生した魔獣は奔流を成し、林を越えてなだらかな丘を有する平野を突っ切るようにルイベ帝国帝都へと向かう。


 帝都から出発して2日ほどで到着した戦場となる場所で陣形を展開しつつある者たちを見ながらユラシルは疑問を口にする。


「あの、なぜ魔獣は帝都へ向かうのでしょうか。

 魔獣って意思を持たないはずじゃ」


 魔獣に知性はない。

 一部には不出来ながらも言語を有している種類もたしかにいるが大半は普通の動物同様に本能で動いている。

 であれば一直線に帝都へ向かうということはせず、もっと広範囲に広がるはずだ。


 その疑問に答えたのはシルトだった。


「帝都へ向かうってのは偶然でな。

 あいつらは発生した場所から一直線に進んでるだけなんだ」


「ええ、その先にたまたま帝都があるという話です」


 そう補足したのは、ユラシルと似た背格好のエルフの少女だった。

 金髪を背中まで伸ばし、童顔ながらも意志の強さを感じさせる深緑の瞳を持つ彼女はニアス。

 彼女こそ、ローグがパーティを追放された原因となった少女だ。


「ともかく、進む方向が分かっているからこそ私たちはこうして防衛線を張れるってわけ」


 説明を付け加えたハルシュの視線の先には広範囲に広がる林。

 そしてその奥には天を穿つ巨大な樹が伸びている。

 彼女の視線がユラシルに向き、口が開かれる瞬間に別の声が飛んだ。


「おーい。ハルシュ! 来てくれ。他のパーティとすり合わせがしたい!」


 ハルシュを呼んだローグの近くには他のパーティのリーダーであろう者たちがいた。

 彼女は逡巡したがキュッと口を噤むとローグへ声を返す。


「ええ、今行く!」


 集まって話を始めたローグとハルシュ。

 ここに来るまでの数日と合わせて思い返してみても追放した者、された者という関係にしてはあまりにも普通過ぎる。

 ローグは恨みを向けることはなく、ハルシュも彼の事をぞんざいに扱っているようには見えない。


 遠くで話をしているローグとハルシュを見つめていたユラシルはこみ上げる疑問を押さえきれず、ぽつりと呟いた。


「なんでこうやって協力できるのに……追放なんて」


 隣に立つシルトが腕を組みながら小さく息を吐いた。


「あいつから話は聞いたんじゃないか? 金がなかったんだ」


 そう言って、ユラシルへ視線を向ける。


「なぁ、ユラシル。パーティに税金があるのは知ってるな?」


「はい。5人以上から費用が重くなるというのも聞いてます……でも!」


 思わず強く言い返してしまったユラシルに対してシルトは静かに彼女を見つめて頷いた。


「納得はできない。そりゃそうだ」


 シルトに続いてトラスロッドが続けて言う。


「でも私たちはパーティが残ることを選んだ。今よりも強くなれば彼の居場所を作れるって思ったのよ」


「その間ローグさんを1人にして、もし何かあったらどうしたんですか?」


 ユラシルの指摘はシルトとトラスロッドの心を的確に抉る。

 彼らが持っていた懸念、それはユラシルの指摘と全く同じものだった。


 しかしそれでもなお追放した。

 その理由をトラスロッドは自嘲気味な笑みを浮かべながら口にする。


「信じているのよ。

 ローグちゃんは強いわ。私たちの誰よりもね」


「ああ、そうだな。俺よりも膂力はあるし、ハルシュよりも剣は上手いし、才能もたぶんニアス以上にある。

 唯一の欠点は魔術が使えないってことぐらいだ」


 語る2人の優しげな声音とにこやかな表情は彼らのことを話していたローグと全く同じものに見えて嘘だとは思えない。

 ふざけているわけでも、揶揄っているわけでもない。彼らは本心からそう語っていた。


「だったら……こんなの悲しすぎますよ!

 誰も喜んでない。みんな苦しんでます」


「それでも、だ。

 ギルド以外で受けられる仕事ってのはかなり安いものか、裏の仕事ぐらいだ。

 前者はいずれ食えなくなるし、後者は今よりももっと危険だ」


 トラスロッドが小さく息を吐き、拳を握りしめると苦しそうな表情を浮かべた。


「……私たちも、ローグちゃんもそれを理解している。

 ただその時は……いいえ、今も全員死ぬか1人が苦しむかを選ぶしかなかった」


 彼らはどうしようもない選択肢を迫られてその中で最善と思われる方をとっただけである。

 そんなことはユラシルもとっくに理解していた。


 だが、やはり納得はできない。

 全員が全員この選択しかないと歯噛みしながら選んだ。

 そこに恨みはなく、妬みもない。あるのはただ悲しみと虚しさだけだ。


 そんな彼らにユラシルは何もできない。


 これはローグだけの問題ではなく、このパーティそのものの問題だ。

 金がないという理由から追放したことを完全に割り切っているのならば良かったが、全員がその選択を後悔している。


(こんなの……私にはどうにもできない)


 ユラシルは横笛を握りしめて俯く。

 奥歯を噛みしめたが、込み上げる涙は堪えきれそうになかった。


 そんな彼女に、シルトが静かに声をかける。


「あいつは……あいつは俺たちを恨んでいたか?」


「いえ、信じてます。今も、ずっと」


「やっぱりそうか。はは、そりゃあいつらしいが、キッツイなぁ……」


 乾いた笑い声と共にそう呟くシルトの顔をユラシルは見られなかった。

 見たくなかった。


 シルトはローグたちを見ながら話を再開させた。


「俺は、ローグにはもっと先に進んでほしかった。そう望んだ。

 でもあいつは例えそう思われているのがわかってても待つつもりなんだろうな。ずっと」


「はい……」


 未だ顔は上げられないユラシルを励ますようにトラスロッドが力強く言った。


「それなら頑張らないとね。私たち」


 その言葉には焦りの色が伺えたが、迷いのない決意が込められていた。


◇◇◇


 波に対抗する作戦は定型化されている。


 部隊を前衛、中衛、直掩、後衛の4つに分ける。

 前衛が迫る波を受け止めながら足止め、その間に中衛が波の左右を挟み込むように展開し、逃げようとする集団を中央へと押し返すように迎撃。

 後衛は二部隊が誘導、足止めしている集団に砲撃を行い、直掩は主に後衛の支援、すり抜けてきた魔獣の殲滅を担う。


 軍はそれぞれの部隊を統括する役割を持つというのも定例のことである。

 今回の波迎撃の指揮を行うのは凛々しい相貌の女性エルフ。

 その顔立ちや3つ編みをアクセントにしたシニョンの美しい金髪からは生真面目という印象を強く受ける。


 名前はライセア・リゼット。

 社交界でドレスを着ている方が似合いそうな美しい凛とした顔立ちでありながらも重苦しい鎧を纏う彼女は部下の1人へとその蒼い瞳を向ける。


「……私は本当に後方でいいのか?」


「リゼット様、何度も申しますが立場をご理解していただきたく。

 今のあなたは指揮官です。前に出てみなを鼓舞する者ではなく、後方に控えて脳となることこそがあなた様の責務です」


 部下の少し辟易としながらもあまりにも冷静で的確な言葉にライセアは返す言葉を失う。


 彼女は元々は軍のダンジョン探索部隊に所属していた。

 だが2週間ほど前、根の15階層突破に一役買ったことでその力を認められて地位が上がり、勲章も授かった結果、数百人規模の部隊の指揮を任せられるようになった。


 今の地位や勲章は自分の力が女帝に認められていることの証だ。

 誇りであり栄誉なことは理解している。


 しかし、前線に出て剣を振るってきたライセアにとっては今の立場は落ち着かないものだった。


(どうにも私には合いそうにもないな。いや、慣れるしかないのか……)


 危うく溢れかけたため息を食い殺したライセアは蒼い瞳に映る部隊へと視線を移す。


 軍所属が200、探索者(パイオニア)が300の計500人

 いつもの波とあまり変わらない兵力だ。


 配置についた部隊を小高い丘から見下ろしていたライセアへと別の部下が報告を上げる。


「第一波の魔獣の発生を確認。

 北東より帝都へ向け進行開始。数はおおよそ800。

 先頭は300秒ほどで前衛と接触します」


「よし、全部隊へ通達。

 作戦通りに波を潰す。諸君らの武勇を示す時と」


「はっ!」


 立ち去る部下の背中を見届けたライセアは目を閉じて深呼吸。

 そして見開くと早る気持ちを落ち着かせるように剣の柄に手を添えた。


(例え思うところはあろうと今は目の前のことに対処する。

 それが軍に所属する者の努めだ)


 そうして波が始まった。

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