当然への疑問
ローグたちの話を聞き終えたマグリルは玉座に深く座り込み、唸り始めた。
「たしかに……ユグドラシルとオリボシアに異変があったのであれば、レムトーズにも異変があってしかるべきではある……が」
「どうかいたしましたか?」
ライセアの質問にマグリルは眉をひそめて顎をさすった。
「私たちのほうでも調査はしたが何もなかった。
少なくとも派遣した軍や探索者たち、そこに住むフェアリーたちも『特別変わったことはなかった』と口をそろえて言うばかりだ」
さも当然のようにさらりと語られた驚愕の事実を聞き逃さなかったゾーシェは、その衝撃を隠すことなく声を上げる。
「住むって、あんなところにヒトが住んでるのか!? ……ですか?」
いつも通り出てきた言葉に気まずそうに付け足したゾーシェに「気にするな」とでも言うように微笑みながら手で制したマグリルは頷いた。
「ああ、我がトーンシーのダンジョン、乖離島レムトーズだが、実際はともかくとして見た目上は島になっておってな。
そこだけならば普通の島と何ら変わらん」
「え? でもダンジョンなのよね? 魔獣が島の部分に現れたことは一度もないの?」
「ない。少なくともトーンシーができてから魔獣が島に上がった報告はない。
島の大きさ自体も中規模の村が2つ3つ入るかどうかという程度だ。フェアリーだからこそ問題なく住めておるのだろう」
その答えにシミッサは横目でユラシルたちを見る。
彼女自身が実際に見たことはないが、ユグドラシル周辺では波と呼ばれるダンジョン周辺に魔獣があふれ出る現象を聞いた。
ローグたちもマグリルの言葉に驚いてはいるが「信じられない」というよりも「本当だったのか」というものが近い。
「話を戻すぞ。ともかくダンジョンに異常はないというのが現状、我々が得ている情報だ。
これをそなたらはどう考える」
「そう、ですね……その報告書を見せていただくことは?」
「手配しよう」
ローグの要望に二つ返事するや謁見の間出入り口に控えていた近衛騎士1人に目配せ。
それを受けた近衛騎士が仰々しく頭を下げるといそいそと謁見の間から出て行った。
それを見送ったマグリルの目が向けられたことを確認したローグが改めて意見を口にする。
「まだ活動を始めていないということはないでしょう。
その活動を中断したと考えるほうが妥当かと思います」
「ユグドラシルとオリボシア、どちらも事を起こしたが失敗に終わった。
であれば『このまま続けていても自分も同じ目にあうかもしれない』と考えて作戦を中断した、か」
マグリルの整理に頷いたローグ。そんな彼を見て少し考え込んでいたライセアが言葉を口にする。
「こうも考えられませんでしょうか? すでに活動を始めているがまだ我々が気が付けていないだけ、と」
「邪魔されるかもしれないのにですか?」
ユラシルの疑問にライセア小さく頷き続ける。
「もちろん邪魔される可能性を考えるだろうが、しかし『この何百年とバレていなければ続けても問題ない』と、考えるのもまた自然ではないか?」
「それって、どういう?」
ユラシル、ゾーシェ、シミッサはライセアの言葉の真意が読み取れずに首をかしげていたがローグとマグリルは違っていた。
「「……ッ!?」」
息を飲み、目を見開いた2人のうち先に重い口を開いたのはマグリル。
「あり得る話だが……ローグ。そなたはどう思う」
「私も同じ意見です。ですが、そうなると少々厳しい状況ですね」
「私たちも調査は行いますが、もしこの推測通りならば我々が調査を行ったとして成果が得られるかどうか……」
3人の間だけで話が進んでいく状況についに我慢の限界に達したイコリスは彼らの意識を引き上げるように両手を数度叩き合わせる。
乾いた音にハッとしたように視線を向ける3人にため息をこぼして続けた。
「はいはい。周りを置いてけぼりにしない。つまり、どういうこと?」
その質問に最初に答えたのはローグたちではなくアナンナだった。
「つまり、私たちが当然であり普通と思っていることが実は違う、ということかしら?」
浮かんだことを整理しながらであったためか少し自信がなさげな声だったが、3人は頷く。
それを見てゾーシェも「なるほど」と腑に落ちた。
「たしかに、本来なら異常なことが当然のように続いていたらわからないよな」
「はい。ユグドラシル周辺の波も私とダスラが分離して管理体制が崩れたことが原因で発生していた、本来ではありえない現象です。ですが──」
「ルイベのヒトたちの間ではそれが当然で当たり前の現象だった」
半ば聞くようなシミッサにローグとライセアは頷いた。
それを見てイコリスがまとめる。
「ユグドラシルの波みたいな本来ならありえない現象がレムトーズでも起きている可能性があるってわけね。
なら、それを調べることができれ……あっ!」
そうして話をまとめていく内になぜローグたちが険しい顔をしていたのかを理解した。
その理由をローグが改めて口にする。
「はい。本来ならありえない現象を調べればよい。
ですが、レムトーズでは本来あり得ない現象がなんなのかわからないのです」
「少なくともトーンシー建国以前の情報は何も残っていない。
もはやなにが異常で、なにが正常かもわからん」
匙を投げるような口調で大きく息をついたマグリルは玉座に深く座り込んだ。
それを横目にライセアが言う。
「ユグドラシルやオリボシアの時のように突然起こるようになったのならば、異常と推察できます。ですが、今回は建国時から特別何か変わったことはない。
調べるきっかけどころか目星すらつけられない状況」
ライセアの冷静な現状分析により、謁見の間には絶望的な重苦しさが漂い始めた。
今できることとすれば他ダンジョンとの比較ぐらいなもの。
だが、ダンジョンごとに特性や立地条件が大きく異なっているため、単純な比較は行えない。
無理やり比較したところで結局のところ、それがダンジョン固有のものなのか、異常なのかを判別するだけの材料がない。
「……あまり言いたくはないけれど、手詰まり感があるわね」
アナンナの言葉に気休めの言葉すら出ることはなかった。
ローグはそのことを歯がゆく思いながら思考を回す。
(とはいえ、何も行動を起こしていないと言うのも不自然だ。
時間をかけて調べるしか……いや、ダメだな。ダンジョンの調査なんて1年2年で終わらない。下手すりゃ数百年単位の時間だ)
ユグドラシル、オリボシアどちらも後手に回ったことで多くに被害が出た。
レムトーズではまだ間に合う可能性がある。
しかし、現状はただ時間をかけて調べるしかないという歯がゆい状況。
(ともかく一度行ってみないことには何もわからないか、よし)
ローグは逸る気持ちを落ち着かせるように息をついてマグリルに進言する。
「ここで今、頭を突き合わせても結論は出ません。我々でレムトーズに直接赴き、調査を行います」
「無駄骨になるやもしれんぞ?」
「無駄骨になった、というのも立派な情報です」
想像していなかった返しにマグリルは目を丸くして大きな笑い声をあげた。
その軽い返しと雰囲気で重かった空気が少し緩む。
「ならばローグたちに調査を頼もう。必要なものは城の者に伝えよ。可能な限り手配する。
寝泊りもこの城で取れ。情報は些細なものでも逐次共有するものとする」
「はっ」
そうして話がまとまりかけたところでイコリスが声を上げた。
「ローグ、私もついて行っていい?」
「イコリス皇女?」
唐突な申し出にローグはどう返せばいいのか一瞬、言葉に詰まらせたが横目でマグリルを一瞥して返す。
「皇女自ら赴く必要性はないと思いますが?」
「あら、情報を集めるなら顔が広いヒトは必要でしょ?
少なくともこの国で私より顔が広いヒトはそういないと思うけれど?」
ウィンクも合わせて笑顔で言ったイコリス。
その表情と言葉自体は軽いが目は真剣そのものだ。ダンジョン内の危険性もこれから行わなければならないことの難しさもおそらく理解できている。
それがわかっているからこそ、マグリルとアナンナは彼女を止めようとはしていないのだろう。
それどころか「まかせる」と言わんばかりに黙って返される言葉を待っている。
(今の俺たちなら護衛をすることは簡単だ。
でも、完璧はない。もしあのお体に傷1つでもついてしまったらそれだけで大問題だ)
もう一度イコリスの顔を見たが考えを簡単に改めてくれそうには見えない。
無理やり断ることも恐らくできるだろうが、観光案内という些細なことであれ恩がある。
それに対して仇で返すということもあまりしたくはない。
(いや、考え方を変えよう。今回は調査だ。それもまず何をどう調べるかっていう段階。
イコリス皇女の存在自体が俺たちを冷静にさせ続けてくれるかもしれない)
今回の調査はまさに手探りの状態から始めなければならない。
もし自分たちだけで調査してしまえば焦って無茶をしてしまう可能性がある。
加えてある程度の土地勘もあり、顔が広いこと考えれば今回の調査の目的である「異常の有無調査」においては必要な存在だ。
(断る理由はない、な……)
ローグは念のためライセアの目を見る。
彼女もローグと同じ結論に達したのか静かにうなずいて答えた。
「お心遣いに感謝いたします。
こちらとしても願ってもないこと。ぜひともイコリス皇女のご助力をいただきたく思います」
「そう、じゃあ、よろしくね。みんな」
安心したように表情を綻ばせるイコリス。
彼女を見て今度こそ話がまとまったのを確信してマグリルが言い締める。
「では、此度の謁見を終わる。調査とイコリスの護衛はローグ、そなたに一任する。任せたぞ」
「はっ。我が名に賭けまして」
そうして彼らのトーンシーでの生活が始まった。




