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残影の追放者 〜追われし者よ、どうか良きヒトの世で〜  作者: 諸葛ナイト
トーンシー皇国

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トーンシー皇王

 トーンシー皇国はミィルフラー大陸北東部、大海に面した場所に皇都を構えている大国だ。


 ジュノアと同じく海に面した場所ではあるが、その様相は大きく異なる。


 最初から半ば要塞として作られたことがあり、港から数段盛土がなされているのだ。徹底して行われているそれはもはや海岸にそびえる丘のようにしか見えない。


 また、港側には城壁も並べられているためかなり物々しい雰囲気を放っている。


 それが手枷で両手を縛られたまま船から降り立ったローグたちが目にしたトーンシー皇都の威圧的な第一印象だった。


 全員が全員、無意識に口を半開きにさせて城壁を見上げる中、シミッサがようやく感想を口にした。


「なんというか……すごいところに来ちゃったって感じがする」


「はい。なんというか他の大国よりも物々しく見えますね」


「ミィルフラー大陸の大きな玄関口だからな。当然ながら海外からの船が多い。不測の事態に備えるとなればこうもなろう」


 ライセアの推測をすぐ隣にいるイコリスが頷いて補足する。


「そ、一応は私たち皇族が住む都だからね。でもここが要人専用の港だからってのもあるかもしれないわ」


「そうね。城壁の向こうはルイベやディザンとそう変わらないわ」


 さらに言葉を足したアナンナの様子は罪人ではなく、客人に紹介するような柔らかいものだった。

 そこにローグたちを油断させようと画策している様子はない。


 実は騙されていて港に降りた瞬間、拘束される可能性を考えていたローグはようやく警戒を少し解いた。


 彼と同じようにゾーシェも警戒を解いてアナンナに問いかける。


「えっと、俺たちはこれから城に?」


「もちろん。それまでは拘束しておくけど、許してちょうだいな」


 アナンナの言葉を受けたローグたちは近衛騎士に引かれるまま港から出て城壁内部に入って城に向かった。


 薄暗く息苦しさを覚えながら歩くこと数十分。


 そろそろ両手に繋がれた枷を重く感じ始めたころ、ようやく彼らはトーンシーの皇城に到着した。


 裏口のような質素な出入り口から城に入ったところで鎖を引いていた近衛騎士たちがローグたちそれぞれに付けられていた鎖を外す。


「っ、あ~! 自由って感じだ~!」


「さすがにちょっと重かったね~」


 途端、ゾーシェとシミッサが軽い口調で背を伸ばした。


 2人のように態度や言葉で解放感を表に出すことはなかったローグたちだが、それでも慣れない拘束から解かれて息をつく。

 少し違和感の残る手首を擦るローグはイコリスとアナンナに視線を向けた。


「ありがとうございます。我々の言い分を信じていただけて」


「当然じゃない。あなたたちのことはルイベとディザンから聞いていたのだし。

 むしろこちらの落ち度で一時とはいえ客人に対して失礼な扱いをしたことに謝罪するわ」


 アナンナは心の底から申し訳なさそうに眉を寄せている。

 ローグのほうもその謝罪をそのまま受け取るように小さく頭を下げた。


 そんな2人を見ていたライセアは視線をイコリスに向ける。


「イコリス皇女、わかっておられると思いますが、あなたが起こした問題はあのように誰かが納めなくてはならなくなることもあるのです。

 もし、アナンナ皇后陛下が誰かに謝罪するところを見たくないのであれば、今回のような軽率な行動は控えたほうがよろしいかと」


「うっ、わ、わかってるわよ!

 少なくとも私が謝って済む程度に抑えるわ……」


 ライセアに改めて釘を刺されて少し落ち込んだ様子のイコリスにユラシルが話の流れを変えるように問いかけた。


「あ、あの、これから私たちはどうすれば?」


「とりあえずお父様の耳にはもう入ってるはずだから話はすぐできると思うわよ。それまでは客間にでも──」


「いえ、すぐに謁見の間に行くわよ」


 ローグとの話を終えていたアナンナが会話に割って入ってきたことに少し驚きつつユラシルが首を傾げた。


「あの、よろしいのですか? とてもお忙しいのでは?」


「そりゃ、皇王だもの。でもあなたたちはそれだけの客人よ? それに、ただ世間話がしたいってわけでもないのでしょ?」


 アナンナが横目で見る先にはゾーシェやシミッサと互いに手首を揉み解しあうローグ。

 表情や雰囲気は今でこそ穏やかなものだが、ここには観光だけで来たわけではない。


 そのことを思い出したユラシルは気を引き締めるように小さく息を吐いて頷いた。


◇◇◇


 トーンシー皇城の謁見の間はルイベのそれに近しいものだった。


 天井からはシャンデリアが吊るされ、どこか気品のあるその光で照らされる部屋。

 そんな部屋を分断するように敷かれた赤いカーペット。その先には少し段差が設けられて仰々しい玉座が設置されている。


 部屋に通されてローグたちは玉座の前で跪いては頭を下げ、玉座の左側にはアナンナとイコリスが立っている。


 大国の王との謁見が初めてではないとはいえ、それでも戦闘とはまた違った緊張感を覚えて少し体を固くさせていた時だった。


「マグリル・フォン・トーンシー皇王陛下、入場!」


 謁見の間にある玉座。さらにその左奥にある扉からマグリルが現れた。


 イコリスと似た彫りが深く男らしい顔たちだが、どこか清涼感のあるきれいな顔立ち。

 薄い青が混ざった灰色の髪はオールバックでまとめ上げられ、後ろには細く束ねられた一房。


 アルケイデスほど逞しくはないものの、鍛え抜かれた肉体が出す品格ある威厳。

 それを確かな足取りで纏いながら玉座へと歩を進めたマグリルは腰を下ろした。

 

 そして頭を下げるローグたちを見回して声を上げる。


「顔を上げよ」


 男性にしては少し高い声に従ってローグたちは顔を上げた。

 改めて面々を見たマグリルは小さく笑みを浮かべる。


「話したいことはあるだろうが、まずは我らの宝であるイコリスを無事に送り届けてくれたことを感謝する。

 本来ならば大々的に喧伝しなければならんことだがそれはできん。委細必要か?」


 その問いに代表して答えるのはライセア。


「いえ、我らも御身の御立場、おこがましくありますが拝察(はいさつ)しておりますゆえ」


「は、はい。イコリス皇女と共に過ごした貴重なお時間は私たちの忘れがたい思い出となりました」


「そうか……」


 静かに発せられたマグリルの声はどこか嬉しそうなものがあり、安心しているようだった。

 そして、それをきっかけに少し張りつめていた空気が緩む。


「よし、では形式ばった話は終わりろう。

 君たちの訪問を我らトーンシー皇国は歓迎する。ゆっくり羽を伸ばすといい」


 言葉の端々には皇族、一国の代表の威厳はあるがそれでも声音はあまりにも気安いものだった。

 友人と話すような突然の変化に目を丸くしているローグたちにマグリルは温かな笑みを浮かべる。


「フィールエの手紙で大まかの事情は知っている。アルケイデスからもな。

 だが……ぷっ、くくくっ」


 最初こそ普通に話していたが、途端にはそのことを思い出して我慢できなくなったマグリルは吹き出しては笑い声をこらえながら続けた。


「いやいや、いつもなら代筆をやらせるあいつがわざわざ筆を取って直接手紙を出しおった」


「アルケイデス国王が……? そのようなお手間を」


 アルケイデスが手紙を書くイメージはたしかにあまりないが、それでも王であれば手紙を書くことそのものは珍しいものではない。


 そのため、ローグたちは首を傾げるしかなかった。


「あいつは字があまり上手くなくてな。

 そのことを少し恥じているようなんだが、そんな奴が自分で筆を取ったかと思えば、『ローグは私が先に目を付けた』と書いてきた。

 あれ程まで執心するのは息子だけだと思っていたが、そうでもなかったのが面白くてな」


「は、はぁ……」


 王ならばともかくとして、ただの探索者である彼らが王を笑うことは不敬にあたる。


 ここはトーンシーとはいえ、ローグたちとしては曖昧な相槌を打つしかなかった。

 そんな遠慮がちな反応など意に介さず、マグリルは楽しそうに話を続ける。


「それに……フィールエだ。あいつもまさか個人的な頼みをしてくるとは思わなかった」


 しかし、その優し気な表情と言葉でようやくローグたちはマグリルが王を笑っているのではなく、喜んで安心していることを察した。


 まるでそれを認めるようにマグリルは肘を付く。


「アルケイデスは息子のことで悩んでいたようだし、フィールエも言葉にすることはなくとも、まだ夫を迎えられていないことを気にしておった」


 脳裏に2人の王を思い浮かべて小さく「ふっ」と笑うと視線をローグに向ける。


「だが、ローグ。お前と出会って彼らの中の重しが少し軽くなったようだ」


「マグリル皇王はお2人を気にかけておいでだったのですね」


「無論。例え1つの国となることはできずとも、似た境遇、立場、責任を負う者だ。

 彼らが君を友と呼び、認めるのであれば私もまた君を友と呼ぼう」


「身に余る光栄でございます」


 ほほ笑み答えるローグに同じく笑みを浮かべたマグリルが続ける。


「私の話は終わりだ。それではローグ、そなたの話を聞かせてもらえるか?」


 マグリルに促されてローグはユグドラシル暴嵐、オリボシア動山の事件の内容とそこから導き出した推測を語り始めた。

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