当然の結末
港街ジュノアに朝の日差しが降りる。
新鮮な朝日を反射する海は凪。
しかし港に船はほとんどない。大半の者が朝日が昇る前に漁に出るためだ。
だが、朝日が登り始めるちょうど今、街の住人が目覚めるのに合わせて彼らは帰ってくる。
他の村や街では考えられないほどの活気を見せる市場と港から響く喧騒が宿屋の窓を通して部屋の中まで届いていた。
「んっ……んん」
ゆっくりと目を開いたのはイコリス。
意識は朧げだが宿屋の天井とベッドで寝かされていることから自分が寝ていたと言うことはわかる。
しかし、なぜそうなっていたのかは思い出せない。
(んっと……? ローグと飲み比べして負けたところまでは覚えてるんだけどな……)
二日酔いで少し気怠い上半身を起こしたところで掛布団に重しが乗っているかのような感覚を覚えてその場所を見た。
「……むにゃ」
ベッド脇に突っ伏し、自分の腕を枕にして穏やかな寝息を立てているローグの姿があった。
一瞬出かけた驚愕の声を慌てて両手で押さえる。
昨夜にとんでもない量の酒を飲んだとは思えないほどの歳よりも幾分か幼く見える寝顔。
ここに彼がいるのは部屋に運び込んだ後の看病と警護のためだったのだろう。
結局のところ寝ているのだが、つい先ほどまでは起きていたのかもしれない。
寝顔を見られていたことに少しの気恥ずかしさを覚えつつ、ローグの肩に手を伸ばそうとしたところで彼の寝言が響く。
「む、そうか……俺の血は、酒で作られて」
「なに言ってるんだろ……」
「……なら俺の血を飲めば、いつでも酒が飲めるってことか」
「んなわけないでしょ!」
「うわぁ!?」
イコリスの大声のツッコミで飛び起きたローグは何事かとであたりをせわしなく見回す。
特に荒らされた様子はなく、驚いたように目を見開いているイコリスにもケガをしたような様子もない。
「な、なにかありましたか?」
「い、いえ、何でもないわ」
「そうですか? それならよかった」
心底から安心したように息をついたローグは無理な寝方をして凝り固まった体をほぐす様に「んん~っ!」と背を伸ばす。
そこでようやく窓から朝日が入り込んでいることに気が付いて気恥ずかしそうに頬を掻いた。
「念のためと、この部屋にいたのですが、いつの間にか眠ってしまっていたようです」
酔い潰れながらも辛うじて聞けた情報を頼りにイコリスが泊っている宿部屋まで連れてきたローグはしばらく様子を見た後に酒場に1人戻るつもりだった。
だが、よく考えなくとも皇女を酔い潰したというだけで飽き足らず、そのまま放置していてはまずい、と看病をすることにしたのだ。
「仕方ないわよ。あれだけ飲んだんだもの、そりゃ眠たくもなるわ」
「いえ、いつもはそんなことはないのですが……最近はどうも眠たくなることが多いんですよね」
「それって大丈夫なの? 戦ってるときとかに眠くなったらどうするのよ」
「戦ってるときは集中しているので大丈夫です。そこまで強いものでもありませんし……。
ただ昨夜は私もはしゃぎすぎていたようです」
聞いたものとその実績を考えれば本人が問題ないというのならばそうなのだろうとイコリスは納得できた。
そんな彼女にローグはコップに水を入れながら尋ねる。
「頭が痛くなっていたりはしませんか?」
「ん~、痛くはないけど少し気怠い感じがするわね」
「では薬を取ってきます。飲んで30分もすれば楽になるでしょう」
ローグはそう言うと椅子から立ち上がって部屋の出入り口の前まで歩くとふと思い出したように振り向いた。
「ウィリーアたちも心配しますので今後はあのような飲み方は控えてくださいね」
「それはローグもでしょ?」
イコリスの言葉に同意するようにもごまかすようにも見える笑みを浮かべたローグは会釈を1つして部屋から出て行った。
それを見送ったイコリスは上半身を倒して大きく息を吐く。
「はぁ……いくらやってみたかったとは言え、ライセアたちにも迷惑かけちゃったわね」
根はやはりお転婆で後悔はないが、それでも反省しないほど浅慮ではない。
護衛を撒いてジュノア観光をしていることについても多少悪いと思っているところはある。
(とりあえず昼食はいいところにでも連れて行かなきゃ。刺身が大丈夫だったみたいだし、それ関連?
いや、どうせなら煮付けとかかしら? 旅してる中でそんな手の込んだものは食べられないだろうし)
そうしてジュノアの店を思い出しているところでライセアたちの顔を思い浮かべている時、ふとローグが言い残した言葉が蘇る。
『ウィリーアたちも心配しますので今後はあのような飲み方は控えてくださいね』
覚えた疑問をイコリスは宿屋の天井に向かって投げた。
「ウィリーアって……誰?」
ローグの語調からして昔の仲間ではなく、今も一緒に旅をしているかのようなもの。
あまりにも自然に出てきていた名前にイコリスが覚えたのは寒気だった。
◇◇◇
体調が戻ったイコリスの案内でローグたちはジュノアの港に来ていた。
ジュノアには漁船用と客船用の2つの区画に港が分かれており、ローグたちが訪れているのは後者。
「これが……船、ですか」
「なんというか……」
「ああ、でかいな」
見上げなければその全容を視界に収めることができないほど巨大な鋼鉄の船体がまるで海に浮かぶ城のような威容を誇っていた。
特にローグたちが見ているものは色は青っぽい灰色で統一されており、甲板には大型の帆。
後部には魚の尾ひれのような部位があった。
「なぁローグ、船の後ろにしっぽみたいなのがあるけどあれはなんだ?」
「いや、俺も見たことないな」
「あれは言わばマナの貯蔵庫だ。正式名称はマナ・コンデンサだが、ローグにはコアといったほうが伝わるか」
「あぁ~!」
マナ・コンデンサとはマナを貯め、放出する機能を持った装置だ。
機能としては単純であるが、その分活用先は多岐にわたる。しかし小型化が全くと言っていいほど進んでいない。
ゴーレムでは可能な限り小型化したがそれでも一般的な家屋程度の大きさ。
ドールの方はサイズこそヒト程度にはなったが、コアからケーブルでの供給を受けているため活動範囲が短い。
関所などの防衛には重宝されているが、それでもいまだ欠点が多い代物である。
「それが船にってことは、あれ漕がなくても動くのか?」
「なんなら風もいらないわ。あの帆はマナを取り込むためのものなのよ」
ローグたちが「へぇ~」と興味津々といった様子の顔を浮かべる中でイコリスはライセアに尋ねる。
「にしても、ライセアはよくあれがコンデンサってわかったわね?」
「友人から聞いていましたから」
「友人?」
「エアーリア・バールシェムです」
「あら、マナ・コンデンサ開発の第一人者じゃない。顔が広いのね」
「ゴーレムやドールが実戦投入されれば損害は減りますからね」
ローグたちとともに船の後部を見に行こうとしていたシミッサは2人の雑談を聞いて足を止めた。
「ねぇ、今気が付いたんだけどさ。マナ・コンデンサってよく使われるもの?」
「ああ、ゴーレムやドールを動かすときにはよく使われるが?」
質問の意図を汲み取れずに首を傾げつつ答えたライセアにシミッサは少し唸って新たに問いかける。
「そうじゃなくて、商人とか海外のヒトが買えるものなの?」
「う~ん、難しいと思うわよ? 金額は出せるでしょうけど、売ってはもらえないでしょうね」
返されたイコリスの答えでようやくライセアはシミッサの質問の意図を理解した。
即座に船のほうを向いて必ずあるはずのそれを探すが、ない。
(国章がない? だがこれほどの船を用意するのならばそれこそ大国でもなければ──)
ライセアが違和感を覚えたのと同時、シミッサがそれを見つけた。
「ねぇ、あれヒトじゃない?」
「「え!?」」
シミッサが指さした先にあるのは煌々と輝く太陽。
それを背後に船から飛び降りたのだろう人影がライセア達めがけて落ちてきていた。
彼女たちが行動を起こすよりも先に着地したそれは「ドンッ!」という響く着地音と共に砂埃が舞い上がったが、それに負けじと凛とした声が響いた。
「どこに行ったかと思えばここにいたなんてね。全く、誰に似たのかしら」
少し低めな女性の声の主はフィシュットだった。
魚のヒレのような耳、頬や首筋にある鱗の輝きは同族以上にイコリスと似ている。
それこそかわいらしい顔立ちの中でも溢れる凛々しさは彼女がより歳を重ねた姿と言ってもいいほどだ。
可憐というよりは端麗というにふさわしい彼女を見てイコリスは引き攣った笑顔で半歩下がる。
「お、お母様……」
船から飛び降りて来た女性の名はアナンナ・フォン・トーンシー。
トーンシー皇国の皇后であり、イコリスの母そのヒトであった。




