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残影の追放者 〜追われし者よ、どうか良きヒトの世で〜  作者: 諸葛ナイト
追放者

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パーティの現状

 ルイベ帝国の中心である帝都でも夜となれば通りの賑わいも落ち着いたもの。

 2つの月が夜空に浮かび、巡回の軍者の足音と虫の声だけが響く静寂。


 しかし、酒場だけは別だった。


 その店の広間では探索者(パイオニア)や旅人、商人が集まっては各々に酒を呑み交わしている。


 笑い声や話し声、喧嘩にでも発展しそうなほどの喧騒の中を縫うようにすいすいと進み、奥のカウンターまでたどり着いたローグは代金を置いて注文する。


「エールと塩肉を」


 カウンターにいた若い男性ノーマは代金を掴むと「あいよ」と言いながら棚から木製のジョッキを取り出し、大きな木樽の方へと向かった。


 作業風景をぼーっと見ていたローグだったが、背後の気配に気がつき振り向く。

 そしてその先にいた予想通りの人物を見た彼は表情を緩めた。


「久しぶりだな。シルト」


 ローグが声をかけたのは筋肉質なノーマの男性、シルト。


 焦茶の髪をオールバックにし、後頭部には獣の尻尾のようなおさげ。

 荒々しい目鼻立ちの彼は断りもなく隣の椅子にドシっと腰を下ろした。


「ああ、3ヶ月ぶりだな。元気そうで何よりだ」


「そっちもな」


 シルトもまた、ローグがかつて所属していたパーティの仲間だ。

 その恵まれすぎた体格と盾でパーティへの攻撃を防ぐと同時、斧を用いて一番に戦場へと突っ込む切込隊長でもある。


 2人が再会の言葉を交わす中でローグへと木製のジョッキがカウンターから差し出された。

 それを見たシルトはカウンターの男性ノーマに酒と軽くつまめるものを頼むとローグへと話を切り出す。


「昼間トラスロッドに会っただろ? もしかしたらここにいるかもしれないって思ってな」


「俺もだよ。帝都にみんなが来てるなら確実にお前はここに来る」


「お見通しってわけか」


「そりゃ3年ぐらい一緒にいたんだ。わかるだろ」


 当然のように返したローグのまるで変わらない声や雰囲気に安心したように顔を綻ばせたシルトの前にも頼んでいた酒が出される。


 木製のジョッキに入っている銅色の液体を見て思い出した彼は小さく笑った。


「お前に二日酔いを何回治されたかももうわからんなぁ」


「一気に飲み過ぎなんだよ。摘みを食いながらゆっくり飲む。これでマシになる」


「やってなかったやつがよく言う。お前、やっぱザルなんだな」


 ジョッキに口を付けながら「どうだかな」とでも言うように肩をすくめたローグは息を吐いた。

 彼としては聞きにくいものだったが意を決して、しかしいつもの声音を意識して問いかける。


「んで、調子の方はどうだ?」


「ん? まぁ、順調だな。この間は根の10層まで行けた」


「っ、なに!?」


 ユグドラシルの()はのどかな雰囲気だが()はまるで違う。

 全ての階層が薄暗い迷路になっており、石作りと相まって冷たい印象を受ける。


 地上に近い層には綿密な地図があり、さらに3階層までは軍の部隊が駐在していてなお、進むことが難しい理由は単純。

 魔獣が樹にいるものと比べて強いのだ。


 強力な魔獣の群れと薄暗い迷路の2つが合わさったそこは、生半可なパーティでは文字通りの全滅をしてもおかしくはない。


 そんなユグドラシルが迷宮樹と呼ばれている所以となっている場所をシルトたちは10層まで降りられたと言う。


 今踏破されている最下層が15層と考えれば半端な連携で進める場所ではないことは考えなくともわかる。


 一瞬、シルトにもわからないようにローグは歯を食いしばった。


 自分ではシルトたちとその場所には行けなかったが、ニアスとなら彼らはその実力を発揮できたのだ。

 根の10層まで進めたという事実がまさしくその証拠。


 銅色の液面に写る少し険しい顔を柔らかくせさせた彼は素直な感嘆の言葉を伝える。


「それはすごいな。うん、なんか誇らしい」


 表情こそいつもと変わらないものだったが言葉からは自虐や悔し気な色があった。

 無意識のうちにため息をついたローグにシルトは酒を一口飲み、小さな息とともに言葉をこぼす。


「追い出した俺が言うのもアレだけどな……お前の実力が足りなかったわけじゃない」


 黙って耳を傾けているローグを横目にシルトは自嘲するように笑った。


「俺たちが、お前を活かせなかったんだ」


 パーティの雰囲気自体はとても良かった。

 今思い返しても苦労はたしかに多かったが、それよりもずっと楽しい思い出の方が多い。


 そんな場所にいたローグという存在は明らかな力を持っていたのに名前が売れていないのはその周りにいる自分たちのせい。


 それがシルトの考えだ。


「でも……だから俺はお前の追放に賛成した」


「……」


 追放処置。

 1回や2回であればペナルティはないが、さらに回数が重なればギルドで査問会が開かれ、最悪の場合はギルド承認証の剝奪、ギルドで仕事を行えなくなる。


 巨大なパーティともなると少し変わるが、基本的にパーティ内で追放者以外の全員の賛成があって初めて行われる処置である。


 ローグが追放されたということは全員がそのことに賛成したということ。


 シルトが追放に賛成したのは「力ある者はより力ある者たちのところへ」と望んだからだ。

 それは彼にとっては葛藤と苦渋の末に出した答え。


 苦しくはある。悔しくもある。

 だが、その個人的な想いでローグを縛り付けるわけにはいかないとも思った。


(そうだ。例え探索者を続けるにしても、俺たちよりもっと上手く使える奴らのところにいたほうが……)


 だが、それはあくまでもシルトという1人のヒトが至ったもの。

 責められたとしても、それを真正面から全て受け止める気だったシルトにローグは小さく笑う。


「いや、俺もみんなに合わせられなかったんだ」


「そんなことは……!」


「でもニアスとじゃそういうのは感じないんだろ?」


 シルトは言い淀むことしかできなかった。

 ローグから向けられるものに返したくないと思ったシルトは少し話の流れを変える。


「ニアスもいずれはこのパーティから出たほうがいい。探索者(パイオニア)として終わるのはもったいない」


「いずれ、ね……。その時は俺の時みたいにいきなり放り出すなよ?」


 小さく笑って頷いたシルトを見て安心したようにエールを飲み干した。

 そこで真剣な眼差しのシルトと目が合う。


「な、なんだよ……」


「いや、これは俺が言うことじゃないなって思っただけだ」


「はぁ? 俺が言うことじゃないってどうい──」


 問い詰めようとしたローグの言葉を切るように彼らの前に摘みの塩を塗された干し肉と蒸された芋が出された。


 それらに「待ってました」と言わんばかりの速さで手を伸ばして口に放り込むシルト。

 ローグは改めて聞こうとしたがすぐに諦めた。


(たぶん、話す気はないんだろうな)


 無理に聞き出すという方法もあるが、共にダンジョンに入っていた仲間に対してそんなことをしたくはない。

 ならばさっきの言葉聞かなかったことにしておいた方が良い。


 シルトの方もやはりこれ以上は話す気はないようで、2人の間にあった妙な緊張の糸はプツリと切れてしまっていた。


「お前まだ探索者やってるんだろ? だったら()には参加するのか?」


「ん、波? ああ、もうそんな時期か」


 波とは半年に一度、ユグドラシル周辺から帝都へ押し寄せる魔獣の大群のことだ。

 対処するのはルイベ帝国軍が指揮を執る探索者たちである。


 魔獣から獲れる素材は金に変えられるのに加えて参加するだけでも一定の報酬は得られる。


 さらにそこで活躍できれば軍に入ることができ、運が良ければそこからより安定した収入を得られるようになるため、多くの探索者は自ら進んで参加する。


 それが例え軍や国から捨て石のように扱われる可能性があろうとも、彼らにとっては参加する方が得となる現象だ。


「今回は……どうだろうな。1人だし」


「お前も知ってるだろ? 波なら臨時パーティを組めるし、それなら追放されてようが関係ない。

 それに1人ってわけでもないだろ? トラスロッドから聞いてるぞ。蟲使いのエルフの子も探索者なんだろ?」


「ユラシルは……ん~、どうなんだろうな」


 ローグの呟く言葉には後悔の色が滲んでいた。

 浮かんだ様々な感情を飲み込むように彼は空にしたジョッキを見つめながら続ける。


「今のユラシルは空っぽだ。俺はそんな子が日銭を稼ぐには探索者しかないって思って、とりあえず帝都まで連れてきた」


 ユラシルの情報を探るにしても日銭を稼ぐにしても帝都の方がやりやすいだろうと考えて連れてきた。

 だが、その行動が完全に正しかったとローグは納得しているわけではない。


 それを悟ったシルトは改めて問いかける。


「お前、後悔しているのか?」


「……俺は過去の彼女を知らない。

 なんで探索者になったのか、何を思ってユグドラシルにいたのかも、何も知らない。

 だからこそこの際、別の生き方を選んでもいいんじゃないかって思うんだ」


「別の生き方、ね。お前もそれはできただろうに……」


「……」

 

 ローグが「痛いことを突かれた」と目をそらしたのを横目にシルトはため息をこぼして続ける。

 

「んで、思うのはいいがツテはあるのか?」


「知り合いの鍛冶屋兼道具屋を知ってる。規模は大きくないけど、今は助手を探してるらしいからそこなら」


 見た記憶があまりない思い悩むローグの姿を見てシルトはその肩をバンバンと強く叩きながら笑い声を上げた。


「あっはっはっはっ! まるで年頃の娘を持った父親みたいなことを言う! 3ヶ月で老けたなローグ」


「うっさいぞ! あと揶揄うなよ。薬売らねぇぞ!」


「そりゃ売らないよな〜。お前はくれるからなぁ」


 もう酔いが回り始めているのか上機嫌なシルトはローグにもたれ掛かるとジョッキを傾ける。

 こめかみをピクピクとさせるローグもなんのその、また笑い声を上げた彼は再び肩を強く叩いて体を離した。


「ま、お前がどう望もうが選ぶのはその子だ。お前はその子を助けた。

 そう、助けたんだ。導くなんてのは傲慢な奴がすることさ」


「優しさでも、か?」


「ああ、優しさでもだ。例え親切心でもそいつに伝わらなかったら何の意味もない」


 シルトの言葉はローグに対して語りかけているものではない。

 ここにはいない別の誰かを憐れむようなそんな語調だった。


「そう、言葉にして伝えなきゃなにも伝わりはしないんだよな」


 続けてそう言ってシルトは笑った。

 脳裏に赤い髪のエルフの少女を思い浮かべてはまるで「仕方がない」という言葉を飲み込むように再びジョッキを呷った。

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