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残影の追放者 〜追われし者よ、どうか良きヒトの世で〜  作者: 諸葛ナイト
トーンシー皇国

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いつか来る別れ

 ローグたちがイコリスの案内で向かった先は砂浜だった。


 吹く風は海辺特有の少し湿ったものだったが、日差しもあって大きな不快感はない。


 ざぁ、ざぁと一定のリズムで波が生まれては磯の匂いを引き連れて浜辺に行きつき、砂を僅かにさらっていく。


 泳いでいるヒトこそいないが、浜辺を散策する人々の姿は多く、潮風に乗って楽しげな笑い声がたびたび耳に届いた。


「まぁ、街も見どころだとは思うけど内陸のあなたたちにはこういう場所のほうが新鮮でしょ?」


 確かにそうだ。

 海辺の街であり見どころはあるが、それでも街。それよりも海のほうがよほど見慣れておらず、より新鮮に映る。


 そんな時、何か思いついたシミッサがイコリスに問いかけた。


「あ、そうだ。海って入っていいの?」


「ええ、もちろん。ただ水着がないからあまり行かないことを勧め──」


「よし、じゃぁ、行こ! 兄様!」


「え!? あ、っちょ! せめて靴は脱がせてくれ!」


 早々に靴下ごと靴を脱ぎ捨てたシミッサと手を引かれつつもどうにか靴と靴下を脱いだゾーシェは海へと走り出す。

 2人とも一応気を付けているように見えるが、それでもどこか危なっかしく見えたイコリスが声を上げた。


「あ、ちょっと! 波にさらわれたらどうす……ああ、もう!」


 言葉は真剣でどこか起こっている様子だったが、その表情には笑みが浮かんでおり、強く咎めるようなものはない。

 むしろどこか嬉しそうに2人に続いて海に向かう。


 そんな3人を見てローグは笑みをこぼした。


「なんかああやって楽しんでいるのを見ると、良かったって思えるな」


 ローグたちと同じように居場所を探す旅に出ることを決めたのはゾーシェたち自身。その判断に口を挟むつもりはない。


 しかし、それでも心配していたことはあった。


 一時はヒトという存在を憎んでさえいた彼らがヒトの世である世界で旅ができるのか。

 そこで出会ったヒトたちと関係を作っていくことができるのか。


 傲慢で、しかし親心と例えられるような想い。

 だが、彼のそんな心配をよそにゾーシェたちは世界を楽しんでいる。


 その安堵はライセアにも伝わっており、彼女もローグと同じような笑みを浮かべた。


「そうだな。いつの間にかヒトにもずいぶん慣れたように見える。

 あの様子ならば、彼らは彼らなりに居場所を探すことも、見つけることもできるだろう」


 たった2人の兄妹が元々あった居場所から旅立ち、それぞれに1人のヒトとして世界を歩いて見て回れるようになった。

 それはひとえに彼らが「そうしたい」と望んで行動したからできるようになったこと。


 そして、それができるようになれば、もう誰かの助けは必要ない。行こうと思えばどこにでも行ける。


「……いつかは離ればなれになるんですよね」


 ユラシルがポツリとこぼした言葉にローグとライセアは少し悲しげに笑う。


「まぁ、そうだな。一応は目的がある旅だ。いつかはわからないけど、終わりは必ず来る」


「だが、それで私たちがもう一生会わないということもあるまい。

 一度は繋いだ手だ。例え離れようとも生きていればまた会うこともできる」


 ローグの寂し気な肯定とライセアの励ます言葉にユラシルは小さく笑って頷いた。


 たどり着く先は異なるだろう。それぞれが見つけた場所は遠く離れているかもしれない。


 だが、同じ世界では生きている。

 だからまた会うことは簡単にはできなくとも不可能ではない。


 ユラシルはゾーシェたちに向けていた視線をローグに向ける。

 いつもと変わらない見慣れた横顔に表情をほころばせた。


(でも、できることなら……ローグさんとはずっと一緒に──)


 ユラシルの心の中でその言葉が形になる寸前、ゾーシェの声が飛ぶ。


「おーい! ローグ! ちょっと来てくれ!

 本当に水が塩辛いんだ~!」


「みんなも入りなよー! 服は魔術で乾かせるんだしさ~!」


 どこか寂しげだった空気が吹き飛ぶような能天気で楽しげな2人にローグたちは先ほどまで考えていたことは吹き飛ばすような笑顔を浮かべた。


「ちょっと待てくれ~! 今から行くから~!」


 手を振って響いた言葉にゾーシェとシミッサは手を振り返して答えて視線を海面に向けては口を開き、その近くにいるイコリスが胸を張りながら2人に話している。


 わずかに聞こえる会話からは2人が何か質問し、それにイコリスが答えているようだった。


「んじゃ、俺たちも行こうか」


「ああ、そうだな」


「はい!」

 

 そうして靴と靴下を脱いだ彼らはシミッサたちが脱ぎ置いたそれらの近くに自分のものを置いて海に足を入れた。


「案外冷たいものなのだな」


「この砂もちょっと気持ちいいですね」


 ライセアが少し驚いた様子で呟き、ユラシルは海の下に広がる砂地を踏みしめてはその感触を確かめていた。

 そんな2人にゾーシェたちが向かってくる中で海の水をすくって口をつけたローグは目を見開く。


「って、辛!? なんだこれ!?」


「な? 不思議だよな。なんか海の中の岩やらなんやらが解けた結果辛くなったらしい」


「へぇ~」


 ローグと共に相槌を打っていたユラシルは海中に沈んでいたそれを見つけた。

 しばらくそれを目を細めながら見ていたが、記憶の中にある似たいくつかとは明らかに異なるものだった。


「あの、イコリス皇女」


「ふふっ、イコリスでいいわよ。一応隠れてる身だし。

 んで、なに? 何か見つけた?」


「は、はい。えっと……イコリスさん。沈んでいるこれなんですけど」


 ユラシルが指差した先、揺れる海面の底に目を凝らせば黒っぽい何かが沈んでいた。


「ああ、ナマコね。大丈夫、毒はないわ」


 イコリスはそういうと手を突っ込んでナマコと呼ばれたそれを拾い上げる。

 黒っぽく柔らかそうな皮に覆われた筒状の体はぬめりを帯びてウネウネと不気味に蠢いていた。


「「「……」」」


 その様子を見てローグたちはほぼ一斉にイコリスから距離を取る。


「……ねぇ、なんか私が気持ち悪いもの持ってるみたいな感じ、やめてくれないかしら?」


「い、いや、気持ち悪いよ!」


 シミッサの即座の言葉に同意するようにユラシルが「うんうん」と激しく頷く。

 ゾーシェが強張った笑みと共に尋ねる。


「毒は、ないんだよな?」


「ああ、らしいが……それよりも見た目の嫌悪感の方が勝るな。巨大なヒルのようだ」


 ライセアの言葉に「そうかなぁ」と呟いたイコリスはローグに声をかける。


「あ、ローグ、足元にナマコいるよ」


「え!? うおっ!? 本当だ!!」


 水しぶきを上げながら飛び上がったローグは恐る恐る近寄ってはそれを拾い上げる。

 毒々しい見た目ではないがモゾモゾともウネウネともとれる動きにはやはり嫌悪感が浮かんだ。


「あ、ローグ。あまり握りしめないでね。水を吐き出すから」


 イコリスが忠告すると同時、無意識に握りしめていたナマコが水を吐き出した。

 吐き出された水がちょろちょろと海に落ちる音がどこか哀愁を伴いながら響く。


「「「……」」」


 最後にピュッと水を吐き出し終え、しなびたナマコをじっと見つめていたローグはその頭を勢いよくゾーシェに向けた。

 それと同時、ゆっくりと着実に無言でその距離を詰め始める。


「おおおい、待て待て! せめて何か話せ、無言で寄ってく……出すなそれ!」


 無言で握ったナマコを押し付けんばかりに迫るローグとそれから逃げるゾーシェ。

 そんな2人に巻き込まれないようにゆっくりと距離を取ろうとしていたライセア、ユラシル、シミッサだったが、そんな彼女たちに迫るイコリスの影。


「はい、みんな手を出して」


 イコリスの言葉に3人がほぼ無意識に手を出したところでその手にナマコが1匹ずつ乗せられる。


 一瞬、自分の手にあるものがわからずにじっと見つめていた彼女たちだったが、それがウネウネと体を捩じらせた感触でようやく理解できた。


「あ、う、うねうねしてるぅ!」


「触ってわかりましたけど、ぬめりけがありますね……」


 シミッサは鳥肌を立たせ、ユラシルは嫌悪の中にも興味が浮かび始めたのか指で突いている。

 そんな2人を見ていたライセアは無意識に小さな笑みを漏らしてナマコを縦に持ち替えた。


(さっきは水を噴き出していたが……口のようなものでもあるのか?)


 瞬間、ローグの時とは比べ物にならないほどの勢いでライセアの顔へと水を吐きつけた。


「……」


 ライセアの凛々しい顔から水滴が落ちる。


 水滴が頬を伝う彼女の顔は一瞬妖艶な美しさを見せたが、次の瞬間には氷のように冷たい眼差しと無表情がその印象を完全に打ち消していた。

 そんな彼女に話しかける勇気をその場にいた誰もが持っていなかった。

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