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残影の追放者 〜追われし者よ、どうか良きヒトの世で〜  作者: 諸葛ナイト
再会

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124/135

今の話

 ライセアがレミナルタに手を差し出して会場が困惑に包まれ始めた頃、シミッサもまたベルフィアに手を差し出していた。


「あなた、今なんて……」


 向けられる笑顔と差し出される手。その意味は理解できる。

 だからわからなくなり、声の震えも、瞳に浮かぶ動揺も隠すことはできなかった。


「一緒に旅をするの。私たちもただの、周りの純粋なヒトとは違うけど、でも居場所があるはずだから」


「あ、あるはずって、そんな適当な! なんの確信があってそんな──」


「だって世界って広いんだよ?」


 シミッサの声は緊張で少し高くなっていたが、その瞳は揺るぎない決意を映している。


 自信はない。不安は隠せない。

 しかしそれでも彼女は世界というものを信じている。

 それを示す様にシミッサは一歩踏み出し、ベルフィアとの距離をほんの少しだけ縮めた。


「だからそれを私たちと一緒に探そうよ!」


「な、ん……」


 ベルフィアの目に混乱と共に微かな光が宿る。

 あまりにも予測していなかった誘いに返す言葉が浮かばない。罵声やあざ笑う言葉でさえも等しく形にならなかった。

 体を固まらせるしかないベルフィアはかろうじて弱々しく言葉を紡ぐ。


「なんでそんなことを言えるわけ?

 私たちはあんたたちの敵! 私たちがあんたたちを殺す理由があるように、あんたたちにだって殺す理由は──」


「でも同じ世界に生きてる。同じ場所にいてこうして話し合えるんだよ?

 なのに傷つけ合うことしかできないなんて、悲しいよ」


「かな、しい……?」


 シミッサははっきりと「悲しい」と言った。

 境遇に同情したからではない。慈悲ですらない。


 にわかには信じられない。意味がわからない。

 たった1つの感情で殺す理由がある相手に手を差し出す理由がわからない。


「そんな……たった、たったそれだけの感情で」


「私が手を伸ばすのには十分な理由だよ」


「ッ!?」


 目を見開くベルフィアにシミッサは微笑みながらまた一歩足を踏み出して言葉を続ける。


「あなたたちにも罪があるけど、私はそれが死ぬことでしか償えないとは思えない。

 償う方法も一緒に探そう。大丈夫、きっと見つかるよ。だってあなたたちはあなたたちだけで生きてるわけじゃないもの」


「シミッサ……お前」


「ごめん、兄様。でも、これは私が決めたことだから」


 振り返ったシミッサは強い眼差しでゾーシェに返した。

 これは兄とは違う答えだ。兄の出したものよりもずっと難しいことをしようとしている。


 そんなことはわかりきっている。

 しかし、それでも自分たちがそうであった様に彼女たちにもこの世界が憎しみだけしか生まないと思ってほしくない。恨みしか生まないような道を歩んでほしくない。


 それはローグたちと旅をして世界の広さとヒトという存在の温かみを知ったシミッサの純粋な願いだった。

 さらに足を進めようとしたシミッサを拒絶する様にベルフィアは声を荒げる。


「ふざけないで!」


「違っ、ふざけてなんか!」


「誰があなたたちと共に生きるもんですか! なにが世界の居場所よ! そんなもの私たちは望んでいない!」


 キッと睨みつけたままシミッサに近づいたベルフィアはその肩を押し出した。

 突然のことに踏ん張ることができずに尻餅をついた彼女を見下ろすベルフィアの瞳にあるのは混乱と迷い、そして涙だった。


「今更っ! 今更普通になんて生きられるもんか!

 この復讐は終わらない。私の命が尽きるまで、終わらせるもんか!」


 ベルフィアはそう言い捨てると2人の前から駆け出して階段を降りていった。

 反射的に止めようとゾーシェは手を伸ばしたがそれが彼女の姿を捉えることはなく、ただ遠のく足音を聞くだけだった。


「ごめんなさい。兄様、私のせいで」


「いや……いいや、シミッサのせいじゃない。

 それよりも、話せたか? お前が話したかったことは全部伝えられたか?」


「……うん。全部、伝えられたよ。伝わってるかはわからないけど」


 満足気に微笑むシミッサに同じように笑みを返したゾーシェは上を見上げながら言う。


「ローグたちと合流しよう。決闘もそろそろ決着がつく頃だろうしな」


「うん!」


 頷いて返事をしたシミッサはゾーシェと共に光が差し込む階段を上がって観客席へと戻った。


◇◇◇


 レミナルタの短剣を受け止めたライセアはポツリと呟く。


「それが、君の答えか」


「ええ、今更あなたたちと旅をするなんて、この世界であなたたちの様に生きることはできないのよ。

 あなたたちはそれだけのものを奪ったし、私たちも多くのヒトを殺したし、これからも殺すわ」


「そうか。それが君たちの答えならば私からはこれ以上言うつもりはない」


「気遣いは感謝するわ」


 レミナルタはそう言うとタイミングを見計らって大きく後ろに下がった。

 そして短剣を逆手に構えて腰を落とし、その目と刃を一層鋭いものへと変える。


「ッ!」


(次で決めるつもりか)


 ライセアは来るであろう攻撃を見据えてミスティルテインを中段に構えたと同時にレミナルタが地面を駆け出す。

 滑るように一息に近付いたレミナルタの短剣が振られ、それに応えるようにライセアの剣も振り上げられた。


 一瞬の衝突。


 時間が止まったと錯覚するほどに闘技場の歓声がぴたりと止まる。


「「「……」」」


 時が動き出すきっかけになったのはレミナルタのヘイローが崩れたこと。

 堰を切ったかのように大きく上がる歓声の中、レミナルタは握りしめていた短剣を見つめる。


 やはり武器のリーチは決定的だった。

 レミナルタの短剣は風を切る音と共に振り下ろされたが、それが肉に触れる前にライセアの剣が彼女の体を捉えていた。


 構えを解いたレミナルタは肩で息をしながら打ち付けられたような鈍い痛みを押し殺して立ち続ける。

 ライセアの方に向き直ることもなく、背を向けたままに声をこぼした。


「でも、そうね。復讐以外の生き方が、私たちにできたらいいわね」


「できるさ。君たちが望めば、な。

 世界は残酷だが、それしかないわけではない。望めばそれに応えてくれるものだ」


 目を見開いたレミナルタは小さく笑う。


「そう、あなたは世界をそう捉えているのね。ちょっとだけ、羨ましいわ」


 その言葉は大きな歓声にかき消され、誰にも届くことはなかった。


◇◇◇


 その日の夜、王都からオリボシアに続く道をレミナルタとベルフィアは歩いていた。


 星明かりと2つの月の柔らかな光が砂利を敷き詰めた道を銀色に照らし出している。夜風が2人のブルーグレーの髪を揺らし、遠くで鳴く夜行性の生き物の声だけが静寂を破っていた。


 決闘後、合流した2人は決闘の間身に起こっていたことを共有していた。

 だがそれ以来、その間には奇妙な沈黙しかない。普段ならば踏み込まないお互いの心に、初めて足を踏み入れたような緊張感がある。


 それほどまでに2人には自分に手を差し伸べる存在がいるということに驚き、困惑している。

 そして同時に迷っていた。


 自分たちのこれからの生き方を。


 ベルフィアはヒトと一緒に生きることは考えられない。

 彼らは奪った存在だ。それを許すことはできない。

 しかしシミッサの語ったことが頭に引っ掛かっている。


『でも同じ世界に生きてる。同じ場所にいてこうして話し合えるんだよ?

 なのに傷つけ合うことしかできないなんて、悲しいよ』


 だから彼女はポツリと溢した。


「お姉ちゃん、私たちこれからどうすればいいのかな」


 それを耳にしたレミナルタはピタッと足を止めると夜空を見上げる。

 かと思えばベルフィアの方を向いて小首を傾げた。


「ベルフィアはどうしたい?」


「……私は、やっぱりヒトのことは許せない。

 あんなのが繁栄してるのもおかしいと思う。だから復讐はやめたくない」


 はっきりと一切の迷いも揺らぎもないベルフィアにレミナルタが言葉を返そうとしたが、それよりも早く彼女の口が続けて言葉を紡ぐ。


「でも、これでいいのかなって少し思う」


 復讐が間違っていることだとは今でも思っていない。

 空から降ってきた謎の船、それが変わったダンジョンと呼ばれるものを利用して文明を築いたヒトと自称する存在はやはりそう簡単に許せるものではない。


 しかし、同時に思う。

 彼らがオイケインを滅ぼしたのではない。滅ぼしたのもっと別の存在だ。


 今を生きているヒトはその後に役割を与えられた同じ世界で生きる存在でしかない。

 だったら、殺さなくてもいいのではないか、殺す存在はもっと別にいるのではないか、と。


 先ほどまでとは違い迷いの浮かんだ瞳に寄り添うように近づいたレミナルタはその頭に手を乗せた。


「お姉ちゃん?」


「なら、少し考えましょうか。

 これらの私たちの生き方を。それをやめるのも続けるのも、その後でも遅くないわ」


「……うん」


 ベルフィアが頷いたのを見てレミナルタはその頭をポンポンと優しく叩くと前を向いて2つの月が照らす夜道を歩き出す。

 その脳裏によぎるのは誰にも届かなかった言葉。


『ちょっとだけ、羨ましいわ』


 その時のことを思い出してレミナルタはふっと笑みを浮かべた。


(まさか私がヒト擬きを羨ましがるなんてね)


 全てを奪った世界などなくなってしまえばいいと思っていた。


 いや、それは違う。

 なくなりたいと思っていたのは自分自身だ。こんな世界で生きていたくないと思っていた。


 しかし、世界が捉え方1つで変わると言うのなら賭けてみたいと思った。

 復讐だけではない新しい自分の世界がどの様なものか見てみたくなったのだ。

 

(今は復讐を辞めてあげる。でも、もしこの世界に復讐しかないのなら、私は……)


 浮かんで笑みをすっと消したレミナルタは頼りない光の下、ベルフィアと共に歩き続ける。

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