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残影の追放者 〜追われし者よ、どうか良きヒトの世で〜  作者: 諸葛ナイト
再会

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122/134

決闘

 ベルフィアの方から接触してくる可能性があるにしても闘技場の観覧席はグラウンドを一周するほどの広さがある。


 そんな中からヒト1人と接触するのには時間がかかる。そうゾーシェは考えていたがその時は思いの外早く訪れた。


 ライセアとレミナルタが数度目の鍔迫り合いを始めた頃、後ろに気配を感じたゾーシェは足を止めてゆっくりと振り返る。


 その先にいたのは見慣れないエルフの女性。明らかにわざと目を向けさせるような気配、殺気を発した彼女は歩み寄ってくると横を通り過ぎた。

 一瞬、睨み付けるその目はまるで「ついてこい」とでも言うようだった。


(当たりを引いたのは、俺たちだった……か)


 繰り広げられている決闘に熱中している一般客がゾーシェたちにそのようなものを向ける理由はない。

 逆を言えばそのような反応をするというのは相応の理由があるということ。

 そして、このタイミングで話を持ちかけてくる者として考えられるのはベルフィアだけだ。


「シミッサ」


「ん? どうしたの兄様。もしかして見つけた?」


「ああ、前を歩いてる女性エルフ、彼女がそうだ。どうやらこっちを誘ってるらしい。後に続くぞ」


「っ! うん!」


 ゾーシェは緊張の面持ちを浮かべるシミッサの肩を軽く叩いて女性エルフのあとを追った。

 そうして彼らがたどり着いたのは観客席へと上がる階段の踊り場。

 陽の光のみが差し込むそこは薄暗く、観客席から広がる歓声や怒声が遠い場所での出来事のように反響している。


 そこに辿り着いて初めて女性エルフが口を開いた。


「まさか、本当にお姉ちゃんの正体を見破ってたなんて」


「……まさか、と言いたいのはこっちだ。そっちから接触してくるとは思ってなかったぞ」


「ベルフィア、さん」


 名前を呼んだシミッサに露骨にベルフィアは眉を顰めて怒気を含ませて答える。


「馴れ馴れしいわね。あなた」


 そう言ったベルフィアが手をわずかに動かしたところでゾーシェが声を上げた。


「っ、動くな! この距離なら俺でもその首を絞められるぞ」


「それよりも早く、私はその子の首を切り落とせるわ」


 ゾーシェとベルフィアの間にそれ以上の言葉はない。ただ、互いが互いを牽制し合うように睨み合いが続く。


 ピンッと張り詰める緊張感にシミッサが生唾を飲んだ瞬間、緊張から冷や汗を浮かべるゾーシェが切り出した。


「わざわざこんなヒトがいないところまで連れてきたんだ。なにか話があるんじゃないのか?」


「ええ、そうね」


 ベルフィアは殺気を仕舞って咳払いを1つ、軽い口調で話を持ちかける。


「私たちはアレから1人もヒトを殺していない。

 これからも殺さないようにしてあげるから私たちのことは見なかったことにしない?」


 傲岸不遜な声。

 交渉というよりも脅しているような語調と表情にゾーシェは冷静に返す。


「それを確証するものがない。だからその言葉を信用できない」


「あら、いいの? そんな答えで。私が何の策も用意せずにここに誘い出したと思っているわけ?」


「そういう脅しをかけられるってことはやっぱりヒト殺しをやめるつもりはないんだな」


 ゾーシェの揺さぶりにベルフィアは表情を一切変えない。動揺した様子もなければ驚いた様子すらない。

 それどころかまるで肯定するかのようにただ「ふっ」と鼻で笑って肩をすくめる。


「ヒト擬きなんていくら死んでも滅びはしないんだし、いいじゃない」


 嘲笑う物言いから彼女たちの考え方はゾーシェが語った予測が間違っていないことをシミッサは確信した。


 彼女たちはヒトのことをなんとも思っていない。

 そもそも「ヒト擬き」として同じ存在だとすら認めていない。


「ま、待って! なんで、なんであなたたちはヒトをそんな風に見られるの?

 たしかに種族は違うし、血の色も違う、でも、同じヒトじゃない!」


「ッ!?」


 ベルフィアの目が大きく見開かれ、そして憎悪のみが籠った鋭いものへと変わるのに時間は必要なかった。


◇◇◇


 ゾーシェたちがベルフィアと話を始めた頃、闘技場で戦うライセアもレミナルタとの剣戟を続けていた。

 鳴り響く金属音、土が踏みしめられ、踏み飛ばされるたびに舞う土煙。

 

 互いの呼吸の音すら聞こえそうな距離、息を合わせるように剣と短剣が交差し、火花を散らす。

 それらに紛れ込ませるようにライセアが声を上げた。


「君たちは何者だ。なぜああも無情にヒトを殺せる。

 たしかに血の色は違う、種族も違う。しかし、同じヒトのはずだ」


「単純な話よ。私たちはあなたたちを()()()()()()()()()


「ッ!」


 左右から迫りくる鋭い斬撃をミスティルテインで弾きつつライセアは口を開こうとしたが、それを妨げるようにレミナルタの猛攻。

 短剣が光の中で輝き、その軌道は目で追うことすら難しい。


 彼女が振るった横一線。向かうのはライセアの腹部。

 直観と向けられた視線からその狙いを悟ったライセアは剣の峰を下げて受け止め、金属と金属がぶつかる音が闘技場中に響き渡った。

 一瞬生まれたその隙を逃さず、ライセアは声を上げる。


「それはなぜだ! たしかに私たちの祖先は君たちを滅ぼした。そのことを恨むのであればわかる」


 短剣ごとレミナルタを押し返したライセアは後ろに半歩滑ることで彼女の間合いから外れると同時、自身の間合いに捉える。


 ライセアの攻勢。ミスティルテインが空気を切り裂く音を引き連れて紫の刀身で眩い閃光を放つ。

 上から下へ、横から繰り出された刃は言葉とともにレミナルタに向けられる。


「戦争が始まる前、私たちの祖先は、私たちは君たちになにをした!」


 振り下ろした刃がレミナルタの短剣に受け止められる。衝撃で砂地が揺れ、2人の足元から突風に乗った砂があたりを駆けた。

 刃と刃がぶつかる振動が両者の腕を伝い、その衝撃に歯を食いしばる。


「……それを、あなたに伝える必要があるかしら?」


 鍔迫り合いの状態でも構うことなく前進したレミナルタは踏み込んだ足に全身の重みを乗せ、ライセアの胸元を蹴り飛ばした。


 その衝撃がライセアの身体を貫き、数歩後退。

 対してレミナルタはその反動を利用して宙を舞うように跳躍、着地の衝撃を全く見せず、まるで猫のような軽やかさで立ち直る。


「私たちとあなたたちとの関係は敵同士、それ以上必要?」


「必要だ。私たちが君たちのことを知るには!」


 開いた距離を一息で詰めたライセアはミスティルテインを両手で握り、全身の力を込めて勢いよく振り下ろした。

 その一撃は闘技場の空気を裂き、観客席からは息を飲む音が漏れる。


 岩を断ち切るそれをレミナルタは薄い紙が風に舞うように体を横にひるがえして回避。振り下ろされた剣が砂地に突き刺さる瞬間を狙って反撃。

 それを見切ったライセアは突き刺さった剣を軸に体を回転、剣を引き抜きながら切り上げた。


 その剣撃はレミナルタの眉間を掠める。

 反射的に後退、即座に再度振るわれたレミナルタの短剣とライセアの剣が再び交わり、何度目かの鍔迫り合いが始まる。

 しかし今度のは2人の顔が互いに迫り、吐く息が相手の頬に触れるほどの距離。


「知ってどうするの? あなたたちは滅ぼした側よ?」


「だからこそ知らなければならない。歴史に刻まなければならない。

 オイケインという種族がいたことを、その種族となにがあったのかを」


「それはあなたの好奇心? それとも、探究心かしら」


「滅ぼした責任だ」


「ッ!? そう……そんな返しが来るとはちょっと考えてなかったわね」


 レミナルタの瞳に一瞬だけ揺らぎが生まれ、それが深い怒りへと変わる。


 短剣がぐっと強く押し込まれる感覚を受けてライセアは滑るように後ろに下がった。

 ある程度距離を開けて剣を中段に構え直して雰囲気が変わったレミナルタに眉を顰める。


(なんだ? 気配が、変わった……?)


 レミナルタの身体からは目に見えるほどの殺気が放たれ、それは闘技場の熱気をも凍らせるかのような冷たさを持っていた。


(なんだこの殺気、いや、怒りは……ッ!?)


 一瞬、視界からレミナルタの姿が消えた。


「なっ!?」


 光の残像すらない速さでレミナルタは懐に入り込んでいた。

 ライセアがそれに気が付いた時には陽光に照らされた刃先。光を集めたその刃は彼女の怒りそのものが向かっていた。


「くっ!?」


 迫りくる強烈な殺意に反応してライセアは即座に腕を動かしていた。

 何度も戦闘を行う中で染みついたものに従って振られた剣は閃光のように伸びた短剣の軌道を変えることに成功。


 向かっていた短剣はライセアの首のすぐ横を通り過ぎ、一筋の髪を切り落とした。風切り音と共に髪が宙に舞う。


「反吐が出そうよ。ヒト擬きにそんなことを言われるなんて」


「なにを、言っている!」


 短剣を弾いたライセアは剣を斜めに振り下ろす。

 そのころにはレミナルタは身をひるがえし、まるで影のように数歩後方に飛び退いていた。


「君は、なにを知っているんだ」


「……いいわ、少し話してあげる。私たちの昔話を」


 レミナルタの声には、これまでにない重み。

 彼女は構え直した短剣を手に全ての怒りと悲しみを込めるかのようにライセアへと走り出した。


 地面を蹴る力で砂煙が巻き上がり、その姿が一瞬闇に包まれた後、眼前に迫る鋼の閃光だけが現実を突き刺すように迫る。

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