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残影の追放者 〜追われし者よ、どうか良きヒトの世で〜  作者: 諸葛ナイト
再会

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110/132

ドレワッドの村、再び

 柔らかな陽光が森の梢を染め、金槌の音が包むドレワッドの村。


 王都からルイベ帝国方面にはオリボシア動山の影響はほぼない。

 そのため緑深い森に抱かれたドレワッドの村に住む者たちは王都の向こう側の出来事がまるで嘘だったかのように、いつもと変わらぬ日常を過ごしていた。


 久々に訪れた村の懐かしい風景を眺めつつ、ヘファズ武具店に足を踏み入れたローグたちを見てズトッシュが顔を綻ばせて彼らを出迎える。


「いらっしゃいませ!

 ちょっと待っててください。今先生たちを呼んできますから」


 そう言ってズトッシュが店の奥に向かって数分、木の床を急ぐ足音が近づき、彼を先頭にしてへファズとディーテが現れた。


「いらっしゃい」


 優雅な立ち振る舞いでディーテが一歩前に出て穏やかな微笑みを浮かべる。

 彼女は立ち並ぶローグたちを見て安心したように息をついた。


「みんな、無事みたいで本当に安心したわ」


 その背後でへファズは太い腕を組み、鋭い目で一行を品定めするように見渡しながら、普段より柔らかな声音で言った。


「オリボシアの方じゃ大変だったみたいだな。

 噂程度のことだが聞いてるぞ。あの山が動いたって話は本当なのか?」


「ええ、にしてもお2人と村も変わりないようで、それで今日は──」


 ローグが話を切り出そうとしたところでへファズが手を突き出してそれを止めつつ、代わりに彼から出るはずだったことを口にする。


「わかってる。むしろ俺たちは待っていたんだ。

 えっと、たしかシミッサだったな。弓についてズトッシュと擦り合わせてくれ」


 ぶっきら棒ながらも少し優し気な声をシミッサに向けたヘファズはズトッシュに鋭い目を移して、言い聞かせるように強い口調で伝える。

 

「ズトッシュ、お前の初めての客だ。

 まだお前は俺の弟子だが、お前のヘマの尻拭いなんてめんどくさいことはさせるなよ。いいな!」


「は、はい!

 では、シミッサさん少しお話を聞きたいのでついて来てください」


 緊張からか言葉と体を少しこわばらせながらズトッシュはシミッサを連れて弓が並んでいる一角に向かった。

 それを横目で見送ったゾーシェがへファズに声をかける。


「俺は槍が見たいんだけど」


「ああ、槍ならこっちだ。あんたらは元々ホランズからの紹介だし、この国のために働いてくれたっていう恩がある。好きなのを持っていきな。

 なんなら打ってやろうか?」


「え! いいのか!?」


 目を輝かせながら受付に身を乗り出したゾーシェ。


「ああ、もちろんだ。

 3日前に商人が来てな。なんでもオリボシア動山以降素材がきちんと取れるようになったらしい。

 その時にいくつか持ってきてくれたんだが、あの質なら十分だ。

 お前さんらが持ってきてくれた分もあることだしな」


 へファズの表情は今までに見たことがないほどに明るいものだった。

 頑固一徹の職人の顔に浮かぶその笑顔は、まるで長い冬の後に訪れた春を思わせる。


 素材不足で作品に妥協を強いられてきた鍛冶師の魂が今再び自由を取り戻した。

 その目には職人としての誇りと情熱が宿り、握りしめた拳からは抑えきれない創作への渇望が伝わってくる。


「なるほど……それは朗報ですね」


 ライセアは横目でユラシルに視線で問いかけた。

 それを受けてユラシルはへファズたちに聞こえない程度の小声で答える。


「ベヒモス作成で崩れていたダンジョンのバランスが戻ったんだと思います。

 今後はオリジナルが早急に新たなイミティゼロを作らない限り、心配はありません」


 オリボシア動山はたしかに終息したが、オリジナルがベヒモスの作成を急いだ理由という謎はある。

 そのため今後一切このようなことが起きないとはいえないが、しばらく、具体的には数十年は問題ないというのがユラシルの見解だ。


(理由を解き明かすにしてもそれも数十年先の話だな……)


 ライセアが消化不良感を覚えている中でも続いていた会話を終えたへファズは改めて彼らに胸を張って告げる。


「と、まぁそんなこんなで素材の心配はなくなった。

 なんなら全員に1つなにか作ってやろうか? いや、むしろ作らせてくれないか?」


 へファズの見たことがないテンションに戸惑うローグを見てディーテが柔らかな笑みを浮かべた。


「ふふっ、ごめんなさいね。

 ここ最近振りたいように槌を振れてなかったみたいだから、よかったら付き合ってもらえないかしら?」


 ローグたちからしてみてもへファズたちの申し出はありがたいことだ。

 ある程度のことに目を瞑ればどうということはないが、良いものを選ぼうと考えるとそれ相応の値が張る。


 しかし、へファズたちの好意に甘えればそれらを一切考えなくていい。

 特にそろそろ武器を新調したいと考えていたゾーシェにとってはこの話は乗るしかない。


「なら、俺は槍を頼みたい」


 即答したゾーシェに「おう」と2つ返事で答えたへファズは視線をローグたちの方へと移して問いかける視線を向ける。

 一番最初に答えたのはライセアだった。


「では、剣を一振り」


「あ、なら私は短剣を」


「私はガントレットを頼めますか?」


 ライセアに続くようにユラシル、ローグの要求を聞いてへファズは頷いたがすぐに首を傾げて問いかける。


「わかった。だが、いいのかローグ、お前は武器じゃなくて」


「はい。剣が短いのでどうしても敵に近づくことが多くて、咄嗟に殴れたり防げるようなものが欲しいと思ってましたから」


「なるほど……わかった。殴れるガントレットだな。任せておけ」


「ならローグさんは採寸をするからこっちにきて」


「えーっと、ライセアとユラシル、ゾーシェはこっちだ。店に並んでるやつで大まかなサイズを見る」


 そうしてそれぞれ頷いて彼らは店の中で別れた。


◇◇◇


 弓が並んでいる一角、そこにあった1つの弓を手に取り、弦を引いたシミッサを真剣な眼差しでズトッシュは見ていた。


「ふむ……なるほど、ちょっと腕を触ってもいいですか? 力の入り方を見たいので」


「うん。いいよ」


 承諾を得たズトッシュは弓を構えて弦を引くシミッサの腕に触れる。

 多少覚えたこそばゆさを紛らわせるようにシミッサが会話を切り出した。


「ねぇ、鍛治師って木材加工もするの?」


 鍛冶師は金属を扱っているイメージしか持っていなかったシミッサは弓の弦を指先でそっと弾きながら、首を傾げて尋ねる。

 弦から奏でられた小さな音が2人の間に広がる。


「ええ、柄や鞘の加工もやりますからね。

 それに今のように弓を作ることもそう珍しい話ではありませんから」


「あ、そっか……!

 ここ弓も結構多いもんね」


「先生曰く『魔力を腕に乗せる練習になる』らしいです。

 鍛治師は基本的に魔力を乗せながら加工をするんですけど、手を動かしながら魔力を乗せるのって結構難しいんですよね。

 でも木材は金属よりも加工が簡単なんで魔力を乗せることに集中できるんです」


「鍛治師って本当に大変なんだね」


 魔力を乗せながら金属を加工する。それも一瞬ではなく長時間続けなければならない。

 魔術は身体能力を向上させるようなものもあるが、イメージとしては服を作って着せているようなもの。魔力も一瞬放出すればそこで終わりだ。


 一定の魔力を一定のタイミングで放出し続け、それをしたまま槌も振る。

 とてもだが簡単にできることではない。少なくともシミッサにはできる気がしない。

 

「キツくないの? 練習って言われててもやりたいことができないのって。

 本当は剣とかそういうのを作りたいんじゃないの?」


 練習の必要性を知っててもそれを何日も、何年も続けるのは辛いはずだ。

 辞めたいと思ったことは一度や二度では済まないだろう。

 ズトッシュは頷いて肯定し、しかし微笑んだ。


「でも、楽しいんです」


 ズトッシュの声は低く、しかし確かな情熱を秘めていた。

 彼の手が無意識に近くに置いてあった短剣の鞘を撫でる。


「こうやって作ることに向き合うの、苦しいって思う時もそりゃありますけど、それよりずっとずっと楽しいんです!

 眠れないくらい考え込んで、何度も失敗して……でも、完成した時の喜びったら」


 彼は言葉を詰まらせ、その先を言葉ではなく目の輝きで語った。


「誰かの手に渡って、その人を守るものを作れるって、この上ないやりがいなんですよ」


 辛いことであり、苦しいことであり、辞めたいと思ってもなおズトッシュが鍛治師の道を歩めている理由はそれだけだ。

 語り終えた彼は少し顔を赤くさせて誤魔化すように笑う。


「まだ未熟なところも多くて、シミッサさんにはたくさんご迷惑をかけるかもしれません。

 それでも全力で作りますので、よろしくお願いします!」


「うん! こちらこそ、ズトッシュさんの弓、楽しみにしてる」


「そう言っていただけると嬉しいです!

 えへへ、ちょっとこそばゆいですけど。あ、今度はこの弓を構えてもらえますか?」


 差し出された弓を受け取り、その外観を見つつシミッサは気さくに話を振る。


「わかった。ねぇ、木材加工ってどんなことしてるの?」


「ああ、それはですね──」


 シミッサとズトッシュは話に花を咲かせながら作成のベースとなる弓選びを続けた。

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