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残影の追放者 〜追われし者よ、どうか良きヒトの世で〜  作者: 諸葛ナイト
追放者

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帝都

 メリスが住む村から出発して3日目の昼、太陽が頂上から少し落ち始めた頃に街道を歩くローグたちの前に小高い丘が現れた。


「ん、そろそろ帝都だな」


 頷いたメリスは凝り固まった身体をほぐすように体を伸ばす。

 ここまで帝都に近くなれば野盗や害獣といった類のものはない。

 もちろん完全に武装を解くことはできないが、少し気を緩ませる程度なら問題ないほどには安全な場所だ。


「良かったですね。あれから順調に進めて」


「そうだな。野盗はなくとも獣やらは来ると思ってたんだけど……」


「いいじゃないか。楽に進めたんだしさ」


 メリスが言い終えたころ、丘を登りきった彼らの眼下に帝都の街並みが入る。


「……すごい」


 ユラシルは思わず息を呑んだ。


 ルイベ帝国の中心、帝都は女帝フィールエが住む城塞がある西に構え、そこから東へと伸びる大通が伸びる都市だ。

 大通りには中規模の川が並走し、その周囲には2~3階建ての建物が立ち並んでおり、遠目にもその活気が伝わってくる。


 そんな帝都を囲むのは巨大な城壁。

 その威圧感とは裏腹に門付近では人々が行き交う市場の賑わいが見え、ユラシルもその活気に安心感を覚えた。


 初めて目にする大都市の風景に圧倒され、その壮麗さに目を奪われるユラシルをローグとメリスは微笑ましそうに見守っていた。

 もうしばらく彼女の反応を見ていたかったが、目を合わせた2人は頷き合う。


「んじゃ、行くか」


「そうだな。この荷物を武器屋に送って少し話しをしたら飯にしよう」


「はいっ!」


 ユラシルの元気な返事が清々しい空と草原に響いた。


◇◇◇


 帝都東門での検問を難なく抜けたローグたちは大通りに入っていた。


「うわぁ……!!」


 ユラシルは目を輝かせながら周囲を見回す。

 大通りには多くの人々が行き交い、香ばしい焼きたてのパンの匂いと果物を売る店の甘い香りが混じっている。


 商人の呼び込みと客の声が絶えず広がり大犬や大鳥、馬車が忙しなく通り過る。

 そんな間を軽やかにすり抜ける子供たちが駆け抜けていく。


 目に映るもの、聞こえる音、漂う匂い──そのすべてが新鮮だった。

 そんなユラシルを見てメリスが誇らしげに言う。


「さて、と。いろいろ回るよりも先に荷物を届けてしまおう」


「そうだな。とりあえずそれが片付かないとのんびりはできないしな」


「あ、はい!」


 そうして彼らは大通りを歩き始め、目的の武器屋にたどり着いた。


 メリスが店主と話しをしている間にローグとユラシルは店内の物色を始める。


 2人が見ているのは魔術触媒。

 魔術に必要不可欠といってもいいほどに重要な触媒には様々な形が取られている。


 少し大きいが術者の負担を大きく軽減する杖、逆に持ち歩きはしやすいが負担はあまり軽減されないアクセサリーや使い捨ての巻物(スクロール)と用途に合わせて数多く並べられている。


 並ぶそれらをせわしなく視線を動かして見ていたユラシルはローグの方へと振り向いて首を傾げた。


「どういったのを選べばいいんでしょう?」


「え?」


 きょとんとした目で固まったローグにユラシルは少し恥ずかしそうに言う。


「あ、私、こういうの“あまり使ったことなくて”……どういうのを選べばいいかまるで」


「そう言われても、俺も魔術は使えないし」


 ユラシルが好む手頃な物を買えばいいのだろうと考えていたローグは困惑するしかない。

 魔術には触媒の存在が不可欠であるはずなのに「あまり使ったことがない」と言ったことが頭からすり抜けるほどの事態に頭を悩ませる。


(しまったな。メリスに聞いてみるか?

 いや、でもメリスも魔術は得意じゃないって言ってたような……)


 魔術師の知り合いにでも話を聞くのが早いだろうことにはすぐに行き着いた。


 そのアテがないことはないが、彼女たちの居場所を知る術がない。

 ローグが「どうしたものか」と頭を悩ませていたそんな時、女性の声が耳に届く。


「あれ? ローグちゃん?」


 反射的に振り向いた先にいたのは小柄なエルフの女性だった。

 ローグより頭1つ分ほど低い身長、腰ほどにまで伸ばされた長い銀髪の3つ編み。

 白いローブを身に纏って柔和やおっとりといった表現のよく合う笑みを浮かべる彼女の名前はトラスロッド。

 ローグと共に活動していたパーティメンバーの1人だ。


「トラスロッド!? どうしてここに」


「それは私の言葉よ。ローグちゃん。

 いつかひょっこり会うかもとは思ってたけどまさかこんなすぐに、それも帝都で会うなんて」


 翠の瞳に笑みを浮かべるトラスロッドのどこか安心したような口調は3ヶ月前とさして変わらない。

 そのまま頭に浮かんだ様々な話を切り出そうとしたところでユラシルのことを思い出したローグは彼女にその話を振る。


「あ、そう! ちょうど良かった!

 この子の触媒選びを手伝ってくれないか?」


「この子って……そのエルフの?」


 ローグの影に隠れるように様子を窺っていたユラシルはトラスロッドと目が合うと慌てて頭を下げる。


「ゆ、ユラシルです。その、ダンジョンで色々あって今はローグさんのお世話になっています」


「へ〜、そう……ん? 今ダンジョンって」


 優しさと共にどこか掴みきれない笑みを浮かべていたトラスロッドはローグへと視線を向ける。

 そこには疑いと咎める色があった。


「まさか1人でダンジョンに入るなんて無茶なこと、してないわよね?」


「してるに決まってるだろ。そうでもしないと生活ができないし……」


 バツが悪そうに視線を逸らしながら小声で答えるローグにトラスロッドは肩を落としながら大きなため息をこぼす。


「ローグちゃんの腕なら薬師として生活できるでしょうに」


「わかってる。でも、続けてなきゃ腕が鈍るだろ?」


 当然であるかのように返したローグを見てトラスロッドは一瞬だけ、ほんの僅かに悔しげに唇を噛んだ。

 ユラシルがそれに気が付いて声をかけるよりも早く、トラスロッドは話を戻す。


「触媒、でいいのよね? どんなものがいいとかってある?」


「えーっと、あまり大きくないものがいいんですけど」


「大きくないもの……なら、短めの杖とかその辺りがいいかしら?」


 杖が並んだ場所に向かおうとしたトラスロッドにローグが補足を入れる。


「あと彼女、蟲も操れるんだがそっちを補助できるようなものってあるか?」


 それを聞いてトラスロッドは少し驚いたように目を丸くさせた。


「獣じゃなくて蟲の方なんて珍しいわね。

 んー、それなら……」


 顎に指を添えながら並べられた触媒を見ていたトラスロッドは「あっ」と声を漏らすと2人を連れて店内の奥へ向かう。


 辿り着いたのは杖が並べられたコーナーの端に設けられた、ややひっそりとした一角。


 そこに並んだ品々を見渡してローグは目を細めた。


「……これは、楽器か?」


「そうよ。ほら、魔術の詠唱も言ってしまえば音でしょ?

 だから楽器でも魔術を使うことはできるのよ」


 笛やハープ、吟遊詩人が使っているイメージが強いバルバットなどが並んでいるが、頻繫に使われているところを見た記憶がローグの中にない。


「あまり見ないけどやっぱり楽器って使いにくいのか?」


「ええ、もちろん。でも蟲や獣を操ることに音は重要なのよ?

 音を響かせやすい楽器なら少ない労力で遠くまで伝えられてより効果的だしね」


「なるほどな。だから……」


 頭に思い浮かべるのはこれまでの出会ってきた獣使いたち。数少ないがそれでも何度か見たその戦いぶりを思い浮かべる。


「でも、ただ演奏してるようにしか見えなかったな」


「そりゃそうよ。マナが動いてる音なんてヒトには聞こえないんだもの。

 【原始魔術】って知らない?」


「えーっと、なんだっけ?

 たしか、蟲とか魔獣とかが使う魔術だっけ?」


「はい。主にそれらが使う鳴き声ですね。

 マナをマナのままで使う魔術で【現代魔術】の基礎になってるとか」


 魔術には大きく分けて2種類がある。

 1つは、詠唱によってマナを魔力に変換し、制御する【現代魔術】。

 もう1つが、マナを変換せずそのまま使う【原始魔術】。


 原始魔術は詠唱が不要でマナを直接放出することで発動する。

 ただし、放出のタイミングや量を調整する必要があり、その調整手段として「音」が用いられるのだ。


 しかし、マナを魔力に変換しない原始魔術は効率が悪く、現代魔術と比べるとその威力や効果は約1/5とも言われている。


 だが、例外がある。

 それが「蟲使いや獣使いが用いる音による魔術」である。


「なるほどな。音を奏でる、か……。

 獣や蟲と同じ声を出して操っている感じか」


 ローグは感心したように呟くと、ふと疑問を口にする。


「でもそれってどの音がどれだけのマナを放出するのかってわかるものなのか?

 聞こえないなら放出のタイミングも取りにくそうだが」

 

「獣使いや蟲使いが珍しい理由ね。

 音を出すことでマナを調整するけど、その方法は体系化されていないから基本は手探り。

 でも、できる人はみんな『なんとなくわかる』って言うわね」


「感覚でやってるってことか?」


「そうらしいわよ」


 目に見えないものを詠唱ですらない感覚のみで操る。

 とてもではないが簡単にできるものとは思えない。

 そこでトラスロッドの言葉を思い出したローグは尋ねた。


「それって原始魔術だけの話か? 現代魔術ってどうなるんだ?」


「現代魔術と原始魔術の違いは取り込んだマナをどう扱うかってところだけよ?

 どっちも感覚らしいわ。だから楽器型の触媒は蟲を操るような原始魔術にも、回復はもちろん攻撃の現代魔術も使えるわ」


 その説明に感心したように「すごいな」と呟いたローグはふとユラシルを見る。

 彼女はずっと、ある1つの楽器を見つめていた。


 それは壁に掛けられた、羽根のような装飾が施された横笛。

 値段は特別高いわけではなく、珍しい素材を使っているようにも見えない。

 

 だが、ユラシルの視線はそれに釘付けになっていた。


「……決まったみたいね」


「ああ、そうだな」


 トラスロッドとローグは目を合わせ、自然と微笑みを交わす。

 そしてユラシルに声をかけた。


 さらに十分ほど経ち、横笛を大事そうに握りしめたユラシルは、ローグ、メリスとともに宿へ向かった。

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