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残影の追放者 〜追われし者よ、どうか良きヒトの世で〜  作者: 諸葛ナイト
オリボシア動山

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102/136

動き出す山

 オリボシア近くにあった墓の村から出て2日が過ぎた。

 その日の昼下がり、王都へと続く街道を歩みながら今夜の宿を考えていた彼らの視界に遠方から迫る騎馬の一団が向かっていた。


 砂埃を巻き上げ、勢いよく近づいてくるそれを最初に見つけたライセアが後ろに続いていたローグたちに伝える。


「む、みんな、馬が来る。道を開けよう」


 ローグたちはそれぞれに軽く返事をしながら街道のすぐ横に広がる草原に移動。

 全員が街道から外れたのを横目で見たライセアは何の気なしに向かってくる集団の方を向いた。


「む?」

 

 そこで彼女の眉が寄る。


「妙だな」


「妙ってなにが?」


 シミッサが彼女の横顔を覗き込むようにして問いかけ、自らも遠方の騎馬隊へと視線を向ける。

 2人の様子に気づいたローグもその一団を見つつ首を傾げた。


「妙って……ただの早馬じゃないか」


 早馬とは文字通り通常よりも速く走り、情報の伝達を行うもの。

 元々足が速いことに加えて魔術でさらに強化しているため、通常の3倍近くの速さで走ることができる。

 気軽に使うには少々値が張る程度で特別珍しいものではない。


「なにか急ぎの用があるってことですよね。何かあったんでしょうか?」


「さぁな、でも間に合うといいよな」


 他人事のように呟いたゾーシェ含め、ローグたちの前を馬に乗りフードを目深に被った集団が駆け抜ける。


 あっという間に小さくなっていく集団を少し見送ったローグたちは街道に戻って王都に向けて歩き出した。


「ん? あれ?」


 ふと後ろを振り返った時にその集団は動きを止めたように見えたユラシルは小首をかしげる。

 その集団の最後にいた馬が立ち止まったかと思うとその騎手がじっと見ているように彼女は感じた。


(なにか……私たちを見ているような?)

  

 そう思うのとほぼ同時、早歩き程度の速度で近づいてきた。


「さっきの皆さん、こっちに来てますけど」


 ユラシルの言葉で先を歩いていたローグが振り向いて向かってくる集団を見止める。


「何かやったかな」


 ローグたちにはその集団とは今この瞬間に初めて出会った者たち。

 当然、気に触るようなことをした覚えなどあるわけもなく、互いに目を見合わせては肩をすくめるか首を傾げるかしかするしかなかった。


 しかし、その理由はすぐに示される。


「ローグ!」


 馬に乗っていた集団の中央から一際力強い声。


 その声に「まさか」と思ったローグたちの推測を肯定するように引き下ろされたフードからアルケイデスの精悍な顔が現れた。

 彼は馬上から片手を大きく振り、まるで旧友を見つけたかのような笑顔を浮かべている。


「あ、アルケイデス国王陛下!?」


 まったく予想していなかった王の出現にローグたちは揃って目を見開いて駆け寄った。

 アルケイデスは彼らの驚愕を楽しむかのように、さらに満面の笑みを浮かべる。


「いやいや、私は運がいい。

 ブラッフェからは『行き違いになる可能性もある』と止められたが、こうして会えたことを思えば無理を押して正解だったな!」


 馬から降りながら豪快に「はっはっはっ!」と笑うアルケイデスに瞬きを繰り返していたライセアが「はっ」と息を飲んだ。


「ま、まさか早馬から話を聞いてすぐに出立なさったのですか!?」


「む? ああ、そうだ」


「そ、そうだ……って、む、無茶苦茶だ」


 ブラッフェの気苦労を察して頭を抱えたライセアに対してアルケイデスは苦笑いを浮かべたが咳払いを1つして真剣な表情へと変える。


「火急の話があるとのことだったが……何を見つけたのだ?」


 その言葉に全員が表情を引き締める。

 よく考えなくとも今ローグたちが持っているこの推測はたしかに王自身が出てくるに相応しいもの。

 彼らは頷き合うと得られた情報、感覚から組み上げたものをアルケイデスに話した。


「イミティゼロ……か」


 その名を口にした瞬間、アルケイデスの顔から笑みが消え、威厳のある顔付きへと変わる。


「陛下はなにかご存知ではありませんか?」


 ローグの問いかけに、アルケイデスは腕を組み、顔を深く伏せて唸り始めた。

 辺りはしんと静まり返り、風が草原を撫でる音だけが耳に届く。


 沈黙の重さに、その場にいた全員の呼吸が浅くなった。


「「「……」」」


「フフゥン……」


 1頭の馬が鼻息を鳴らす。

 瞬間、アルケイデスが顔を上げて目をカッと見開いた。


「分からん!」


「そ、そう、ですよね……」


 隠そうとはしてもなおわかりやすく肩を落としたローグにアルケイデスは補足する。


「イミティゼロ、という名は初めて聞いたが、7代前の王と巨大な魔獣が戦ったという話はある」


「ッ! おそらくはそれです!!」


 食い気味なユラシルの言葉と気迫に押されて半歩後ずさったアルケイデスは3つ編みの顎髭をさすり始めた。


「王は巨大な魔獣と相討ちになった、と聞く。

 もう一度問う。本当にそのイミティゼロとやらが発生する可能性があるのだな?」


 射抜くような鋭いアルケイデスの目にローグははっきりと頷いた。


「はい。とはいえまだ推測の域を出ませんが……」


 ローグ含めて全員の顔を見回したアルケイデス顎髭を摩る。

 推測、とは言っていたがどこか自信があるようにアルケイデスには見えていた。


(条件証拠のみでまだ確信には至れん、か……。

 とはいえ一度オリジナルと戦った者の直感、それは経験からくるもの。そう考えればただ否定することもできんがしかし──)


 そのまましばらく考え込んでいたアルケイデスだったが、一度頷いたかと思うとすぐ後ろに控えていた近衛騎士に告げる。


「至急、軍の派遣を。オリボシア周辺住人の避難を始めろ。

 避難地の策定はブラッフェに一任する」


「は! ……しかし、よろしいのでしょうか?

 お話を聞く限りではまだ推測の域、一蹴するには早いでしょうが、受け入れるのもまた早計かと具申いたしますが」


 慎重な物言いにアルケイデスは答える。


「構わん。それが徒労であれば私を愚王と罵れば良いだけだ。

 急げ」


「承知」


 斯衛軍のドワーフは頷くと他の斯衛軍の者に指示を始めた。

 その背後、アルケイデスはまるでそのことに興味を失ったかのように意識外にそれを追いやってポツリと溢す。


「私が感じていた違和感は魔獣の数であったか……。

 あまりオリボシアに入らない私でもわかるものなのだな」


「オリジナルには及びませんがアディターにもダンジョンの管理権限があります。

 おそらくはその本能的な部分が違和感を感じていたんだと思います」


 ユラシルの説明を受けて「なるほど」と納得したアルケイデスはそれに悔しそうに歯噛みする。

 覚えていたこの違和感の正体にもっと早く気がついていればまた別の策も取れた。取る時間が作られたはずだ。


 アルケイデスがイミティゼロなどという規格外の存在を知らないにしても、7代前にあった巨大な魔獣と今回の異変を関連付けることができればまだやりようはあった。

 完全な対応が難しくとも可能性はわずかながらでもあったのだ。


(愚かで見苦しいものだな。これが王の考え、王の行動……王の姿とはな)


 アルケイデスは自責の言葉を心の中で吐くと意識を切り替えるように首を横に振って次の話に移る。


「ローグ、君たちの間でなにか対抗策はないか?」


「オリジナルを止めればイミティゼロの生成を止められる可能性がある。

 そこでオリボシアの頂上か最地下にいるであろうオリジナルを討伐しなければならない。

 ここまではお話ししましたよね」


「うむ、聞いたな。しかし上に行くにしろ下に行くにしろ簡単ではない。

 今から軍を派兵をして調査しても十年単位の時間がかかる」


「軍を使ってもそんなに……」


 想像以上の時間にシミッサが反射的に呟いた。


 大国が何百年と調査してようやく現在に至っていることを考えればアルケイデスの言葉はそれでも楽観的過ぎるものだ。

 しかし、そうでも言い聞かせなければ焦りから部隊の動きは悪くなる。


 王の気苦労の一端を垣間見つつローグが切り出す。


「1つの案としてはアディターの力を使います。

 オリジナルが頂上にいると仮定して外から頂上に向かうのです」


「なるほど……たしかにそれならば普通に登るよりも早く、確実に辿り着けはするな」


 ローグの説明にアルケイデスは思考。

 答えが返って来たのはアルケイデスの指示がされていた早馬が王都へと駆け出した時だった。


「私が向かおう」


「「「ッ!?」」」


「いけません!」


 全員が目を見開いて驚愕を表すなかで真っ先に否定の声を上げたのはローグ。

 その勢いのままに詰めて続ける。


「アディターの力はその体を蝕む。

 フィールエ女帝陛下の手紙にもそれは記されていたはずです!」


「だからこそ、私が行くのだ」


「なっ!?」


「今はまだ幼くおぼつかないが、私には跡を継ぐものがいる」


 脳裏にバデスの顔を思い浮かべて反射的に表情をほころばせたアルケイデスだったが、すぐにその表情を険しいものに戻した。


「貴様は自分の居場所を探す旅をしているのだろう?

 それを成す代わりがこの世にいるのか?」


 いるわけがない。

 この旅の目的は自分の居場所を見つけること。

 例えどれほど分かり合え、信頼している者たちでもその目標はローグ本人にしか達成できない。


 言葉を飲むローグの目をじっと見つめながらアルケイデスは語調と表情を少し穏やかなものにして続ける。


「ローグ。貴様自身が心の底から『ここにいたい』と思える場所はある。どこかにある。必ずある。

 だから貴様はそこに辿り着かなければならない。

 そのための命、そのための足、そのための腕、なに1つとして落としてはならん」


「し、しかし、陛下はディザン王国の王で……」


「ああ、そうだ」


 アルケイデスの声音は低く、しかし揺るぎないものに満ちていた。


「王の仕事は国の舵取りだけではない。

 時には自ら民の剣となり、盾とならなければならぬ。これこそが王の務め──私の務めだ。

 それを他の誰かに譲る気は毛頭ない」


 食い下がろうとしたローグに語ったものはアルケイデスの王のあり方であり、矜持。


 それらを持ち出された以上、ローグは反論の言葉を吐くことはできない。

 ここでの反論はアルケイデスが持つものを全て否定し、対峙することになる。


 口を噤むローグにどこか安心したように満足気に「聡明だな」と呟き、アルケイデスは話を戻した。


「作戦を詰めよう……と言っても詰めるものはない、か」


「ええ、不甲斐ないことであり、心苦しい限りですが……」


 申し訳なさそうなライセアにアルケイデスは笑い飛ばすかのように軽い口調で返す。


「よい、やりがいはあるからな。住人の避難が始まり次第行うとしよう」


 そうしてアルケイデスが残りの斯衛軍に話をしようとしたところで辺りに地震が広がった。

 響く地響きに興奮して首を振る馬を落ち着かせつつ、アルケイデスが地面を見つめる。


「む!? これが、最近オリボシア付近で起こるという揺れか!?」


「は、はい。これが二度目ですが、やはり慣れられそうには……ッ!?」


 ローグは慣れない地面の揺れに襲われながら自身の目を疑った。

 そしてそれはライセアたちも同様。


 目の前で起きていることが幻ではなく、全員が目撃している現実だと確認するかのように、ライセアが震える声で言葉を絞り出す。


「オリボシアが、山が……動いて、る」


 オリボシアの折り重なるように乱立している山々の1つが、巨大な生き物のようにゆっくりと体を起こしていた。

 覆っていた岩肌が崩れ落ち、その下から見える金色の目。


 姿を現すのは──イミティゼロ。


 魔獣の頂点に立ち、アディターに匹敵する力を持つそれが、今、彼らの目の前に現れた。

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