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最悪の推測

 オリボシアの岩肌を照らす太陽に似たマナの光が探索5日目の疲労を帯びた彼らの顔を浮かび上がらせている。

 17層に広がる荒野で腰を下ろしたローグたちは、静かに昼食を口にしていた。


 岩のように硬い外見からは想像できない繊細な肉の味と香りを堪能しながら、ローグが静かに話題を切り出す。


「さて、オリボシアに入って結構経ったけど……。

 ユラシル、ここまでオリボシアを登ってきたけどなにか気づいたことはあるか?」


「1つだけ、あります」


 ユラシルの瞳にこそ確信が浮かんでいるが、声には迷いが混じっていた。

 確信はあるが確証がない。

 そんな彼女の心の揺らぎを感じ取ったライセアが穏やかな声音で促す。


「少なくとも『これかもしれない』というものはあるのだろう?

 私たちにはそれすらもない。話してくれ」


 その言葉に少し表情を和らげたユラシルは頭の中にある確信を改めて整理。そうして切り出した言葉は質問だった。


「これは特にローグさんとライセアさんに聞きたいんですけど、オリボシアの魔獣の数をどう思いますか?」


 片や群れを成し、緑豊かなユグドラシル。片や単体が多く、荒野と岩肌ばかりのオリボシア。

 たしかに環境や魔獣の生態には大きな違いはあるが、それでもたしかな感覚をライセアが答える。


「少ないな。群れを成さないっていう前提があってもなおそう思う。

 ローグはどうだ?」


「俺も同意見だ。

 あとは空気感が違う。最初は違うダンジョンだからって思ってたんだが、こう……軽いんだ」


「軽い?」


 ローグの言い回しにゾーシェは聞き返したところでシミッサが「あっ」と声を漏らした。


「その感覚、わかるかも。

 気配を感じる前でもなんとなく『ここに何かいる』って直感があるんだけど、ここはそういうことが少ないよね」


「ああ、なるほど。それはたしかに……」


 森にいた時の感覚を思い返し始めたゾーシェ含めて全員に頷いたユラシルは続ける。


「つまり、現状のオリボシアは資源だけでなく魔獣の量も減っているんです。

 魔獣と資源の生成量は本来吊り合いが取れているのに、今は両方が減っている」


「魔獣と資源を生成するもの……ここでは生成力と呼ぶことにするとして、ユラシルの言葉が事実ならその生成力はいったいどこに行ってるんだ?」


 ライセアの言葉は投げられた石のように、彼らの思考という水面に波紋を広げる。

 空になった皿に視線を落としていたゾーシェの視界の隅。ネズミに似た小動物がいた。


 荒野にいるとは思えないほどに丸々と太ったそれを見たゾーシェが「あっ」と目を見開く。


「どこかに貯めてるんじゃないか?」


「いえ、それはあり得ません」


 ユラシルは即座に首を横に振る。


「ダンジョンは常に生成し続けることが本質ですから、貯めておくという概念自体ありません。

 流れる川のように、その力は絶えず使われ続けなければならないんです」


 それがダンジョンの原理。

 何もなければ物は地面に落ちる。鋭いものならば切ることができ、強く打ちつけば砕ける。

 世界の法則を語るようにきっぱりと言い切ったユラシルの言葉から浮かんだものをローグが口にする。


「なら……何かに使ってる?」


「えっと、つまりオリボシアは魔獣とか資源が少なるぐらいすごいものを作ってるってこと?」


 かみ砕いたシミッサにローグは頷いた。


 魔獣と資源の量が目に見えてわかるほどに減らさなければ作ることができないもの。

 心当たりがあるとすればアディターやオリジナルが浮かんだが、ローグはそれを即座に否定していた。


(アディターもオリジナルもダンジョンの生成力云々で作れるようなものじゃない)


 アディターとオリジナルはこの世の理、その外側にいるものだ。

 ダンジョンなどというせいぜいが()()()()()()()()()()()()()から生まれるとは到底考えられない。


 しかしそれは埒外の存在を生成するとしたらという仮定の話。


(もし、この世の理のギリギリ収まっているようなものなら……)


 ローグ含めて全員の視線が注がれる中でユラシルが浮かんだ推測を口にした。


「ダンジョンには1体、強力な魔獣がいます。

 その名を──【イミティゼロ】」


 それはダンジョンそのものの守護者。魔獣の頂点にある存在。

 この世の理に囚われている以上、アディターのような超常の力こそ持ってはいないが、能力そのものだけ見れば遜色はない。


「もし……もしそのイミティゼロとやらが動き出したらどうなる?」


 躊躇いがちに出されたライセアの確認にユラシルは神妙に告げる。


「おそらく、ディザン王国の半分が吹き飛びます……」


 アディターという存在だからこそ理解できる恐怖が、ローグの全身を凍りつかせる。

 

 ダスラへと振るった感覚。守るのではなく、殺すためだけに存在している力。

 あの力ならば本当に王国を吹き飛ばせてもおかしくはない。それどころか半分で済むのなら奇跡に近い。


 重くなった空気に押し出されるようにローグが問いかけた。


「止める方法は?」


「作成をしているのはダンジョンです。だから直接止めることは難しいと思います。

 しかし、ダンジョンのリソースを振り分けているのはオリジナルですから……」


「オリジナルを倒せば止められる、か」


「はい。

 ……ただ、私たちはドワーフ・オリジナルがどこにいるかわかりません」


 今からオリジナルを探すとなればどれほどの時間がかかるかわからない。

 そもそもどう見つけ出すのかすらもわからないため、まずはそこから考えなくてはならない。


「そのイミティゼロは作るのにどれだけかかる」


「普通なら何百年もかかります。

 しかし、もし大急ぎで、それこそダンジョンの力を全て向ければ100年程度でもある程度の形にはできると思います」


「……100年か。資源と魔獣の量が落ちてきたのが去年からと考えればまだ時間はあると見るべきか」


 ライセアが呟いた言葉にゾーシェとシミッサは安堵の表情を浮かべた。

 

 100年。悠長に構えることはできないかもしれないが、それでも対策を考える時間はある。

 今すぐにどうにかできなくとも100年でダンジョンにいるオリジナルを探し出せばいい。


 しかし、ローグが首を横に振った。


「いや……ユラシルの話は1から作った場合だろ?

 完成が近くなったから生成力を集めて一気に作り上げようとしているんじゃないか?」


「なぜそう思う。妙に自信がありそうだが……」


「ライセア、ダスラがなんで動いたか、覚えてないか?」


「ノーマの偽王(アディター)がオリジナルを殺したから……あっ、そうか!」


「はい。他のオリジナルが動かないとは考えられません。

 それに彼らも察知しているはずです。ダスラ、エルフ・オリジナルが倒されたことを」


 ノーマ・オリジナルが倒されたことでダスラはヒトを全滅させることを選んだ。

 その目的はユラシルことユグドラシル・ナーティアに邪魔をされたが、他のダンジョンがどうなっているかはわからない。


 ノーマ・オリジナルが倒されたことをきっかけに同じようにヒトを滅ぼすための準備をしていてもおかしくはない。

 そして、その最中に同列の存在が倒されたとすればその準備を急ぐのも当然の話。


 全員がほぼ一斉に行き着いたそれをゾーシェが動揺をあらわにして、落とす。


「それって……もう、手遅れってことじゃないのか」


 沈黙が降りた。

 彼の言葉を否定するものは、この場の誰にもなかった。

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